第51話 夢の中の目覚め
「……あれ? スカーレットさん? おーい?」
たしかに俺の名前を呼んだし、ハッキリと目を開けてこちらを見ているのだが、固まってしまって動かない。おかしいな……。これがいつものクルエラの姿ならとりあえず乳を揉みに行くところたが、七歳くらいのスカーレットちゃんの姿なのでそういうわけにもいかない。うーんどうすればいいだろうか。とりあえずチュウが有効みたいだしもっかいやるか。
「んっ、んむっ、んむむっ」
流石にクラーラにぶちかましたような大人のキスをやるのは気が引けたので、唇を触れ合わせるだけのついばむようなキスを気が済むまでやることにする。
「んにぇっ、あっ、ちょ、バルディン? 大丈夫、大丈夫だから、んむっ、んむむっ、いや、もう起きてんっ、んちゅっんむむっ、わ、悪かったってんっ、ちょ、んっ」
「……そろそろやめてあげても良いんじゃない?」
「ぷはっ、まあ、お義母さんがそういうなら……」
顔を真っ赤にしたスカーレットがあまりに愛らしかったので、気がついてることに気づいてからもしばらくチュウし続けていたらヴィオレットに釘をさされてしまった。うーん残念だ。俺はスカーレットにチュウするのをやめ、その代わりよっこいしょと彼女を俺の膝の上に座らせ後ろからぎゅっと抱きしめた。
女の背が高く男の背が低いこの世界では基本的に俺は抱きしめられる側なので、なんとも新鮮な気持ちである。俺はスカーレットをぎゅっと抱きしめたまま後ろからよしよしと頭を撫でまくることにした。
「えっ、な、なに? なんなの?」
「よーしよーし……よく頑張ったなスカーレットちゃん。バルディンお兄さんが会いに来たぞ〜」
「やっ、ちょ、なに? は、恥ずかし……」
「ふふふふふ、よーしよーし……」
何が起きてるのか分からず困惑する彼女にお構い無しで俺は褒めまくり撫でまくった。
「………」
と、そんな俺をヴィオレットが少し羨ましそうに見ているのがわかった。俺は、スカーレットをもみくちゃにするのをやめ、彼女に語りかける。
「スカーレット、あの鳥さん見えるか?」
「えっ? 鳥さん?」
俺の言葉に幼いスカーレットは俺の指す方を見たが、ふるふると首を振った。どうやら、俺を認識することはできても、母親のことを見ることはできていないらしい。
「あー、待てよ?」
俺は膝の上のスカーレットの背に手を回し、お姫様だっこのような姿勢で彼女の顔をこちらに向けた。
「俺の目を見てくれ、スカーレット。大丈夫、俺は君のことが大好きだから、嫌いになんて、なって無いから」
俺のことしか見えていないとしても、ヴィオレットを認識している俺の心を見ることで、俺を通してヴィオレットを見ることができるかもしれない。俺はスカーレットを怖がらせないように、もう片方の手で彼女の小さな手を握りしめて、彼女の瞳をじっと見つめる。
「う、うん。わかった……」
スカーレットは、恐る恐る俺の目を見つめて。
「えっ、う、嘘……そんな―――お母さま?」
その目を大きく見開いた。
「スカーレット! お母さんのこと、分かる?」
ヴィオレットはばさばさと羽ばたいて俺の肩に留まり、スカーレットに顔を近づけた。
「あっ、えっ? お母さまにバルディンに……もしかして、私死んだ……?」
「あそっち行っちゃったかあ」
「死んだ人が二人も目の前にいたらそうもなるわよね……大丈夫! 死んでないわ! 安心して!」
やっぱり素のスカーレットは天然なところがあるのかも知れない。そういうところも大変愛らしい。俺とヴィオレットは、泣き出しそうになる彼女を優しくなだめながら、事情を説明することにした。
「ええと、つまりお母様は実は死んでなくて、バルディンは一回死んだけど蘇って私を助けに来たと?」
「そういうことになるわね」
「そういうことになるなぁ」
物わかりがよくて助かる。スカーレットは俺とヴィオレットの突拍子のない説明を受けて、すんなりそれを飲み込んだようだった。
「それで私の記憶を小さい時から見てきたから、クルエラじゃなくてスカーレットって呼んでるわけか……」
「すぅちゃんって呼んだほうがいいか?」
「すぅ……!? お、おいバルディン一体どんな幼いころから……」
スカーレットは顔を赤くしてこちらを見るが、ぶんぶんと首を振って小さくため息をついた。
「いや、いい。私を助けるためにしたことだものな。全く……無茶ばかりするな、バルディンは」
「いやーそれほどでも」
へへっと頭をかく。ところでさっきから気になっていたのだが。
「なあ、スカーレット。今お前って七歳くらいの見た目なんだけど、意識的には俺の知る二十八のお前で良いんだよな?」
「ん? ああ、そうだな」
「の割にはこう……いつもと話し方が違う感じだけど、それが素なの? それとも、母親の前で余とか貴様とかいうのが恥ずかしいから昔の喋り方にしてるの?」
「とんでもないことをぶち込んでくるな貴様……」
スカーレットは、じとーっとこちらを睨んでくるが、すぐに毒気を抜かれたような顔でため息をついた。
「はぁ……。まあそなたが悪気がないことは分かっているから許してやるか……。これが素なのかと聞かれると微妙なところだ。十年前はこれが素だったが、十年以上も女王として威厳ある振る舞いをしようとあの話し方をしていたから、今ではあちらの方が素と言えなくもない。今こんなふうに話してるのは、久しぶりにお母様と会えて気が緩んでいるからだな。けしてお母様の前で余とかいうのが恥ずかしいからではないぞ」
「早口で否定しているところが逆にそれっぽい」
「余とかいうのお母さんかっこいいと思うわよ?」
「貴様ら〜……」
きゃっきゃっとヴィオレットと二人でスカーレットをからかう。まあこれくらいは良いだろう。うん。それにしてもスカーレットは可愛いやつだ。
「さて、と」
俺は拗ねたようにそっぽを向くスカーレットを膝から下ろし、正面に座らせた。少し寂しそうな顔をされて、俺としても少しばかり勿体ないような気もあったが、真面目な話をするのにいつまでも膝の上に乗せているわけにもいかない。
「それじゃあそろそろ本題に入ろう、スカーレット」
目は覚まさせたが、いまだ精神世界の中だ。つまりここから、彼女を連れ出すためにどうすればいいのかを話し合わなければならない。なんとなく検討こそついているが、中々に骨が折れそうだ。
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