第48話 はじめましてお義母様
ぬいぐるみと人形の群れをかき分け、彼女の元を目指す。ぬいぐるみや人形たちは、動物のような姿をしているが、その見た目から、スカーレットと関わりのある人物がモチーフになっていることがわかった。もっとも、俺が人を判別できるほど目が見えているのはこの空間だけなので、俺に分かるのは彼女の記憶で見てきた分だけにはなるが。城に勤めていた使用人、騎士団の騎士たち、城下町の人々。様々な人々を押しのけて、彼女のベッドに辿り着いた。
「クルエラ、俺だ」
「……」
返事はない。
「クルエラ、なあって」
「…………」
依然として、ピクリとも反応しない。
「スカーレット、おいって」
「………………」
俺の声が聞こえていないのか、聞こえているが無視しているのか。
彼女はボロボロの人形一体をぎゅっと抱きしめたまま、座り込んで動かなかった。
「仕方ねえそっちがそう来るなら―――うおっ!?」
「ちょちょちょちょっと! 何しようとしてるのあなた!?」
突然後ろから何かがぶつかってきて俺は前のめりに倒れた。
「いててて……なんだよ! あんまりにも反応ないからちょっとおちんちん出してやろうとしただけじゃないか!」
「なんでおちんちん出すの!?」
何者かにものすごい真っ当な理由で叱られている。しかし待ってほしい。理由があるのだ。
「なんでって……こいつが俺に気づいてるのに無視してるんなら流石に俺が目の前で突然おちんちんを放り出すようなことがあれば流石に無視しきれまいと言う完璧な作戦でしょうが!!」
「完璧かなぁ!? それ完璧かなぁ!? というか私男の子がそういう事するのあんまり良くないと思うわよ!?」
「ええいこちとらもう十年も娼夫やっておちんちんなんか見せ飽きとんじゃい! 俺がおちんちんを見せることでクルエラを助けられるっていうんなら俺はもうなんぼでもおちんちん出すぞ!!」
「おちんちん出して助けられるとは決まって無いんじゃないかしら!?」
「それはお前! それは……それ……その……うん………それもそうだな……」
俺はスッとズボンを履き直した。うん、ちょっとテンションおかしくなってたかもしれない。バルディン反省。俺はきゅっとベルトを締め直した。
しかし、落ち着いて考えてみるとこの声の主は何者なんだ? ここはスカーレットの精神世界で、権能の力でダイブしている俺以外にはスカーレットしかいないはずだが、この感じは確実に彼女ではない。というよりはむしろ……。
「あんたもしかして、ヴィオレットか?」
「あら、よくわかったわね」
そう言って現れたのは、かすかに光を放つ鳥のぬいぐるみだった。
「……神鳥クルエラか?」
「そうね、私はここではこういう姿になっちゃうみたい」
驚いた。本当にヴィオレットらしい。
「あんたは死んだって聞いてたんだが、生きていたのか?」
「うーん……難しい質問ね」
太陽の化身クルエラの姿のぬいぐるみは、何やら考え込むように翼を組んでくるくると宙を舞った。なんともファンシーな光景である。
「ほら、私は魔王フォルネウスを倒すために神殿の祭壇で太陽の秘術を使ったんだけど、あれはなんというか……人間辞めるタイプの秘術だったっていうか……ほぼ禁術っていうか……」
「あー……まさか」
嫌な予感がする。クルエラのぬいぐるみは照れたようにえへっと笑った。
「こう……自分自身がクルエラそのものになるっていう中々にファンキーなあれでね……? 魔王を倒した後もかろうじて生きては居たんだけど人間じゃなくなってたし自力で身体を維持できないくらい消耗してたからスカーレットの中に飛び込むことで何とか延命したのよね〜」
そしたらこの子の心の中から出られなくなっちゃうし気づいても貰えないしでこの十二年くらいずっとここでうろうろしてたのよ〜。などと、えらく軽いノリでとんでもないことを告げてくる鳥。俺は無言で鳥のぬいぐるみをむにっと掴んだ。
「あ、あう……」
「あんたなぁ……スカーレットのやつがどんな思いでなぁ……」
「わ、わはっへふはよ……」
俺に顔をむにむにむにとされて喋りづらそうだったので離してやる。ヴィオレットはぱたぱたと羽ばたいて近くのぬいぐるみの群れの上にとまり、羽をつくろうように嘴でつんつんと整えた。
「そりゃあ私だってね? いろいろと苦労してるこの子の助けになってやりたいと思いましたとも、ええ、もちろんですとも。でも、この子はすっかり目を閉ざしてしまって……いくらここでこの子に話しかけても私のことを見てくれないのよ」
「……そうですか」
どうやら、事態は思っていたよりも深刻のようだ。ヴィオレットの話が本当なら、十二年前、ヴィオレットが消息を絶ち、クルエラッド王国が滅んだその日からスカーレットは心を閉ざしてしまっているということになる。昨日今日のことでないというのなら、一体どうやってスカーレットの目を覚ましてやればいいのだろうか。
俺が思案していると、ヴィオレットはぱたぱたと座り込んだ俺の膝の上にとまった。
「ふふふ。だから私はあなたのことを待っていたのよバルディンくん。あなたならきっと娘の目を覚ましてくれるはずだって思ってね」
「俺が……?」
ヴィオレットの言葉に、俺は視線を彼女に向けた。俺に何を期待しているというのだろうか。
「言ったでしょう? 私はずっとスカーレットの中にいたのよ? あなたのことだってもちろん知ってるわ。あなたが娘のことを愛してることも、素直になれないだけで娘があなたのことを好きだってこともぜーんぶお母さんにはお見通しなんですからね」
「え……あっ……」
そうだ。そうなるのか。と言うか待てよ、こんな姿だから思わずぞんざいに扱ってしまったがこの人はクルエラ……スカーレットのお母様なんだよな? ということはつまり……。
「あっ、その、すいません。ご挨拶遅れました。俺バルディンっていいます。娘さんとはその……」
「あらあらいいのよそんなかしこまらないで。あなたのことは娘と会った頃から知ってるんですからね。あなたになら娘を任せられるわ、なんなら私のことをお義母様ってよんでもいいのよ?」
「お、おか……」
ちょっとジーンときた。なにせ母親というものに縁のない今世と前世だったのだ、母性というものに俺はテキメンに弱いのである。
「で、でも俺、娼夫だし……」
「良いのよそれくらい。あなたが優しい子だって事は分かってるつもりだわ」
「でも俺経験人数四桁いってるし……」
「い、良いのよ。うん。ええ、まあそういうお仕事ですからね」
「実は今日ここに来るまでに第三王女にいちゃいちゃ種付け孕ませえっちしてその執事とメイドと護衛とも五時間乱交かまして全員と恋人になってるし……」
「ちょちょちょちょっと待って若者の性の乱れ怖い」
さすがに駄目だった。いけるかと思ったんだけどな……。
「えっそんな、そんなにすごいことになってるの?」
「はい……もう第三王女のクラレンス様とは愛称で呼び合っていちゃつく仲に……」
「えっあれ今日会ったんじゃなかった!?」
「今日会ってこれです……」
「女たらしとかそういう次元じゃなくない!?」
「へへっ」
「褒めてないわよ!? いや、ここまでくると凄いわね……褒められるくらい凄いわ……」
「えへへっ嬉しっ」
褒められ慣れてないのでこんなことで褒められてもかなり嬉しかった。いや本当。すごい嬉しい。
俺がてれてれしていると、ヴィオレットは鳥の姿でため息をついた。
「はぁ……まあいいわ。あなたがとってもえっちな子だって事は知ってたし……悪気があるわけでもないんですもの。良しとしましょう」
そういって、ヴィオレットはびしっと翼をこちらへと向けた。
「さあ! もう十二年以上も私のことをスルーしちゃう悪ーいお姫様の目を覚ましに行くわよ! バルディンくん!」
「おう!」
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