第49話 王子様なんて柄じゃない

「で、どうするんです?」

「そこよねぇ……」

「ノープランかぁ……」


 肝心なところで締まらない。俺たちはどうしたものかと顔を見合わせた。


「うーん……お母さんとしてはね? スカーレットが大好きなあなたが直接来てくれてるわけだしこう……何かしら動きがあると思ったんだけどね?」

「まあ現状、現実世界の方で俺が刺されて死んだことで過去のトラウマをバチバチに刺激された結果より強固に心を閉ざしてしまってるってわけですか……」


 ただでさえ実の母親の声に気付けないくらい閉ざしちゃってるところをあの一連のやり取りで更に厳しい状態になってしまっているようだ。どうしたものだろうか。


「もっと平常時に来てくれたらよかったんでしょうけどそもそも緊急事態じゃなかったら人の心なんか入ろうとしな―――待って? え? 死んじゃったの? 実は生きてたとかそういうのじゃなくガチ死? あなたもこれから私みたいに心の中で生きていく感じなの? 部屋割りとか決めた方がいい? お風呂の順番とか決めておこうかしら?」

「いや一回ガチ死してからあの世で女神さまに叱られて蘇ったんで一応生きてはいるんで部屋割りはまた今度に……というかその体で風呂とか入るんですね……」


 というか風呂あんのかよここ。人の心の中で生き続けるってこんな生活感漂うアレだったかな……。


「ああ、ちゃんと一回蘇ってから来てるのね。安心したわ。いやぁ、だっていくらあなたがいい子だからって新婚でいきなり母親と同居で二世帯なんてちょっとかわいそうじゃない? やっぱりここは少しくらい愛し合う二人の時間を取るべきだと思うわけだし……」

「俺は別にお義母さんが一緒でも全然構いませんけど……あとここに俺たちがいることに気付いてもらえないなら同居も何もないんじゃないですいかね……。というか俺恋人多すぎて二人きりの新生活は無理がないです? いやそもそもこの話何?」


 この人お茶目な人だなとは思ってたけど女王としての威厳とか人からの評価とかをまったく気にしなくて良くなったからかすごい自由じゃないか? というかお茶目通り越して相当天然な気がする。まあでもしっかりするべき場面ではしっかりできている分立派なのか? いや、この人がスカーレットの母親であるということを考えると、もしかしてスカーレットの奴も常に気を張っているからあんな感じだというだけで素はこんな感じなのか? 言われてみれば記憶の中のスカーレットにはその片鱗があった気がする。

 こういう風にお茶目な人が、あんなに厳しい人になってしまったことを考えると、少し切ない気持ちになった。


「まあとにかく、とにかくですよ。どうにかしてあそこにいるスカーレットに俺たちのことを認識してもらって、それから話し合いなりなんなりでなんとかこううまい具合に立ち直らせてあげる必要があるわけですよ。さあどうしましょう」

「どうしましょうかしらねぇ……」


 うーんと唸る男一匹鳥一羽。なんとか脱線した話を戻したものの、何の進展もなく奇妙な光景が続くだけである。どうすりゃいいのかと悩んでいると、「そうよ! アレよ!」と膝の上の鳥のぬいぐるみが羽を広げた。


「ほう、アレですか。アレというと、あの、アレですか? 男と女がこう……アレする、アレ」

「ええ、そのアレよ。目を覚まさない女の子……それもお姫様を起こすなんて、アレしかないわ!」

「お姫さまって言われると若干の困惑はありますが確かに言えてますね。アレなら何とかなるかもしれないです」

「ええ、アレをやるのよ、ぶちゅっとね!」

「はい、わかりました!」


 アレだアレだと通じ合う二人。いや正直目の前にいるスカーレットは七歳くらいの見た目なので、いくら背も低く子供に見られがちな俺とはいえ十八の男が意識のないような状態の女の子にするのはどうなのかと思っていたが、母親がやっておしまいなさいと背を押すのだから間違いないだろう。

 俺はすくっと立ち上がり、うずくまる彼女の前に立った。


「よーしそのままぶちゅーっと―――って待って待って待って待ちなさいこらぁ!」

「脇腹ぁ!?」


 ベルトを外しておちんちんを取り出そうとしていた俺はヴィオレットのバードストライク(本日二回目)を側面からもろに脇腹に受け横に倒れてうずくまった。


「が、っが、が……なんで精神世界なのにダメージががが……」

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……。と、突然何をしようとしてるのよあなたは……」


 ヴィオレットの言葉に、俺は何とか身をよじり答えた。


「いや、アレをしろって言うから……おちんちんを咥えさせようと」

「なっなんで!? どうしてそうなっちゃうの!? 男女のアレって言ったらアレよ! キスよ! チュウよ! ベーゼよ! わかるでしょ!?」

「……おちんちんと?」

「マウス! トゥー! マウスよ!?」

「そ、そんな……」


 俺は強いショックを受けた。


「い、いやだって……俺んとこに来る客はみんなやっていくもん! 女はみんなこうするのが好きなんだぜってみんなして言ってたもん! 女なんてもんはエロいことしか考えてねえんだからお前は黙ってチンポしゃぶらせときゃいいんだよって……みんな、みんな言ってたもん!」

「あのごめんほんとごめん私が悪かったわ本当ごめんなさいねごめんなさい本当に……」


 ヴィオレットはなぜか泣きそうな声でぶつかった俺の脇腹を撫でた。


「い、いやそんなに謝られても……よくよく考えたら自分の娘の口におちんちん突っ込めなんて言う親いるわけないし勘違いした俺が悪かったっすから……」


 さすがに申し訳なくなり、彼女に謝る。


「でもその、なんていうか俺とあってきたほとんどの女の人がそんなこと言ってたし、どうしてそんなに好きなんだって聞いたらお前がオッパイ好きみたいなもんだよって言われたし……。俺だったら同じような状況になったときにオッパイ揉ませてくれたら絶対目覚ますなって思ったし……」

「いいの、いいのよバルディンくん。大丈夫、大丈夫だからね」


 ヴィオレットはひしと俺にしがみつき、優しく囁いた。


「あんな小さいころから娼館で働いてきたから、いろいろな考え方が普通とちょっとずれちゃってるだけなのよ。気にしないでいいからね。大丈夫だからね……」

「あ、あの、もしかして俺ってそんなにおかしいの? 俺の人生ってそんなに悲惨?」

「いいの、大丈夫。大丈夫よ……」

「いやだから、その……そんなに? そんなに悲惨な人生なの俺? 俺自分じゃちょっと恵まれてるくらいの気持ちだったんだけど? えぇ、そんな、そんなにかぁ……そっかぁ……」


 とにかく、俺の考え方がこの世界の普通と違うのは前世の常識のせいだと思っていたのだが、ヴィオレットのこの様子からしてどうやら俺は生まれと育ちもかなり影響しておかしいことになっているらしかった。俺は女はみんなエロいことしか考えてないしとりあえずおちんちんを咥えさせるなり突っ込むなりしておけばどうにかなるもんだと考えていたが、そんなことはないようだった。

 前世では家からほとんど外に出ず、今世では離れに閉じ込められて育ち、八歳の頃から娼館で女の欲望に塗れて生きてきた。この人生経験は俺が思っていたよりもよくない方向に作用していたようだ。

 とりあえずいつまでもこうしているわけにもいかないので、俺は体を起こしてヴィオレットを引きはがして座らせる。


「ま、まあこの話は置いておきましょう。俺の人生について考えるとスカーレットを助ける前にまず俺を何とかしないといけなくなりそうな気がするんで、いったん置いときましょう」

「そ、そうね……でも、何かあったらいつでも相談していいのよ? 私でよかったらいつでも話聞くからね?」


 ヴィオレットの優しさが身に染みた。こんなに優しくされるほど俺はかわいそうな奴なのか……そうか……。


「はぁ……とにかく、俺にスカーレットとチュウしろって言ってたわけなんですね?」

「え、えぇ。ほら、目を覚まさないお姫様は王子様のキスで目覚めるものでしょ?」


 こっちの世界でもそこはそういう認識なのか。男が少ない分王子様という存在がより希少で憧れの存在になった関係からだろうか。俺はしばし考え込んで口を開く。


「でも、俺なんかがキスしたって、どうしようもないでしょう。王子様なんて柄じゃないですし。……キスのことをとんでもない意味で勘違いするし、クソビッチだし……」


 またちょっとげんなりしてしまった。いったん置いておこうとは言ったがそれでもちょっと気にはかかってしまっていた。


「バルディンくん」


 そんな俺に、ヴィオレットは優しく諭すように語りかけた。


「確かにあなたは普通じゃないし、ずれてるところもあるかもしれないわ。でもね、私の知るあなた―――私が、スカーレットの心を通じて見たあなたは、とってもえっちで、どうしようもないくらい女たらしだけど、とっても優しい、スカーレットの大好きな男の子なの」


 ばさっと飛び立ち、スカーレットの隣に降り立つ。


「だから信じてあげて。この子が大好きなあなたのことを。あなたの口づけなら、きっとこの子に届くはずだから」

「ヴィオレットさん……」


 優しい、暖かな、輝き。こんなに小さくても、ぬいぐるみの姿でも、確かに子の人はクルエラなんだと分かった。太陽を追いかけた者の優しさなんだと分かった。春の日差しのように暖かく俺を照らしてくれた。


「……よし」


 俺はゆっくりと立ち上がり、スカーレットの前でしゃがんだ。

 彼女の抱きしめた人形……俺を模したであろう猫のようなそれは、あちこちボロボロで、背中にナイフの形のおもちゃが刺さっていて、彼女はそれが壊れてしまわないように、ばらばらになってしまわないように抱きしめているのだと分かった。


「クルエラ、いや、スカーレット」


 うつむいた彼女の顎に手を添えて、かすかに持ち上げる。


「もう何度も伝えたけどさ。伝わってなかったって言うんなら、何度だって言ってやる」


 もう片方の手で、彼女の背を支えるように強く抱きしめた。


「愛してる。大好きだよ、スカーレット」


 そうして静かに、優しく口づけをした。

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