第45話 裏切り
それからの出来事は、どうにもうまく言葉にできなかった。母を喪ったその衝撃からか、はたまた信じていたものから裏切られたショックからか。記憶は今までよりもかなり短い断片が、嵐の中吹きすさぶ風に踊らされる木の葉のように小さく一瞬で駆け抜けていく。
―――みんな! 早く住民たちの避難とバリケードの設置を!
―――第三波来ます! 騎士隊は馬上槍構え! 先頭集団に強く当ててから旋回! 瓦解した集団をファランクス隊で押し込めます!
―――怪我人は後ろへ! これは防衛戦です! 各員無理はせず体力を温存するように!
スカーレットが、魔物たちとの矢面に立ち最前線の指揮を執っている。高速で途切れ途切れの映像ではあるが、スカーレットがヴィオレットに任された魔物たちとの戦いをうまく捌いているだろうことがわかった。一旦落ち着いたからか、陣の中で座って休むそんな彼女の視界にあるものが映った。
―――
―――あれはお義父様? なぜ飛竜に……
―――あの方向は確か遺跡が……お母様が今向かっていたはず……
そこまで考えて、スカーレットは控えている騎士たちに後を任せ、自らの馬に飛び乗り遺跡に向かって走り出した。
そこから、さらに映像は乱れ、俺の頭をガンガンと打ち付けるような頭痛が襲う。
遺跡の内部に辿り着いたスカーレットは、遺跡内部の祭壇の前で儀式のために祈りを捧げるヴィオレットと、そのそばに立つ義父の姿を確認した。
念の為に馬から降り、ゆっくりと近づくスカーレット。
彼女の目の前で、義父のラザロはヴィオレットの背後から彼女の背中に短剣を深々と突き立てた。
慌てて飛び出し、ラザロを突き飛ばしてヴィオレットに駆け寄るスカーレット。
錯乱する彼女の前で、ラザロは何やら大声で喚いている。
「この女が悪い。ボクは王になるはずだったのに。あの兄がいたせいでボクはこんな田舎に嫁がされたんだ。ならせめてボクの娘が女王になればと思ったのに。この女は死んだ男を引きずってボクに身体を許さなかった。こんなのおかしいだろう。それじゃあボクはなんなんだよ。ふざけるな。ふざけるなよ!」
そんな事を喚きながら、ラザロはうずくまるヴィオレットを蹴飛ばした。
「何をする!!」
スカーレットは吼え、ラザロを切り捨てようとするが、その剣を受け止めるものがいた。
クルエラッド王国の騎士団長……スカーレットの叔母で、ヴィオレットの妹、マゼンタだった。
彼女の後ろで、ラザロは笑いながらまくしたてる。
「レガリアの発動には王家の血さえあればいいと聞いたぞ。だから、ヴィオレットにはここで死んでもらうんだ。筋書きはこうだ。魔王に立ち向かったが抵抗の甲斐なく返り討ちになった。そこでヴィオレットの妹であるマゼンタが代わりにレガリアを使って魔王を打ち払いました。尊い犠牲を払いましたが、無事に王国は救われました。これからはマゼンタが新しい女王です。どうだ。いい話だろ」
義父と叔母の裏切りに動揺するスカーレットをマゼンタはねじ伏せ、彼女の目の前でヴィオレットからレガリアを奪い去った。
彼女は邪悪な笑みを浮かべる。
「お姉様が悪いんですのよ。私のほうがずっと強いのに、先に生まれたというだけでクルエラになってしまって……。私のほうが優れているのに。優れているのに!」
そういって彼女もヴィオレットを強く蹴り飛ばす。貧弱な男であるラザロと違い、騎士団長を勤める彼女の蹴りは瀕死のヴィオレットに強い衝撃を与え、彼女は宙に浮き上り叩きつけられた。
「でも、いいのよ。おかげで彼と出会えたわ。私と彼は本当に境遇がにていて……すぐに親密になったの。そこだけは感謝してるわ。だから、そのままそこで、私が国を救って王になるのを見ながら死ぬと良いわ。淋しくはないわ、あなたの娘もすぐに後を追うから」
「!?」
スカーレットはとっさに構えるが、いくら彼女が優秀であるとは言え、王国最強の騎士団長であるマゼンタの動きにうまく反応できない。彼女に凶刃が迫り、スカーレットが死を覚悟したが、その刃は届かなかった。
「私の可愛い可愛いスカーレットに、何をしようって言うんだ……?」
ヴィオレットだった。瀕死の傷を負い、倒れていたはずの彼女がマゼンタの刃を素手で掴んで止めていた。
「くそっ、死にぞこないが! 離しなさ―――」
ヴィオレットはマゼンタの持つ剣を素手で握りつぶし、そのままの拳でマゼンタの顔面に一発叩き込んだ。
悲鳴を上げることさえ出来ず顔面をぶち抜かれた彼女は、素手で顔を半分以上へし潰されて絶命した。
「なっ、マゼンタ!? マゼンタ!? お前姉より強いって―――」
突然の死に驚愕するラザロにゆっくりと近づき、また拳を振るう。屈曲なマゼンタの顔面をぺしゃんこにした拳は、軟弱なラザロの頭部を完全に引きちぎり吹き飛ばした。
信じられない威力の拳だった。深々と短剣が突き刺さり、地面に横たわっていたとは思えない力だった。
ヴィオレットは動かなくなったマゼンタからレガリアを取り返し、血に塗れたそれを再び装備する。
「お、お母様? 大丈夫なのですか?」
そこまでしてようやく我に返ったスカーレットが肩を貸しながらそう尋ねるが、ヴィオレットは力なく笑った。
「ふふふ……私も見る目がないわね……妹と夫に裏切られるまで、こんなに恨まれてるって気づけないなんて……」
「そんな、お母様は悪くありません! 私が、私がもっと早くに気づけていれば……」
泣きそうになるスカーレットの涙を、ヴィオレットは血で汚れていない方の手で拭った。
「貴女が気にすることじゃないわ、スカーレット。私がバカだっただけよ……。防衛の方は、うまくいったかしら?」
「は、はい。以前からの偵察で確認していた分は撃退して、今は部下に警戒を任せています」
「ふふ……立派になったわね……」
スカーレットは母の体温がどんどん失われているのが伝わってきて、どうしようもなく狼狽えていたが、ヴィオレットは彼女に支えられながら再び祭壇へと足を運んだ。
「大丈夫、大丈夫よスカーレット。私は、貴女のためならどんなことだって出来ちゃうんですからね」
涙を流すスカーレットを前に、ヴィオレットはそう力強く呟いて、一人で立ち上がった。
「そこで見ていなさいね。私の可愛いスカーレット。あんな化け物なんか、お母さんがやっつけちゃうんだから」
そう言って彼女の体は輝きを放ち―――そこで全てが消え、真っ暗になった。
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