第41話 すすっかむりのクルエラ

「ねぇねぇおかあさま! ねるまえにおはなしして! ね!」

「うふふ、いいわよ〜っ! じゃあ今日はクルエラさまのお話にしましょうかしらね!」


 可愛らしい作りの小さなベッドのうえで、四、五歳くらいの小さな子どもが母親に寝物語をせがんでいた。

 ここが精神世界だからか、俺の目は呪禍によって曇ることはなく、ハッキリと見ることが出来るのだが、人の顔―――というより、目元だけは黒く塗りつぶされた様に見えなかった。クルエラの心の中の世界。これはきっと、幼い日の彼女の思い出なのだろうか。目元だけ何も見えないのは、何か彼女の心情に関係があるのだろうか。

 俺の疑問をよそに、目の前の光景は進んでいく。


「えぇ〜またぁ〜? きのうもそのおはなしだったよー。すぅちゃんべつのおはなしがいいな〜」

「ふふふ、文句言わないの。クルエラッドの王家にとってとっても大事なお話なんだから。いつかスカーレットが大きくなった時に、子供たちにお話してあげられるようにならないといけないんだからね?」

「ちぇーっ」


 自らをすぅちゃんと呼ぶあの少女―――スカーレットが、幼き日のクルエラなのだろうか。であるとするならば、ベッドに腰掛け、彼女に向かって優しく微笑むこの女性が、彼女の母親、先代のクルエラということになるのか。

 スカーレットはぶーぶー文句を言いながらも、自身を優しく撫でる母の腕を嬉しそうに抱きしめていた。……幸せそうな光景だ。

 母は、そんな彼女の金色の美しい髪をそっと撫でながら語り始めた。


「昔々、まだ人が大地に生まれていないころのこと。そのころはキラキラと光る鳥たちが空を飛び、星となり地上を照らしていました。そこに、クルエラという名のひときわ大きな身体の一羽の鳥がいました。

 クルエラは、色鮮やかな他の鳥達と違い、くすんだ様な灰色と黒の羽の鳥で、皆からは「すすっかむり」と呼ばれていました。灰色の身体にまばらに黒色が散る姿が、煤を頭から被ったように見えたからです。

 他の鳥達と違い、すすっかむりのクルエラは空を飛んでも星にはなれませんでした。ですが、クルエラは気にしていませんでした。クルエラは、みんながきれいに空を飛んでいるのを見るのが好きだったからです。

 鳥たちは毎日代わる代わる空を飛び、きらきらと輝きました。

 そんなある日、神さまが現れて鳥たちにこう言いました。

「君たちの輝きは美しいけれど、少しばかり暗すぎると思う。私は、この大地に新たに作る命のために、いっとう大きく輝く鳥を空に上げて、大地を明るく照らしてやろうと思うんだがどうかね?」

 そう言われて鳥たちは困ってしまいました。私達がこれだけ集まってもなお暗いと言われるのに、たった一羽で、それも今までよりも飛び切り明るく照らすなんてできはしないと思ったからです。

 鳥たちが困り果てていると、別の神さまが通りかかりました。鳥たちに相談された神さまは、いじわるな顔で答えます。

「簡単なことさ。おれたち神さまが使う「火」ってあるだろう? あれを身体につけて燃え上がれば、地上を照らすなんて容易いことだぜ」

 なるほど、確かにそうかも知れません。しかし、鳥たちは火の恐ろしさを知っていました。あんな物を身体につけては、地上を照らすどころか、たちどころに燃え尽きてしまうでしょう。

 皆が困っていると、その神さまは続けました。

「何も、ずっと燃えてないといけないわけじゃないさ。一日のうちの半分だけ空に上がって、もう半分は大地に降りて身体を癒やせば良い。身体を癒やしている間は、今までどおり他の鳥たちが空に上がって照らしてやればいいのさ。そうすれば、空が真っ暗ということはなくなるし、燃え尽きて死んでしまうということもないだろう?」

 その言葉に、鳥たちはまたまた困ってしまいました。

 神さまの言う通りにすれば、確かに地上を照らし続けることは出来るでしょうし、燃えてしまった鳥も半日かけて身体を癒してからなら、確かに燃え尽きることもないでしょう。

 けれど、その神さまの言う通りにすれば、燃え上がって地上を照らす鳥は、ずっとひとりぼっちで過ごすということになります。空にいるときも、大地にいるときも、ひとりきりです。

 神さまの与えるお役目は絶対です。けれど、それはあまりにも辛いお役目でした。

 誰もが黙り込んでしまう中、身体の大きなクルエラが、のそりと起き上がってきて言いました。

「ぼくがやろう。ぼくの大きなからだは火をつければとても良く燃えて地上を照らせるだろうし、ぼくはみんなが空をキラキラ照らすのを見るのが好きだから、ひとりぼっちでもこわくないさ」

 クルエラの言葉にみんなは驚きましたが、誰もそれを止められるものはいませんでした。クルエラがそうするのが一番いいんだとわかってしまったからです。

 こうして、すすっかむりのクルエラは、その大きな身体に火をつけて空へと舞い上がりました。

 煤を被ったような灰色と黒の身体は、神さまの火で燃え上がり、金色と赤色に輝き地上をどこまでも明るく照らします。そして、一日の半分を燃え上がり照らし続けたクルエラは大地へと降り立ち、仲間の鳥たちはクルエラが傷を癒す間星々となって空を照らし続けました。

 数え切れないほどの時間が経った今も、クルエラは空の上から地上の人々の暮らしを見て微笑み、夜は大地に横たわり空を照らす仲間たちの輝きを見て癒されているのです。

 おしまい、と」


 母親は語り終わると、優しくスカーレットの頬を撫でた。

 スカーレットは、少し不満げに母親にぼやく。


「やっぱりおもしろくないよ、このおはなし。クルエラさまがたいへんなだけなんだもん。おかしいよ」

「あらら……」


 頬をぷぅっと膨らませるスカーレットに、母親は苦笑いをした。


「クルエラ様はね、皆のことが大好きだったのよ。だから、皆のためにおひさまになったのね。……今はまだ分からなくても、いつかきっとクルエラ様の気持ちが分かる日が来るわ」

「おかあさまは、わかるの?」

「もちろん!」


 スカーレットの問いに、母親は笑顔でスカーレットを抱きしめた。


「だって私にはあなたがいるもの、スカーレット。あなたの笑顔のためなら私、何だって出来るわ!」

「えへへ、くすぐったいよおかあさま〜」


 抱きしめて、わしゃわしゃとスカーレットを撫で回す。


「この国の女王が代々クルエラの名前を冠しているのはね、スカーレット。この国がおひさまの沈む場所にあるから、クルエラさまの休む場所としてクルエラッドと呼ばれてるからってだけじゃないのよ。この国の始めの女王様は、クルエラのようになりたいと思ってそう名乗ったの」

「もえたかったの……?」

「そういうことじゃないわね……」

「じゃあひかりたかった……?」

「そういうことでもないわね……もう……誰に似たのかしら……」


 ちょっと笑ってしまった。小さい頃のクルエラってこんな感じだったのか。

 母親は、スカーレットを優しく撫でながら続けた。


「一番最初のクルエラッドの女王様はね。クルエラ様みたいにみんなのことを助けられる存在になりたかったの。自分自身が傷ついても、大切な人が笑ってくれるなら、迷わずそれができる。そんな王様を夢見たのよ。その強くて優しい覚悟が、国に暮らす全ての人たちを照らせるおひさまみたいな王様を。クルエラッドの王家はね、太陽を追いかけた一族なのよ」

「おひさまを?」

「そうよスカーレット」


 彼女は、スカーレットの瞳をじっと見つめた。


「ここは太陽の国クルエラッド。そしてあなたはいつの日か、その優しさで国中を照らす太陽に―――太陽を追う者クルエラになるの」


 出来るかな〜? そういってスカーレットは笑い、母親にじゃれついた。二人とも笑顔で、とても温かで、優しい時間が流れていく。俺はその光景を横目に、歩みを進めた。

 これはきっとクルエラの最も幸せな記憶。大切な大切な、愛しい人と過ごした記憶。部外者の俺が長居すべきではないと思った。

 そして、ここから先に待つ彼女の記憶が、どれほどの苦難に満ちているのかを思うと、この素敵な空間に居られなかった。


 彼女の王国は既に滅んでいる。魔物によって滅ぼされたのだ。

 彼女の愛しい人――母親もまた、その戦火の中に散っていったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る