第40話 会いに行くから
「痛ててて……団長、そこの二人を安全な場所に横にしてあげてくれるか?」
「あ、ああ。何だか二人とも苦しそうだし身体から黒いもやみたいのが出てるが大丈夫なのか?」
「いや、大丈夫じゃないな。これから助けに行くところだ」
俺は地面に座り込み、トロンの治療を受けながら何とかそう口にした。
団長が増援に来たおかげで、ひとまずシスターは撤退した。彼女の目的はあくまでも使徒の覚醒であったため、今性急に連れ帰る必要はないと判断して自分だけ離脱したのだろう。おかげで彼女は取り逃がしたが、同時に俺たちも助かったわけだ。だが、デストーリアの言葉を信じるなら、クルエラもツツジも非常にまずい状態だ。
彼女たちを救うためには、デストーリアからもらった権能の力で彼女たちの精神世界へとダイブし、心を救わなければならない。ハードな仕事になりそうだった。
「うう……やはり駄目だ……傷がふさがらない……」
トロンは泣きそうな顔でそうつぶやいた。彼女が使徒であったことにも驚いたが、彼女の覚醒した治癒能力は、あくまで彼女自身の肉体に作用するものであり、彼女に使う治癒魔術の能力が増したわけではないようだった。
「トロンの気にすることじゃないさ。そもそも俺は呪いで治癒魔術が効きにくい……待てよ?」
ここで、デストーリアとの会話を思い出した。使徒を口説き落としてえっちをすることで呪いは解ける。解ける呪いは、その権能に対応するものだと。その呪いを解く原理も、えっちをすることで交わり、一つになることで権能が作用するとのことだった。つまり、一つになった状態なら俺にも使徒の権能が使えるということなのではないか?
試してみる価値はあるが、ここでいきなりおっぱじめるわけにもいかない。いかないが、彼女は、性交ではなく、えっち、という表現を使った。なら、もしかして……。
「トロン、ちょっといいか?」
「な、何だ―――ん、んむむ!?」
トロンの唇を強引に奪った。困惑する彼女をよそに、舌をねじ込む強引なチュウをかまし、吸い付くように彼女と口で交わる。
「うわぁバルディンくん!? 何やってんの!? え!?」
二人を安置していた団長がこっちを見て変な声を上げているが気にしない。ぢゅるぢゅると濃厚なのをかまし、トロンが恐る恐る舌を絡ませてきたタイミングで、変化は起こった。
俺の体に、トロンから温かいものが流れ込んでくる感覚。それを受けて、肌の一部がかあっと熱くなり、それから一気に体に衝撃が走る。
「……やっぱり、これでもいけるみたいだな」
「ふぁあ……ふぇ……?」
すっかりとろけきってしまったトロンから唇を離す。身体が軽い。恐らく、今ので俺にかかっていた呪禍が解かれたのだろう。恐らく、傷の治りが遅くなり、治癒魔術を受け付けなくなる呪禍が解けたはずだ。
「トロン、一回俺の腕に治癒魔術をかけてもらっていいか?」
「ふぇあ、あ、ああ、うん。わかった」
俺の言葉でなんとか正気に戻ったトロンが、俺の腕の傷に対し治癒魔術を行う。すると、先ほどは何も起こらなかったのに、じわじわと傷口が塞がっていく。
「あっ、治る! 治るぞ! やった! よかった!」
トロンが涙を零しながら喜んだ。
「トロンのおかげだよ。俺の呪いは使徒と交わることで解けるらしいから、トロンが俺の呪いを解いてくれたんだ」
「わ、私が、そうか、私が、役に立てたんだな……」
嬉しそうに笑うトロン。それを見ていると何だかこっちも嬉しくなってしまう。いやまあ見えてはないのだが。
「トロン、もう一つ試したいことがある。いいか?」
「あ、ああ、いいぞ」
こくりと頷いたトロンの首に手を回し、ぐっと抱き寄せる。
「俺の見立てが正しいなら、使徒と繋がった状態なら俺にも使徒の権能が使えるはずなんだ。もう一回チュウするから、その状態でさっき自分の傷を治してたやつ、いけるか?」
「う、うん。やってみよう」
俺はもう一度トロンと唇を重ねた。今度は最初から彼女も舌を絡めてくる。たどたどしくはあるが、情熱的で、愛を感じるチュウだ。
すると、かあっと俺の全身が厚くなり、淡い光を放ち始める。数秒後、光が収まる頃には全身の痛みは完全になくなっていた。
「すごいな……これが使徒の権能か」
トロンから唇を離し、身体を少し動かして様子を見る。おかしなところは一つもない。痛みも、傷の突っ張りも感じない。完治だ。
「わ、私、役に立てたか? どうだ?」
「ふふ、役に立つなんてもんじゃない、命の恩人だよ。ありがとう、俺を守るために戦ってくれて」
俺はトロンをぎゅっと抱きしめた。今は彼女の使徒の権能で完治しているが、あんなにボロボロになってまで俺のために戦ってくれた。それが何より嬉しかった。
「え、えへへ……そうか、そうかな。うん、役に立てたか。えへへ……」
可愛いやつだ。俺はチュッと軽く口づけをした。
「あれ? まだどこか悪いところがあったのか?」
「いや、今のは俺がしたかったからチュウしただけだな」
それを聞いてトロンは顔を赤くした。ふふふ、可愛いやつ。
「さて、と。このまま勝利を祝いたいところだが、その前に二人を助けに行かないとな」
傷が完治し、呪禍も一つ解けたおかげで身体が軽い。これならもうひと頑張り出来そうだ。
「助けるって……何をするつもりなんだ?」
心配そうに団長が尋ねる。
「ああ、一回死んで冥界の神様のところに行った時に新しい権能を授かってきたんでな。それを使って精神世界に入り込んで、心の中から起こしに行くのさ」
「へーそう……一回死んだぁ!?」
うわびっくりした。団長声大きいね本当。
「うん、一回死んだ。向こうに行ったら一回だけなら蘇れる祝福があってよかったなって言われた。無かったらそのまま死んでた。あはは」
「えっあぅ……ええっ!?」
「や、やっぱり死ぬのは死んでたのか……」
俺の言葉に、団長は驚き、トロンはショックを受けていた。ああ、トロンは流石に本当に一回死んで蘇ったとは思ってなかったのか。
「じゃ、じゃあやっぱり守れてなかっ……うう……」
いかん。またトロンが自責の念に駆られている。
「ま、まあ大丈夫だって。トロンのおかげで俺の怪我の治りにくいのと治癒魔術が効かないのは何とかなったんだし、どんな怪我をしてもさっきみたいにトロンとチュウしたら治るわけだし……ね?」
「う、うう……じゃあもうずっとバルディンと一緒にいる! いつでもキスして治せるようにずっと一緒にだぞ! 離れてる時に無茶して死ぬのなんて嫌だからな! ずっと一緒だぞ!」
半泣きのトロンは俺をぎゅっと抱きしめてそんな事をわめき出した。
「い、いや気持ちは嬉しいけどお前クラーラの執事だろ……クラーラと一緒にいてあげなきゃ……」
「じゃあ姫様も一緒にいればいいだろ! コロンも一緒だ! 姫様の護衛にそこの騎士団長も連れていけばいいだろ! もうみんな一緒だ! ずっと!」
「ええ! 私!? い、いやまあ王女様がそうすると言うなら私もそれにやぶさかではないが……」
ええ……。何だか大変なことになってきたな……。まああのシスターが言うにはクラーラも使徒らしいし、クラーラを狙ってくることもあるだろうから、出来れば一緒にいたほうが良いのは確かにそうなんだがあのその一国の王女殿下であらせられますよね? ええんか?
「ま、まあそのへんのことは追々……今はとにかく二人を助けに行かないと」
「そ、そうだな」
俺の言葉に、ようやくトロンは、手を離してくれた。いや、俺だってトロンの豊満な身体にぎゅっと抱きしめられるのは嬉しいんですよ? ずっとこうしていたいけどもね? でもその前にやることがあるから仕方ないのだ。名残惜しいが。本当に名残惜しいが。
「さて、身体に触れたら入れるんだったか……」
俺は横たえられた二人の真ん中に座り込んだ。
「一先ずクルエラを助けて、その後続けてツツジを助けてくる。多分俺は意識を失うだろうから、後のことを任せてもいいか?」
「ああ、君たちのことは私が守ろう」
「な、何かあったら言うんだぞ? すぐに直してやるからな?」
「意識のない状態で言えるかどうかはともかくありがとう」
俺は二人に後を任せ、ゆっくりと深呼吸した。精神世界へのダイブ。二人には伝えていないが、デストーリアの言うところでは家を吹き飛ばすような大嵐の中に裸で飛び込むくらい危険なことらしい。こんな事を伝えると間違いなく心配させてしまうので言わないが……覚悟は既に決めてある。
人嫌いを公言するくせに本当は人が好きな事を隠しきれないし、自分で何でもやってきたから上手く他人を頼れないクルエラ。
平凡から抜け出して、主人公を目指してもがき続けて、結局変な方向に頑張ってしまって今回みたいなことになってしまったツツジ。
全くどうしようもない奴らだ。どうしようもない奴らだが、俺の大切な、大好きな人たちだ。だから、助けに行く。まずクルエラを助けてから、それからクルエラと二人でツツジを叱りに行ってやろう。俺もクルエラも仲良くツツジに刺されてるわけだし、デコピンの一発くらいはかましてやろう。それで、それで、皆で仲直りして、笑いたい。あとえっちもしたい。もうそれはそれはすごいやつを。
ツツジはこことは違って俺と近い価値観の世界から来ているので多少遠慮していたが許さない。俺のよく知る普通の女の子の感性をしてるから控えていたが、一回殺されてるわけだし遠慮はなしだ。もう絶対おかしくなるまでやりまくってやる。
あとクルエラも俺が何回好きだよって伝えても立場とか年齢とかを気にして答えてくれないし。後ろめたいのかここ数日は目も合わせてくれなかったのでもう怒った。やりたい放題やらせてもらう。
それで―――全部チャラにしてあげよう。罪悪感とか、後ろめたさとか忘れるくらいやりまくって、そしたら、皆で王都デートしたり、買い物したりしよう。クルエラの故郷のお茶でも楽しみながら、他愛もないバカな話でもして、疲れたら皆で横になってお昼寝なんかしたりして、楽しいことを、いっぱいしたい。
「だからさ、行くよ。待ってて」
俺は静かに二人に手を触れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます