第39話 使徒覚醒
頭がガンガン痛い。ズキズキかも知れない。全身のあちこちはまだギシギシ言っているし、背中の傷は塞がってくれたみたいだが、それでも万全とは程遠かった。程遠いからなんだ。目の前でトロンがいたぶられ、殺されそうとしているのに、立ち上がらないわけにいくか。
……ひどい有様だ。ツツジは壊れてしまったように涙を流すだけ、クルエラは黒いモヤに包まれながら苦しんでいる。そして、トロンは―――今の俺よりもひどい姿で、転がっている。息はまだある様だが、許せなかった。本当に、心の底から、許せなかった。
「俺の……俺の大切な人から離れろ!!」
「そんな―――そんな―――嘘―――」
俺の言葉を聞いてか聞かずか、シスターはよろよろとトロンを離れ、こちらに数歩歩みを寄せた。
「死からの―――復活―――? ―――それは間違いなく神の奇跡―――では彼も神に選ばれたと―――? ―――そんな―――そんな―――」
「寝ぼけたこと抜かしてんじゃねえぞおい……俺の大切な人たちを滅茶苦茶してくれやがって……!」
びっと指を指し、叫ぶ。どうしようもなく腹が立っていた。デストーリアの話が真実だとするのなら、コイツはコイツで本当に世界を救うために行動しているのだろう。だが、こんなやり方はおかしい。こんな、人を無闇矢鱈と傷つけ、苦しめて無理矢理力を目覚めさせるなんて、そんなの間違っている。力を目覚めさせるために人のつらい記憶を刺激して、犠牲を出しても構わないなんてそんなの間違っている。俺はなんとしてでもコイツを留めなくちゃいけない。
「まあいい―――試してあげましょう―――貴方が本当に選ばれしものなのか―――!」
「……!」
蘇った俺を見て、ショックを受けたのかふらふらとしていたシスターは、急にこちらに向かって突っ込んできた。すさまじいスピードに、俺は咄嗟に防御の姿勢をとるが、これは防ぎきれないか―――
「させ……るかァ!!」
「!?」
直撃の瞬間、俺とシスターの間に割り込む影があった。俺に向かって真っ直ぐ突き出された拳を掴んで止めたのは、先ほどまでボロキレのように転がっていたトロンだった。
「トロン!? お前、傷が!」
「馬鹿な―――ありえません―――まさか貴女も―――?」
全身血まみれで、俺の目にさえ分かるほど傷ついていたはずのトロンの肉体は、淡い光を放ち完治しているようだった。俺の脳裏にデストーリアの言葉が蘇る。使徒の権能は産まれたときから使えるわけではない。使徒自身が強くその力を望んだ時初めてその力を目覚めさせる……つまり。
「治癒の権能の使徒―――まさか―――一つ所に集まり過ぎです―――」
シスターの困惑も最もだ。少なくともこの場に、シスター、ツツジ、クルエラ、クラーラ、そして今覚醒したトロン。さっきシスターの話していたことが本当なら、実に五人もの使徒がこの王宮に揃っていることになる。
「なぜこんなにも集まって―――まさか」
シスターはその視線を俺に向けた。
「呪われた身体―――周りに使徒が集まり―――そして死からの復活―――まさか―――まさか貴方が―――?」
シスターはその目を大きく見開いてこちらを見つめてきた。
「大罪人の―――堕ちた救世主―――!」
俺を見るその瞳に、怒りの色が滲み出した。まずい、コイツはここで俺を殺すつもりか!
「させるものか!」
トロンの拳が、俺に意識を取られたシスターの鳩尾に突き刺さる。
先程までとは明らかに違う重く響く打撃音。シスターの顔から余裕の色が消え去った。
「ぐぅ―――治癒能力で―――肉体のリミッターを―――自分の腕をへし折る勢いで―――殴ってくるなんて」
「貴様のその表情が拝めるなら安いもんだ―――な!」
続けざまにもう一度トロンは拳を叩き込んだ。骨が砕け肉の裂ける音がするが、拳を引き抜いた時には彼女の腕はもうほとんど治っていた。信じられない治癒能力、ほとんど再生能力と言っていいほどの回復力だった。だが、
「トロン! 無理はするなよ! 使徒の治癒能力がどれほど持つか分からないんだ!」
「分かっている! こちらが尽きる前にこいつを叩き潰す!」
力強く答えてトロンは構え直した。格好いい。惚れ直してしまいそうだ。
トロンの不退転の構えを見て、シスターは冷静に後ろに飛び退いた。
「これは―――まずいですね―――ツツジちゃんとクルエラさんだけでも回収を―――」
「バルディンくん! トロン! ご無事か!」
「この声……バラント団長!?」
しめた。そのタイミングで増援だ。教会の階段を駆け下りてきた彼女は、一瞬で部屋の中の様子を察したのか、剣と盾を構えて臨戦態勢に入った。
「血迷ったか! シスター! 貴様何を考えている!」
「はぁ―――仕方ありませんわね―――」
追い詰められた彼女は、ガリガリと強く頭を掻いた。
「まあ―――二人も使徒を目覚めさせ―――合わせて三人所在を掴んだのですから―――これ以上欲はかけませんわね―――」
そう言って、懐から何やら刻まれた符のような物を取り出した。彼女がそれを構えると、淡い光を放ち始める。
「まずい! 紋章魔術で作った魔術符だ! 何か仕掛けてくるぞ!」
「何!?」
「往生際の悪い……!」
俺の言葉に団長とトロンが構えるが、シスターは不敵に笑った。
「何―――ただの転移魔術です―――今日のところは失礼しますわね―――」
シスターの身体が光りに包まれていく。
「待てこの……!」
「やめろ! 本当に転移魔術なら巻き込まれてバラバラになるぞ!」
俺は食らいつこうとするトロンを制した。転移魔術、伝説に記述が残るだけの、いわゆる神々の魔術。実在していたどころか、携帯できる魔術符にまで落とし込んでいるとは。信じがたいが危険は犯せない。転移魔術の転移発動時に範囲内に重なっていると巻き込まれて身体が引き裂かれてしまうからだ。
歯噛みする俺の姿を見て、シスターは口を開く。
「多少知識もある様ですわね―――堕ちて尚救世主なだけはある―――ということでしょうか―――」
「堕ちたつもりはないがな」
俺が言い返すと、彼女は苛立たしげに眉をひそめ、その後すっと真顔に戻った。
「まあいいでしょう―――使徒の覚醒は果たしました―――今日のところはこれでいいでしょう―――また会う日まで―――使徒は預けておきましょう―――」
彼女の身体は光の中に消えていく。
「次あった時は―――その時こそ殺してあげますわね―――」
そして後には、静寂だけが残った。
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