第34話 シスター
「ここで―――いいでしょう―――」
私たちを先導していたラナン・ダラと名乗ったシスターは、教会の前で立ち止まると振り返って私たちに手を振りました。
「ここは私共の勤める―――教会ですのよ―――」
そう言って重々しい扉を開けると、中は私もよく知る教会とよくにていました。奥にステンドグラスの光に照らされた神像が佇み、そこを目指す通路の脇には規則的にベンチが並んでいます。
そのベンチの背に軽く触れながら、シスターは怪しげに微笑みました。
「貴女達は―――聖教会の信奉する―――善なる神アリアの伝説はご存知かしら―――?」
「説法を聞きに来たわけじゃないのだがな」
シスターの冗長な喋りに、大人しくついてきていたクルエラさんが眉をひそめます。
「城勤めは暇なのか?」
「まあ―――そうおっしゃらず」
シスターはコツコツと足音を響かせながら教会の聖堂を進み、奥の壁にかけてある松明をぐいと引きました。
「!?」
「どうぞ―――こちらへ―――」
キィと音を立てて現れたのは、地下に続く階段のようでした。
「貴女の国がどうして滅んだのか―――気になるでしょう―――スカーレット」
「どこで、その名を」
ピンと、空気が張りつめます。まさに一触即発という空気の中、シスターは目を細めて笑いました。
「それを今から―――お話しましょう―――?」
クルエラさんはしばし立ち止まったあと、静かにシスターを追うように階段を降りていきました。私はそれを後ろから眺めつつ、その後を「止めて」追いかけ「止めるのよ」ようとし「止まって、ツツジちゃん」まし、た。
あたまのなかで、ぐるぐる、なにかが、まわって、います。
「クルエラさんを止めて」
なにか、なにかよくないこと、ことが。
「腕をつかんで、ここから連れ出して」
おなかのなか、から、ぜんぶ、ひっくりかえって、しまいそうで。
「バルディンのところに行くの、クロウさんでもいい」
あれ、なにが、なに、おかしいの? べつに、おかしく、おかしくない。
「頑張って、負けないで、お願いツツジちゃん」
これは、ぜんぶ、きまってたことで、だから、これは、これ、は。
「早く、早く、あなたが消えてしまう前に」
―――ああ、早く追いかけなければ。付いていかなくては。それが私の仕事だから。
◆ ◆ ◆ ◆
「どういう、ことなんだ? クルエラッド王国のレガリアは、ツツジが献上した……?」
バクバクと心臓の音が大きくなるのがわかった。全身を冷たい汗が伝う。
「どういう、と言うか、さっきも言った通りこの離宮で教会関連の仕事を担っているシスター、ラナン・ダラとツツジ・カミムラはよく王女様の元を訪れていたんだ。ですよね?」
確認を取るようにコロンに聞く団長。コロンは静かに首肯した。
「はい。シスター・ラナンは敬虔な聖教会の信徒ですから〜。異界より突然呼び出され、聖女ではなかったからと放置されていたカミムラ様をよく気にかけていらしたんですよ〜。それで、以前より姫様とも親交のあったシスター・ラナンは彼女を連れてよくここを訪ねられていたんです〜。シスター・ラナンは男嫌いで有名でしたから〜、男の方が苦手な姫様とも仲良くしてくださっていたんですよ〜」
コロンの言葉に、俺の中で嫌な感覚が大きくなる。完成したら恐ろしい絵が出来上がるジグソーパズルが、触ってもいないのにどんどん組み上がっていくような、どうしようも出来ない、けれど確実にその輪郭をはっきりとさせていく不安。
「シスターは、いつからこの離宮に?」
「数年ほど前からでしょうか〜。姫様が人払いなさってから殆ど人がいなくなってしばらく誰も管理してなかった教会があったんですが、聖法国の聖教会本部から派遣されてきて、一人で管理をされるようになったんですよ〜」
静かに立ち上がる。
「シスターの、ここに来るまでの経歴は?」
「聖法国は大陸の端にある国だから、紙の資料で渡されただけだな。裏は取れていない」
俺の様子を見て異変を感じたのか、真面目な口調でトロンが答えた。
「シスターはいつもここでどんな話を?」
「いつもは、他愛のない話を……けれど、たまに毛色の違う話も」
「それは、どんな?」
「……世界に訪れる危機について、世界がどれだけの窮地にあるか、それを回避するためにはより確かな信仰と正しい心が必要だ、と。そうすれば、神さまから世界を救う力を与えられた十三人の使徒様が世界を救ってくださるのです、と」
「危機……使徒……」
まずい。本当にまずい予感がする。
「他には、なんて?」
「世界をより良くするには、与えられた力を正しく使うことが大事で、それができなかったから英雄は罪を犯し呪いに堕ちたのだと。だからこそ、力を正しく使えるよう導くものが必要なのだと、だから、それを為すためには、どんな犠牲も厭わない強い覚悟と信念が、信仰により支えられなければならないのだ、と……」
パチリパチリとピースがハマっていくのが分かる。
「その時、ツツジさんはどうしてた?」
「どうって……子供みたいに目を輝かせて、シスターの話を熱心に聞いてたよ。すごい、世界を救うために活動してるなんて、ヒーローみたいって、嬉しそうに」
疑念は確信に変わりつつあった。俺は、最後の確認のためクラーラに向き直った。
「ツツジさんは魔術について王宮で学んだと言っていた。誰が教えていたんだ?」
「誰って……シスター・ラナンだよ?」
俺は大きく深呼吸した。嫌だ、嫌だ。だが、しかし。これはきっとそういうことだ。
「クラーラ、危ないからこの部屋から出ないでいてくれ。団長、今すぐ鎧を着てクラーラを頼む。コロンは鎧の着付けを、トロンはその教会まで案内してくれるか?」
俺の指示に、四人は何となく察しつつあった嫌な予感が確かなものであることを感じていた。
「事情を説明したいが時間がない。クルエラは嵌められたんだ。やっぱりレガリアは罠だった」
酷いことを、本当に酷いことを考える。こんな事が出来るのか? なんで、なんでこんな事を?
この問いに答えてくれるものは居ない。居ないが、それでもわかる。ツツジさんは、キラキラな何かに憧れていた。自分がそちら側に行くことを夢見て、そうでない現実との間で苦しんでいた。だから、きっと、やる。ツツジさんなら、やり切ってしまう。こんなにも恐ろしいことを、頑張ってしまったのだ、あの子は。
「トロン、頼む。間に合わなくなるかも知れない」
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