第32話 呪禍

「十三の呪禍……その、小さな体に、十三も……?」

「ああ、生まれたときからね。……小さな体は余計じゃない?」


 俺はカップの水を一口含んだ。クラーラにトロン、コロン、そしてローちゃんは、俺の話を静かに聞いていた。


「驚いたな。そんな事情だったとは……バルディンくんとは長い付き合いだけど、目がよく見えないのと味がわからないくらいしか知らなかった」

「まあ、わざわざ説明しても不気味がられるだけだから、普段はこんなこと伝えないしね」


 ローちゃんが何気にショックを受けているようだったので、それとなくフォローを入れた。まあ実際、俺が呪われているというのは娼館の客の間でも有名な話ではある。呪いのせいであの美貌を持ちながら娼館に落ちたのだとか好き放題言われているようだ。俺が娼館に落ちたのは人攫いのせいだが、クルエラが人攫いから買ったのが俺だけであったところを見るに、おそらく連中も呪われた俺を厄介払いしたくて売り払ったのだろうから、そこを鑑みると呪いのせいで娼館落ちしたとも言えなくない。


「う、うう……それじゃあ私は全身に無数の呪いを受けて弱っている男にいきなり殴りかかった上で返り討ちになったのか……?」

「まあそういうことになるけどあの自害ネタはもうやめてよね。あれあんまり面白くないよ」

「ええっ!? あ、あれそんなに面白くないのか!?」

「ちょっと笑いどころがわかわないかな……」

「そ、そうか……そうか……」


 何だかトロンがよくわからないところでダメージを受けていた。何をやってんだコイツ。俺は苦笑いした。

 すると、俺を抱きしめていたクラーラの手にぎゅっと力がこもった。


「クラーラ? ……泣いてるのか?」

「う、う……」


 何故かクラーラが泣いていた。


「えっちょっど、どうしたの? どこか痛むの? 何か変な話ししちゃってごめんね?」

「い、いや、そうじゃないの」


 クラーラは俺を抱きしめ、頭に顔を埋めて嘆いた。


「わ、私……顔がいいだけだと思ってて……でも、美味しいお料理が出来るのも良いところだよって言ってくれたのに、なのに」


 ポロポロと涙が溢れてくる。


「私の顔と、お料理と、私の良いところ全部、一番伝えたいあなたに伝わってくれないの……皆が綺麗だって言ってくれる顔も見せられない、皆が美味しいねって言ってくれる料理も、あなたには……うう……」

「クラーラ……」

「ご、ごめ、なさい……一番つらいのはバルディンなのに……私、自分勝手な理由で泣いちゃって」

「謝ることじゃないよ、クラーラ」


 俺は身を捩り、彼女に向き直った。次から次へと溢れてくる涙をそっと拭う。


「俺は……俺は対して辛くもないさ。もうずっとこうしてきてるから気にもしてない。まあ、クラーラの素敵な笑顔も、手料理も楽しめないっていうのは確かに残念だけど、クラーラの素敵なところはそれだけじゃないだろ? とっても優しいし、それにクラーラが抱きしめてくれると、俺は温かくって安心して、嬉しいんだ。他にもきっと、たくさん素敵なところがあるはずだ。そういうのはさ、ゆっくり一つ一つ、見つけていけば良いんだよ、きっと」

「バルディン……その、ありがとう」


 クラーラは、照れたように微笑んで、俺の手を取った。


「まあそれに、希望がないわけじゃない」

「希望?」


 ローちゃんが口を挟んだ。


「何かあるのか?」

「まあ少しね」


 俺はクラーラの頬に小さくキスをして、皆の方に向き直った。


「実は今日ここにくる途中、一瞬だけ視力が戻ってね。何が原因だったのかは分からないけど、多分この呪いは解く方法があるんだと思う」


 この呪いは冥界の神デストーリアがかけたものではあるが、彼女は優しい神だった。そして彼女は、罪には代償を、功績には祝福を、常にその対価を重視していた。この呪禍が俺の犯した罪への罰というなら、その贖罪を果たすことで解き放たれるという可能性は大いにある。つまり、これは罰ではなく試練である、ということだ。


「まあ本当に希望的観測でしかないんだけどな、見えたって言ってもほんの一瞬だったし」

「だけど、見えたんだろう? なら、希望は持つべきだ。あるのとないのとじゃ、あるに越したことはないだろう」


 そう言ってニカッとローちゃんは笑った。実に頼もしい笑顔だ。こういう姿を見ると、ローちゃんが本当に騎士団長なんだと実感する。前世では騎士家に生まれながら叙されることのなかった俺からすると本当に凄い人だ。それにかわいいし。


「そういうわけで、もしも俺の舌がまともになったら一番にクラーラに会いに来るよ、約束だね」

「う、うんっ、約束、だね」


 ぎゅーっとクラーラに抱きしめられ、俺も思わず口元が緩んだ。

 これからどうしていけば良いのかまだ見通しは立たないが、一先ずはこうして協力者を探して呪禍を解く方法を探していくのが良いだろう。トロンとの戦いを通して分かったが、俺は呪禍に苛まれている中でもある程度は戦いになるようだ。無事に呪禍を解き放つことが出来れば、祝福も権能もなくとも道は拓けるかも知れない。

 さて、そうと決まればまずは……まず、は…………。


「あ。レガリア……」


 すっっっかり忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る