第31話 穏やかな時

「あれ、もう日沈みかけてない?」


 部屋に備えられたシャワーを浴びて服を着替えた俺は、王女の居室の隣の部屋で寛いでいた。何故隣の部屋なのかと聞かれると少々気恥ずかしいがちょっとはしゃぎすぎて大変なことになってしまったからである。うん、まあなんでしょう、えっとね、すごく良かったです。


「結局五時間位やってたんだな……うん……仕事中なのにな……私……」


 ローちゃんはプレートメイルは脱いでおり、新しい下着に着替え、一応鎧下のギャンベゾンを身に着けていた。いつでも鎧を着れるようにというせめてもの理性なのだろうか。まあ職務中に、監視の意味もあるとは言え一応の主人とその従者と一緒になって娼夫とまぐわっていたのだから、真面目な彼女がスッキリしたあとにこうなってしまうのはある意味仕方ないと言える。


「まぁまあローちゃん落ち着いて……ほら、仕事中って話ならトロンだってそうだけどこいつはこんなに静か……あれ? トロン?」

「はぅ……あぅ……」

「ト、トロンさん?」


 トロンは惚けたような顔で俺の方をじっと見つめ、ぽーっとしていた。


「あ、あの、大丈夫?」

「うぇへへ……うへ……えへへ……なんだよゥ……あんなに私の……でへへ……そんなに私が好きになったのかァ……? うえへ、うへへ……」

「あーちょっとこれは大丈夫じゃないですね……」


 完全にとろけてしまっている。狂犬のように噛みついてきていたあの姿からは想像もできない。いやまあ考えようによっては狂犬みたいなコイツと話してたのは三十分くらいだったけどベッドの上で子犬みたいにないてたコイツとじゃれ合ってたのは五時間くらいともなると逆にこっちのほうが慣れてしまったのでは?

 そう考えるとこの姿に困惑するのではなくありのままを受け入れてやるべきではないだろうか。うん。そう考えるとこのだらしない姿も可愛く思えてきたぞ。チュウしてやろうか。


「うふふふふ……このたわけめェ〜初めはあんなに噛みついてきてたのに、可愛い顔をしおってェ〜……チュウしてやるぞ〜ほれほれ〜」

「おい待ってくれよ気が合いすぎだろ怖えよ」


 もう同じこと考えてるレベルだろコイツ。なんなんだよ。俺はとりあえずお望み通りチュウして黙らせてやった。


「ふぅ……ところでコロンは随分とツヤツヤしてないか?」

「あら〜? そうですかしら? うふふ」


 やはりツヤツヤしてる気がする。いやまああんまり見えてはないんだけど、こう雰囲気がツヤツヤしてる。


「私も初めてだったんですが、あんなにすごいんですわね。びっくりしてしまいました〜」


 手で小さく顔を覆いながら、少し恥ずかしそうにコロンは微笑む。うーん。この世界では俺より背の低い女の人は本当に貴重なので少し不思議な感じだ。普段大きいのを相手取ってばかりだから、小さい子に対してはこう……抱きしめてあげたいというか、庇護欲のようなものが湧いてくる。湧いてくるが、向こうはお姉さんぶって俺のことをよしよししようとしてくるのだ。困る。

 でも年齢的には普通に向こうが年上だし、それにいくら背が小さいとは言え、この大きなオッパイを前にしては甘えたくなってしまうのも仕方ないだろう。彼女の妹のトロンもかなり立派なものをお持ちなのだが、トロンはスタイルがよく脚も長いのですらっとスポーティな印象があるが、コロンは全体的に細くて小さくて愛らしい体にとんでもないのが二つドドンとついている。圧巻。まさに圧巻だった。それがお姉さんぶろうとするたびに俺に押し寄せてくるのだ。困らない。

 背の高く、スタイル抜群で普段は狂犬みたいに噛みついてくるがベッドの上では子犬のように甘えてくる妹のトロンと、背の低く体も小さくて年下にしか見えないがものすごい大きなオッパイで包容力たっぷりに甘やかしてくる姉のコロン。ものすごかった。その、えっと、ものすごかった。

 つい先程までの情事を思い出しながら、とてもいい笑顔でシャリシャリと果物を切り分けているコロンの方を見ていると、俺は後ろからぎゅっと抱きしめられた。クラーラだ。


「どうかしたか? クラーラ」

「ううん、なんでもないよ、バルディン」


 そう言って、彼女はまた俺を抱きしめて、後ろから毛繕いをする親猫のように俺の頭を撫でた。

 あっ、あっ、あっ。だめ、おかしくなる。おかしくなっちゃう。

 俺は今、かなり大きめに作られたソファの上で、クラーラの膝の上に座って後ろから抱きしめられている。ソファといっても殆どベッドのような、寝そべってくつろぐタイプのそれに体を預けるようにして深く腰掛けているのだが、クラーラは俺を自分の上に座らせ、そのすべすべの綺麗な長い腕で俺のことを優しく撫でてくれているのだ。

 だめだ。本当におかしくなってしまう。

 普段の俺は高級娼夫ということもあり、客は安くはない金を出して時間で俺を買う。しかも一日に何人も客を取るので一人あたりの時間は限られており、そのため性欲の強い女たちは貪るようにセックスにふけり、時間いっぱいまで楽しむとそのままずっと帰ってしまう。本当にオチンチンを突っ込むだけという流れなのだ。

 だが、今日は特に終わりの時間が決められたわけではない。それに、五時間もかけてたっぷりと楽しみ、何なら終わったあと皆でシャワーを浴びていたらまたムラムラと興奮してきてそこから四回戦くらいしたほどに肉欲の限りをつくした事で、俺たちはすっかり性欲とは切り離された、穏やかな事後の時間を過ごしているのである。

 つまりどういうことかと言うと、こんなふうに素敵な女の人に優しく抱きしめられて、行為にふけるわけでもなくただ穏やかに微睡みながら頭を撫でられるなんて生まれて初めてなのだ。なんなら前世から数えても初だ。ただ優しく抱きしめられて、温かな人の温もりを感じることがこんなにも心地良いなんて知らない。知らなかった。知ってしまった。どうにかなってしまいそうだ。

 この離宮で、この四人と肉欲を貪り、その後はこうして穏やかに寄り添い合う、そんな日々をずっと過ごしていたいと、そう思ってしまうほどの甘い衝撃。幸せとはこんなにも甘く恐ろしく意思を挫くものなのかと、少し怖かった。


「どうかしたの? 少し、震えてるよ」

「寒いのかも、もっと、ギュッとしてほしい。……だめかな?」

「だめじゃないよ、ほら、ぎゅ〜っ」

「ふふふ、ありがと、クラーラ」

「どういたしまして」


 ああ、もうずっとこのままでいたい。先ほどまでの乱れきった大人な時間も最高に気持ちが良かったが、今この瞬間は、心が溶かされ蕩けていくようで、心地が良かった。


「りんご、剥けましたよ〜。喉も渇いたでしょう? いかがですか?」


 果物を切っていたコロンがそう聞いてくる。剥いてたのはりんごだったのか。皆が美味しそうにりんごを頬張るのを見ながら、俺は水差しからカップに水を注いでもらった。


「あら〜? りんご、お嫌いでしたの?」 

「いや、嫌いってわけじゃないんだけどね、どうにも味がわからないからさ。食べても仕方がないというか」

「えっ?」


 俺の言葉に、驚いたような声が上から聞こえた。クラーラだ。


「味、わからないの? 味オンチとか、そういう?」

「そうだな……まあ、話してもいいか」


 ここまで仲良くなったのだ。もしかするとこの先頼りにすることがあるかも知れない。皆言いふらすような人たちではないし、信頼できる人たちだ。

 俺は、短くかいつまみながら、前世のこと、使命のこと、そして俺の体を蝕む十三の呪禍について話すことにした。

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