第30話 罪な男

 まずい。大変にまずい。

 何とも言えない神妙な顔をするローちゃんことバラント団長。

 先程まで泣きわめいていたが、王女様の様子に気づきわたわと慌てだすトロン。

 あらあら〜若いって良いわね〜と落ち着いた様子のコロン。

 何をすれば良いのかわからず途方に暮れる俺。

 いやぁまずい。本当に本当にまずいぞ。


 俺は前世では貴族の家の末の子供だったが、まともに社交界に出ることはなく、ほとんどコミュニケーションらしいコミュニケーションを取ることもなく生涯を終えた。

 今世では農民の子として生まれたが、全身に刻まれた呪禍のせいで敬遠され、他の子供や人間と話をすることもなく修道院に入れられた。その上それは修道院ではなく修道院に偽装した人攫いの一団で、俺はすぐに娼館に売り払われて今まで生きてきたのだ。まともな会話や交流など知る由もないのだ。娼館で培った娼夫としてのやり方しか知らないのだ。他に一体どうしろというのか。

 すぐに口説いて回るな貴様はとクルエラにも小言を言われたことがある。あるが、俺は別にそんな口説いているつもりはないのだ。俺は、俺は本当にいつも通り、普段通りに話をしているだけなのだ。相手のことを褒めるのも、相手のことを肯定するのも、困っているようなら肩を貸し、悩んでいるようなら話を聞き、心細いようなら手を握ってあげる。これは別に何も特別な意味があってやっているんじゃないのだ。俺はごく普通に自然体にこうしてしまうだけなのだ。


 だって仕方ないじゃないか。俺は昔から困ってる人を放っておけないし、悩んでる人や心細い人を見たら傍にいてあげたいと思ってしまうのだ。誰かを安心させたり、感謝を示す時に抱きしめたりキスをしたりしてしまうのも、娼館でしか他人とコミュニケーションをとってこなかった俺にとっては普通のことなのだ。

 なのに皆して俺のことを女を口説いて回るプレイボーイだのヤリチンのビッチだのなんだのと好き勝手言いやがって。仕方ないじゃないか。仕方ないじゃないか。俺だって、俺だって頑張ってやってるんだ。

そりゃあ俺がもっと強くて格好良くて、娼夫のやり方以外でもっとかっこよく励ましてやれれば、こんなことにはならないのかも知れない。ローちゃんと俺が、客と娼夫の間柄ではなく、騎士同士とか、そういう間柄なら、こんなにこじれることはなかったさ。なかったとも。

 王女様が泣いているのだって、俺がもっと背が高くて包容力のある男なら、キザなセリフの一つでも吐いてさっと抱きしめてやれもしただろうとも。

 でも、でもそうじゃないんだ。俺は娼夫のバルディン。背が低くて女の子みたいな顔をしていて、目も見えなけりゃ味もわからず、どれほど鍛えても子供程度の力しかない。それが俺なんだ。俺なんだよ……。


 ―――だから、だから落ち着くんだ。

 すぅっと息を吸い込む。できないことを嘆いて何になる。ないものをねだって何になる。俺は結局俺に出来ることをやり切るしかないんだ。修羅場になるからなんだ。それがどうした。俺の言葉に、俺の行動に女たちが涙を流すなら、俺はそれを拭い取るしかないだろう。格好のいい騎士のやり方ではなくともいい。俺なりの、娼夫なりのやり方で。


「王女様」

「ひゃっ……」


 彼女前に立ち、優しく声をかける。いや、これ優しいのかな? もうよくわからないが、とにかく静かに声をかけた。


「な、な、なに?」


 涙を流しているのに気づいていないのか、拭うこともなく彼女は聞き返した。

 彼女の背はかなり高い。まあこの世界基準で絶世の美女なのだから当然か。俺は彼女を見上げるように前に立ち、そっと涙を拭った。


「ごめんなさい。あんたを泣かせるつもりは無かったんだけどな」


 俺がそう微笑みかけると、彼女は顔を赤くしてぶんぶんと横に振った。


「あ、あな、あなたが、謝ることじゃ、ない、よ」


 たどたどしく、なんとかそう言葉にする王女様。俺はニッコリ笑って彼女の手を引き、ソファに腰掛けさせ、その隣に座った。


「どうして涙が出ちゃったんだろうね? わかるかな、王女様。俺に教えてくれない?」


 出来る限りゆっくりと、優しい声で、諭すように語りかける。


「そ、その、話すようなこと、じゃ」


 そう言って彼女は言い淀んだ。この世界の価値観では女は人前で涙を見せないほうが良いとされているようだし、思わず泣いてしまっていた理由を話すのは恥ずかしいのかも知れない。だから、こちらからアプローチをかけてみることにする。


「俺はね、女の子が泣いてるところを見るのは好きじゃないんだな。出来れば、みんなには笑っていてほしい……王女様は、人前じゃいつもクールな演技をしてるみたいだけど、きっと笑顔で居たほうが素敵だと思うな」

「そ、そう、かな」

「そうだよ! きっとそう。だからね、もう王女様を泣かせちゃわないように、どうして泣いちゃったのか教えてほしいな。ダメか?」


 ソファに腰掛けたことで、立っている時よりも近くなった状態で、その顔をじっと見つめる。まあじっと見つめた所で輪郭くらいしかわからないのだが、大事なのは向こうが俺に見つめられていると強く意識することだ。

 俺に見つめられた王女様は、しばし視線を彷徨わせたあと、やがて俺の方に向き直って、小さく頷き返した。


「えっと、あのね。私、さっきも言ったみたいに、自分に自信がなくて、それなのに、子どもを産むっていう私の役目をこなす度胸もなくて、私のことを見る男の人の目が怖くて、引きこもっちゃうようなダメな女でね。それでね、それで、もうどうしようもないダメなやつなんだって思ってたのにね、その、あなたがね、恥ずかしい告白をして、自分のことをさらけ出してしまって、でもその上で、私のしたいようにすればいいって言ってくれてね。それで、ダメなとこしか無いと思ってた、顔しか無いんだって思ってた私にも、良いところがあるんだよって、探してくれて、偉い偉いって褒めてくれて、すごい、すごい嬉しかったの」

「うんうん、嬉しかったんだね。それでどうしたの?」


 それとなく自然に彼女に寄りかかるようにして、彼女の手を優しく触る。


「それで、それでね。う、嬉しくなっちゃってね。その、ね。こんなに私に優しくしてくれて、こんなに私に寄り添ってくれて。こ、これってもしかして、う、運命なのかなって……たまたま呼び出した人が、こんなに良くしてくれるなんて、きっと運命なんだって、舞い上がっちゃって。あなたが、私のことが好きなんだって、勘違いしちゃって……」

「それで、俺がバラント団長に抱きついたりしてるところを見て、俺が娼夫だって、お金をもらっていろんな女と寝てる男だって思い出しちゃった?」


 俺がそう聞くと、彼女はその大きな体をプルプルと震わせて、また涙をポロポロこぼした。


「う、うん。そっ、それでね、ばか、ばかみたい、だよね? 自分で娼夫を呼んでおいて、その相手が娼夫だってことを忘れてるとか、ばかみたいで、情けなくって、恥ずかしくって……。おまけに、あなたが私のことを好きかもなんて、恥ずかしい勘違いまでして……そしたら、そしたらないちゃってて……ごめん、ごめんね、あなたは何も悪いことしてないのに、わた、私が勝手に勘違いして、泣き出して、困らせちゃって……あなたは仕事できただけで、私みたいな女の子、好きになってくれるはずなんて無いのにね? おかしいよね……」

「いやあ別に俺王女様のこと好きだけどね?」

「―――え?」


 どうにもそこが伝わってなかったらしい。そっかーそういうことか……。じゃあ仕方ないと俺は彼女の首の後ろに手を回し、少し腰を浮かせて、


「んむむんむ!?!?」


 唇を奪った。

 弟に続き姉もチュウで黙らせた。ワンパターンな男である。いや、本当を言うとこの手の技は他にもパターンあるのだが一番健全なのがチュウなのである。他はちょっと人前で出来るテクニックではない。常連のローちゃんには何度かやったことがあるが、少なくとも初対面の王女様に対して使う技ではないので結局これに落ち着くのだ。

 トロンとローちゃんが口をパクパクさせながらこちらを指差し、コロンが「あらあら〜♡」と歓声をあげているが無視する。

 俺は啄むように小さくチュッチュと何度も口づけし、驚いて少し開いたその隙に舌を強引にねじ込み貪るようなキスをする。


「ぷはっ」


 とりあえず思考が完全に停止するまで濃厚にキスをぶちかまし、俺は口を離した。


「王女様やトロンには悪いけど、俺は愛の多い男でね? 好きな人は一人じゃ収まらないんだな、これが。だから、王女様のことも、ちゃぁんと好きだよ? 会ったばかりで言うのもなんだけどね?」

「ひゃ、ひゃ、ひゃい……」


 よしいい感じにチュウで脳みそをとろとろに蕩かすことに成功したぞ。やっぱりこの人はクロウ殿下のお姉さんだなとしみじみ実感する。

 実感したが、今回は殿下のときよりも先に進ませてもらおう。俺はへろへろになった王女様をぐっとソファに押し倒した。


「さっきは何もしないで帰るって言ったけど、あれは王女様の意思を尊重しただけだよ? 男の人とやりたくない、そのための無理難題として呼びつけただけだって言われたから、その意を汲んで何もしないって言っただけ」

「ひゃ、ひゃぁ……」


 俺よりも二回りほど大きな彼女を、体の小さな俺がソファに押し付けて迫っている。この世界では信じられないような光景である。


「だからね、俺のことが好きで好きで、泣いちゃうくらい好きなんだっていうんなら―――お仕事じゃない、本気のえっち、しちゃおうか?」

「え、あ、え、あ、あああ」


 真っ赤な顔で、クールとかそういうのを全部吹っ飛ばして悶絶している。

 俺はその姿を見てふふふと笑った。


「まあそうなったらさっきからそこで物欲しそうにしてる二人もまとめて相手することになるけどね」


 笑って酷いことを提案した。


「も、も、も、物欲しそうとはなんだ物欲しそうとは!? そ、そんな顔してないが!?」

「そ、そうだぞバルディンくん! 私は断じてそんなことはだね……!」

「えー? 正直に言ってくれたらたっぷりえっちしようと思ってたんだけどなー」

「や、やりたいです!! やらせて下さい!!」

「バルディンくん私はいやとかそんな事は一言も言ってなかったよね!?」

「正直だなーこいつら」


 でもそういうバカ正直なところ……好きだぜ!


「わ、私一人じゃ駄目……?」

「駄目ってわけじゃないけど……」


 目を潤ませてこちらを見上げる彼女に俺は告げる。


「俺って女の人とえっちするの大好きだし、今後もきっと色んな女の人とイチャイチャしちゃうだろうから、早めにそれに慣れておいたほうが良いかなって……それに、あんな泣き出すくらいえっちしたがってるトロンを忘れてえっちできる? 絶対途中で思い出して気まずくなるよ?」

「それは、そうかも……」


 ぐむむ、と唸りながら彼女は納得したようだ。


「それに二人きりでやると緊張しちゃうかも知れないし、皆でやったほうがかえっていいかも……みんなで…………」


 そこまで言って、俺はすっと後方に目をやる。


「あの、コロンさん……どうされますか?」

「あら〜お姉さんもよろしいの?」

「コロンさんさえよけれ「それじゃご相伴にお預かりするわね〜♡」即答かァ……」


 驚くほど早い返事だった。


「いやびっくり、コロンもそういうの興味あるんだね?」

「ほほほほほ、まあ私も大人の女ですし〜? 大陸一の娼館で人気ナンバーワンになるような超絶美少年とのラブラブイチャイチャセックスチャンスは貪欲に掴んでいきたいですわよね?」

「もしかしてコロン一番俺と似てる?」

 

 その意見には全く同意しか無かった。この世界に来て初めて深く通じ会えた気がした。


「さて、と」


 俺は視線を俺の下の王女様に移す。


「他の皆さんは乗り気みたいだけど、どうする? 俺は王女様の嫌がることはしたくないからさ。最後は王女様のしたいようにするよ」


 そう語りかけると、王女様はしばらく黙り込んでから、口を開いた。


「ひ、一つ、条件」

「何?」


 王女様は、俺の下で俺に向かって両腕を広げて見せた。


「わ、私のこと、王女様、とか、あんた、じゃなくて、クラーラって、呼んで?」


 俯きがちな顔からの、上目遣い。ぼやけてたってそれくらいは分かる。そしてものすごい破壊力だ。


「分かったよ。クラーラ」


 そうして俺はクラーラに覆いかぶさるように倒れ込みもう一度強く口づけをした。

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