第28話 王女クラレンス

 クラレンス・ベローテア・ヴァロッサは、ヴァロッサ王家の三女、すなわち第三王女である。元々は現王バルバトス・ヴァロッサの三十五人いる子の一人であったのだが、弟であり王太子であるクロウが産まれた際に、王国の法に則り、王家の一員となった。

 ヴァロッサ王家とは、世界でも類を見ない男系の王家、王太子を産んだ女の家が新たに王家へと加わる事ができるのだ。つまるところ、第三王女というのは、王太子の姉、以上の意味を持たないのだと、クラレンスは語った。

 武芸に秀で、魔力の素養もあり、王国第一騎士団である天穹騎士団団長を勤め上げる長子、アヴァロサロネ・ベローテア・ヴァロッサ。

 頭脳明晰で政治にも軍事にも長け、若くして王宮内の政に参画する次子、ペーネロペー・ベローテア・ヴァロッサ。

 それと比べて自分は、見た目の話しかされることがない。いつも周りの人々は自分の外見のことを褒めそやすばかりで、それ以外に触れることはない。つまるところ、そういうことなのだと、クラレンスは俯きがちに言った。騎士団を率いるような武勇もなく、政に参画するような知も足りない。それが自分なのだと。

 そして、それらは周りから見た時、すごく嫌な形に落ち着いてしまう。この世界は女が動かしているが、女である以上、妊娠すれば妊娠期間や産後しばらくの間は本調子では居られない。つまり、有用であればあるほど、代えがたい人材であればあるほど、子を産む役目から離れるのだという。

 戦場に立つ女傑、国を動かす大臣、どちらも替えの利かない大事な人材である。つまり、王家に加わり一層子を残すことが求められ、また他家からも王家の繋がりを求められるこの家において、武も知もない顔がいいだけの自分に求められる役割とは……。


「男と交わり、子をなすことを求められている。と」


 はあ……なんだか話がわかってきた気がする。できればあまりわかりたくはないが、つまりそういうことだ。


「男を再起不能にしてるとかって噂は自分で流したのか…? ほとんど産まれない男がいるっていうのは貴族の家にとって相当大きな力になるから、その分生まれた男は大事にする。無闇に迫ってくる男たちから逃れるには悪くない手だ」

「ふん! そうだろうそうだろうとも! なにせこの私が考えたのだか「ごめんやっぱクソしょうもない作戦だわ」何をぉ……!」


 ちょっとトロンが調子に乗り出しそうだったのですかさず釘を差した。


「まあでも、無闇に迫ってくる連中を追い払うためって考えれば、お目付け役の団長すら信じ切ってたんだから大したもんだ。縁談や関係を迫ってくるのは王宮に出入りするような高位貴族だろうし、その当たりの人間まで騙せてたってことだから効果あったんでしょう。まあもしかしたら団長がものすごい騙されやすかったって可能性はあるけど……」

「バルディンくんちょっと酷くない? いやまあ確かに騙されやすいということは否定できないが……」 


 あ、いけないいけない。また必要もなくションボリさせてしまった。


「ま、まあそれは良いとして、そこまでうまく行ってたのに、ここへ来て急に俺を指名して来たってことは、何か動きがあったってことでいいんだな?」


 俺がそう振ると、王女は露骨にびくんと体を震わせた。


「……ここから先は私が説明しますね〜」


 すっとコロンが現れる。まあトロンだと感情的になりすぎそうだし、王女様に説明させるのも酷だ。俺はコロンの方に向き直った。


「姫様は確かに上手いこと噂話を使ったり、社交界から身を引いて表に出ず交流を絞ることで男たちを避けてきましたの。ですけれど、本来貴族、それも王家に連なるものとしては、この行いは許容されるものではありません。これまでは姫様の御心が決まるまでのらりくらりと交わしてきたのですが、他家から、そろそろ明確に子を残すための行動を示せ、と突き上げを受けましたの。ですけれど、噂の件で男を差し出す貴族家はなく、かと言って子を残さないわけにもいかないということで、もう娼夫でも何でも良いからとにかく子を成せ、という次第でございまして〜……これを何とか躱してやろうと、この大陸随一の娼館である【クルエラの嘴】で一番の娼夫と有名なバルディン様を連れてくるのなら良いぞと返しまして……いやぁ本当に連れてくるとは思いませんでした」


 ……うーん。これ暗になんで来てんだよお前って言われてない? 言外にそういうニュアンスを感じ取り、王女様の方を見るとそっと目を逸らされた。あー……それで入るなり帰れって言われたのね……。


「……いや、まあ話の流れは分かったんだが、その、王家に連なる女の子供が娼夫との子で問題とかないのか……? 俺平民出の奴隷娼夫だぞ?」


 元の世界じゃ考えられな……いや、この場合男女逆に考えたら、貴族の男が村娘だの娼婦だのを孕ませるって話だから考えられないってほどじゃないのか? 少なくとも他に種を受ける可能性のある村娘や娼婦とは違い、少なくとも本人が産むのだから血の存続は叶うわけだし。

 そういうことなの? と聞いてみると、コロンは静かに頷いた。


「貴族の家、それも王家に連なるものとして最も避けるべきは血の断絶です。それを考えれば、奴隷や娼夫の血が混ざろうが何だろうが少しでも早く確かに子を残すことが強く求められるんです。産むのは女ですから。子を産んだ時点で確実に血は残ります。姫様に求められているのはそういうことなのです」

「そうか……そりゃあ……いや、何でもない。外野のオレがとやかく言うことじゃないな」


 俺はポリポリと頭をかく。

 俺も前世では貴族家の端くれ、正式な貴族としての教育は受けずとも、血を残す事の重要性は知っている。しかも、この世界ではレガリアという特別な魔導具を扱うために王家の血が必要なのだ。その血を確実につなぐという役目、その重要性がどれほどのものなのかは、俺にだってよくわかる。

 クロウ殿下も、次の王となる男児を残すため、時期が来れば用意された貴族の女を孕ませ続けなければならないという。次の王を作るため行為を強要されるクロウ王太子殿下。家の血を残すために行為を強要されるクラレンス王女殿下。姉弟で同じ宿命を背負っているのだ。確かにこれは必要なことだ。この世界では何も間違っていないことだ。だが、だが、だ。


「こんなのえっちじゃねえよな……」


 こんなの、こんなのただの繁殖だ。生物が生命を次代に繋ぐ。ただそれだけの行為。あらゆる生物が生まれたときから持っている本能。必要なこと。必要である、ただそれだけのこと。

 こんなの、こんなの違う。俺が求めてるもの、俺が欲しくてたまらないものは、お互いに好きあう二人が、お互いの間にある不確かな愛という繋がりを、甘く、優しく、時に激しく、身体と身体で確かめ合う行為だ。どこまでも野性的で、どこまでも享楽的で、そしてどこまでも純粋で神聖な行為。それが、それがえっちのはずだ。それが俺の望んだもののはずだ。

 こんな、こんな、必要だからと、ただそれだけの理由で誰かに強制されるなんものだなんて、そんなのは間違っている。少なくとも俺は、そう思った。


「あー……、何だ。事情は分かった。分かった上で先にこれだけ言わせて欲しいんだがいいか?」

「な、なに?」


 しばらく黙り込んでいた俺が急に口を開いたので、王女様はビクッとして上目遣いでこちらを伺ってきた。身長が上の相手に上目遣いで見られるのは何だか変な気分だった。

 俺は基本と咳払いし、非常に真剣な顔で告げた。


「誤解がないよう言っておきたいんだが……俺は物凄くスケベだ」

「えっ?」

「ん〜?」

「何いってんだ貴様やっぱりたわけなのか?」

「うーん知ってたかな……」


 四者四様の反応が返って来るが、俺は毅然とした態度で続ける。


「いいか? 俺が王女様を見てもそんなにガツガツいかなかったのは俺がエロスを敵視している貞淑な男だからでも、王女様が好みでなかったからでもない。単純に見えてないだけだ。俺は大陸一の娼館の一番の娼夫。つまりこの大陸で一番エロい男だ。エロエロだ。ドスケベだ。いいな?」

「えっ? えっ? えっ?」

「ん? ん〜……?」

「いや本当にどうしたんだ貴様、何か変なものでも食べたか……? ぽんぽん痛いのか……?」

「いやぁうん……知ってた。知ってたよ……うん……」


 どんどん場の空気がおかしくなってきた気がするが、気にしてはいけない。


「この世界じゃ無駄な肉だの贅肉の象徴だと言われてるデカいオッパイが大好きだ。むしゃぶりつきたいし顔を埋めたいし四六時中揉み倒したい。この世界じゃ一般的に男は性行為に乗り気じゃないらしいが俺は大好きだ。オマンコにオチンチンを突っ込むのが好きだし、抱きついて抱きしめて腰を振るのが好きだ。他の連中は1日に一発でも出せばその日はもう勃起すら厳しいが俺は最高記録一日二十回はやれる」

「ええっ?」

「んん……?」

「だ、大丈夫か? たわけって言いすぎて本当にたわけちゃったのか?」

「いやもう……ほんとに……存じ上げております……」


 驚きがだんだんと心配に変わってきた気がする、早いところまとめよう。


「だから今日だって俺はウキウキで来たんだよ。とんでもない美人と噂の王女様から直々にご指名だなんてこれはもうすごいぞと。もうどうなってしまうんだろうと楽しみで仕方がなかったよ。想像するだけで俺のオチンチンは痛いくらいにいきり立ってしまったよね」


 でも、と。一呼吸置く。


「あんたが嫌なら。俺は何もしないで帰るよ。口裏を合わせてほしいってんならきっちり合わせるし、これを使ってあんたらを脅したりもしない。本当に何もせず帰る。滅茶苦茶残念だし口惜しいし名残惜しいけども―――なにもしないよ。約束する」


 静寂が部屋に満ちた。


「必要だからとから、役目だからとか、やらなきゃいけないんだとか。そんな悲痛な覚悟で、誰かに強制されてやるなんて、そんなのおかしい。間違ってる。世界中の皆がこれが正しいことで必要なことなんだと言っても俺は違うと思う。えっちってのは何ていうかその……そういうのじゃないだろ? ないよな?」


 答えはない。まあいつものことなので気にしない。


「それにさ、あんた顔だけしかないなんてそんな事言われて気にしてるみたいだが、そんなことはないと思うぜ? だってあんた本当は大人しくって可愛いのに、家族に迷惑かけないよう、クールで強くてかっこいい女の人を演じてたんだろ? 大人しいとか、可愛いとか、そういう男っぽいのはよくないって言われてるから、それで迷惑かけ無いように人前じゃ気を張って、表に出ないようにして……男を皆再起不能にしてるってのは間違いなく悪評だけど、これは強い女ならむしろ好印象なこともあるし、あんたはあんたなりに家族のために頑張ってきたんじゃないか。立派なことだぞ? エラい人だぜ。いやまあ本当にエラい人ではあるんだけどな?」


 ちょっと意味変わってくるか……最後だけたとえよくなかったな。


「で、でも……私、だめな子だし……姉様たちと比べたら……」

「だめじゃない! 比べるな! 以上!」

「え? ええ…?」


 王女様が食い下がってきたので切り捨てる。


「なんで比べるんだよ。おかしいだろ。今俺はあんたの姉さん達の話ししたか? あんたを見て、あんたの話をしてるんだ俺は。……まあ殆ど見えてないけど……」

「バルディンさん……」

「すごいすごくないなんて他と比べて考えるもんじゃないよ。例えばほら、君の一番上の姉さんは力が強いよな? じゃあ一番上の姉さんに比べて力が弱い二番目の姉さんはだめな人か? 大したことのないやつか? 君の二番目の姉さんは頭がいいよな? じゃあ二番目の姉さんに比べて頭が良くない一番上の姉さんはだめな人か? 大したことのないやつか?」

「そ、そんなことない! そんなことない、よ!」


 今までになく、力強い声で否定する。俺はそれを見てニッコリと微笑んで、彼女に顔を近づけて聞いた。


「じゃあ王女様、何か得意なことはあるかい? いや、やっぱり得意じゃなくて良い、好きなことにしよう。なにかないか? オラこの際自薦他薦は問わないぞなんかないのかお付きの二人」


 静観に回っていたトロンとコロンに話を振る。流石にローちゃんに聞くのは可愛そうなのでやめた。

 トロンは、うんうんと唸って、ハッとしたように言った。


「そうだ舌だ! 姫様は舌がすごいんだ!」

「えっそれはエロい話をしてるの?」

「何いってんだお前」

「いや、ごめん。まだちょっと未練が……続けて?」


 舌がすごいと言われて思わず食いついてしまった……。だめだよ本当そういうところ今大事な話してるんだから……。


「と、とにかくだ。姫様は舌がすごくて、一口口にしただけで、味の批評はもちろん、材料に何を使ったのか、どういう調理をしたのか、全部わかってしまうんだ! どうだ! すごいだろう!」

「それはすごいな……」


 いや本当にすごい。俺なんかは味が全くわからないので素直に感心してしまった。


「それだけではなくて〜、姫様お料理がとってもお上手なんですよ〜? 食べたら作り方のコツまで分かっちゃうから、どんな料理も完璧に作れるんです〜王宮の料理人より美味しいんですよ〜?」

「え? いやいやすごいじゃん! すごいとこあるじゃん! 顔だけじゃないじゃん! 王宮の料理人よりおいしい料理作れるなんてすごいよ! なあ団長もそう思うだろ?」

「う、うむ! 食事は人生に彩りを与えるものだからな! 飯が美味いに越したことはない、それを作れるなんて凄いことだ」


 うらっ! うちの王女様はすごいんだぞー! そうやって皆で勝どきを上げる。姫様が真っ赤になってプルプル震えていたが気にせず褒め称えた。それは、耐えきれなくなった王女様が涙を浮かべて恥ずかしいから止めてと懇願するまで続いたのだった。

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