第26話 第三王女と執事とメイド
「あの……正座、結構きついんすけど……」
「王女様の部屋で大暴れした娼夫が何か?」
「あっいやなんでもないです……」
「おい! この男はともかく私はもう良いだろう!」
「王女様の部屋で呼び出した男にいきなり殴りかかった執事が何か?」
「あっうんなんでもないです……」
俺と謎の人物……聞くところによると王女殿下の二人しかいない心を許した使用人の一人である、執事のトロン・バトローラスは、騒ぎを聞きつけてやってきた王女様の護衛兼お目付け役でもあるバラント騎士団長に廊下に正座させられていた。
「あの……でも俺はほら、丸腰のところ暗がりから突然殴りかかられたんで実際被害者っていうか……正当防衛っていうか……」
「関節を極めて押さえつけるまではともかくその状態で高笑いしながら勝ち誇っていた件については?」
「いやもう本当申し開きのしようもないです……」
「私だってこの男が帰れというのに帰らんから実力行使に出ただけだ! すぐに出ていかないこの男が悪い!」
「わざわざ指名して地方から王都まで呼びつけた挙句事情も説明せずに帰れと言われて帰るはずないだろう? 実力を行使する前に事情を説明しなかった件については?」
「そこは確かにちょっと良くなかったかなって……」
キツイ。真面目に仕事をこなす真っ当な人に淡々と正論で詰められるのほんとキツイ。助けて欲しい。俺とトロンは通夜に参列しているかのように顔を伏せて沈黙していた。
そんな俺達の様子を見ていた団長は呆れたように肩をすくめた。
「……お前たちこんなに息が合ってるのになんでそんな喧嘩してしまうんだ?」
「合ってねえって!」
「合ってなどいない!」
「これで息合ってないは無理あるだろ」
団長の言葉に俺はカッとなりキッとトロンの方を睨みつける。すると全く同時にこちらを睨みつけた彼女と目が合った。
「「嘘だろ……?」」
「ほらもう息ぴったりじゃないかお前たち」
素直にショックだった。こんな力でゴリ押すことしか考えてないバカ女と一緒にされてしまうなんて。そして本当に息がぴったりだなんて。認めたくなかった……。
「くっ……認めたくない……」
チクショウ本当に息ぴったりじゃんか。
「ハァ……兎に角、二人はそこでしばらく反省していろ。―――で、王女サマ? 今回の件はどういうことなのか、さすがにご説明いただけますか? お目付け役としてここに送られてきている以上、どういう事情があればこんなことになるのかお聞きする義務がありますので」
「………それもそうだな」
未だに真っ暗な部屋の奥から返事が聞こえる。あっそこにいたんだ……。あの大騒ぎに口を挟みすらしてこないので、何なら別の部屋から声だけ出しているのかとさえ思っていたが。
「私の口から直接説明しよう。今そちらに行く」
「んなっ! いけません姫様! ここで正座してションボリしてるとはいえ男がいるのです! 部屋にお戻り下さい!」
王女様の言葉に、トロンは血相を変えていさめた。男がいる? 俺がいることが何か不都合なのだろうか?
「こら〜トロン? 姫様がやると仰っているのですよ〜? 貴女に口を挟む権限があると思っているのですか?」
「うわっ誰!? いつの間に!?」
気づかない間に俺とトロンの背後に現れていたメイドに、俺は驚いて声を上げた。ここにいるということは恐らく話に出ていたもう一人の使用人だろうか。女の平均身長が180センチを越えるこの世界では珍しく俺よりも背の低い、男かと見まごう程の身長の彼女は、良くは見えないがメイド服を来ているようだった。背が低いのに男ではなく女だと判別できたのは、その身長からは考えられないほど豊満な二つの果実がその細い胴体にたわわに実っていたからである。いやデカくない? え? 俺の視力でも判別できるサイズってすごいよ? 頭より大きくないこれ?
そんな事を考えていると、隣のトロンは先程とはまた違う意味合いで顔色を変えた。真っ青である。
「ね、姉様……」
「えっこっちが姉!?」
びっくりした。使用人の執事とメイドが姉妹なのも驚きだったが、俺より身長の低いこのメイドが姉で、ゆうに180近くはあろうかというこのバカが妹なのか……。いや、だが確かに、見た目で言うならギャップを感じるが、佇まいからは納得しか無い。コッチが姉だ。バカの方が妹だ。間違いない。
「姫様がなさることに口を出すものではありませんよ? それに、姫様は穏便に帰そうとしただけなのに何を勝手に襲いかかっているのかしら〜? お姉さんとっても悲しいわね?」
言いつつ、その小さな手のひらでトロンの頭を後ろからガシッと掴む。
「あっ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」
「えっめり込んでない? めり込んじゃってない?」
ものすごい握力でバカの頭が軋みを上げた。
「ねえどう思う? あなたも悲しい?」
「あ゙っ、あ゙あ゙あ゙あ゙お゙あ゙!?」
掴んでぶんぶんと揺らす。髪を掴んで揺らすなんて生易しいものではない。頭蓋骨をガッチリホールドして骨ごと揺らしている。彼女は至って笑顔で優しく問いかけているのだが、その妹の口からは地獄のようなうめき声しか返っては来ない。お、恐ろしい……。
「あ、あのすいません。もうその辺で勘弁してあげてやって下さい……俺は気にしてませんから……」
「あらそうですか? それはありがたいことですね?」
そう言うと彼女は、花のような優しい笑顔を浮かべ、最後にもう一度ギュッと強く掴んでからその手を離した。
「あ、があ…ごあ……」
……あんな事をしているからバカになってしまったのでは? 一瞬、ほんの一瞬だけそんな考えが脳裏をよぎるが、すぐに頭を振って散らした。下手なことは考えるべきではない。命は大事なのだ。
「さて、申し遅れましたわね。私はコロン・バトローラス。第三王女クラレンス・ベローテア・ヴァロッサ様の専属メイドでございますわ。一応こちらのトロン・バトローラスの姉ですのよ?」
「あっ、どうもご丁寧に……【クルエラの嘴】から来ました。娼夫のバルディンと申します」
先程の光景さえ見ていなければ本当にほんわかとした優しい雰囲気のメイドさんである。先程のバイオレンスな光景が焼き付いてしまっているのでどうにもならないが、そうでなければ思わず守ってあげたくなるような可愛らしい人だった。先程の光景を見てしまっているので警戒しかしていないが。
そんな事を考えながらどうしたものかと考えを巡らせていると、暗い部屋の中から人影が現れた。
「ひ、姫様!? 本当にお部屋から出られるなんて……! おい騎士団長! そこの娼夫が姫様の姿を見る前に奴の目を潰せ!」
「潰せ!?」
また急にバイオレンスな事を言うなよ! 俺はさっと頭をガードするが、王女様と思しき声がトロンに口を差した。
「止めよ、トロン。元はと言えば呼びつけた私が悪いのだ。この顔を見られるくらいなんということはない」
「しかし姫様……! くっ! いいか男! 姫様の麗しきその御姿を精々その目に焼き付けろよ! いややっぱり焼き付けるな! 一瞬だけ見て忘れろ! そして見たらもうすぐ帰れ! ダッシュで!」
「ま、まぁた滅茶苦茶言いやがってこいつぅ……」
ぐぎぎと歯噛みするが、トロンの様子からして何か事情があるらしいのは間違いないようだ。俺はどちらかと言うとレガリアに関して彼女にお願いをしに来た立場である。わざわざ藪蛇をつつくつもりもないし、無理に接触を試みるつもりもないのだが、何故男に姿を見せたがらないんだ……? 聞いた限りだと普段は部屋にこもっていてトロンとコロン以外とは顔を合わせないようだし、何があるというのだろう。
俺が疑問に首を傾げる中、王女と思しき人物の影が、部屋から廊下へと出てきた。
………………うん、まあ俺目がほとんど見えてないから人影としか言いようがないんだけども。
「えっと、その……それで?」
何故か廊下に出てきたままかたまってしまい、妙な静寂が訪れてしまったので俺が声を上げると、トロンとコロンが驚愕しているのがわかった。
「えっ……?」
「姫様を見ても何とも無い? 男なのに?」
「えっだから何? 何なんです?」
「あ、あー……うん。そういうことか」
驚く二人と訳のわからない俺をよそに、団長は額に手を当ててため息をついた。
「あのだな、バルディンくん。王女様についてなんだが、その美貌を例えるのに、普段は性欲なんて欠片もない男連中も盛ってしまうほどだ、とあうのがあるんだが、どうやらこいつらはその例え話を本気にしているようだ……」
「そんなことある?」
そんな例え話を鵜呑みにするのは流石にバカすぎないか?
俺が何とも言えない顔をしていると、隣にいたトロンが団長に食って掛かった。
「たわけたことを言うなよ部外者のくせに! 姫様はな! 弟君が生まれた時にこの家が正式な王家になった際、武芸に秀でた長子、政に秀でた次子と比べ、外見しかない
「…………すまん」
トロンの剣幕に、団長はしゅんとして謝罪した。うん、ローちゃんは基本的にものすごい善人だから、こういう事情があったんだと分かると辛いよな。ローちゃん自身結構周りの噂に流されて色々と邪推してしまっていたし、気にしすぎないといいが……。
と、そこでトロンはこちらの肩をがしっと掴んだ。
「で、だ。何故貴様は姫様の麗しい御姿をその目でしかと見ているのに何ともないんだ? あ? おかしいだろうちの姫様こんなに綺麗なんだぞなんか言えよコラ」
「お、横暴過ぎる……言ったら言ったでまたなんか文句言うくせに……」
俺はげんなりとした顔でトロンの手を払い除け、乱れた服を整えて言った。
「あのなぁ、そんなに美人なら俺だって見てみたいがよ、生憎俺の目はほとんど見えてないんだよ」
「……………えっ?」
「だから、見えてないんだって。美しいとか言われて気になったで仕方ないけど俺には何となくそこに人立ってんのかな位しか分かんないのよ」
「えっ?」
トロンは嘘でしょと言いたげに団長を見るが、団長は黙ってただ頷いた。
続いてコロンと王女様にも目をやるが、そちらは知らない知らないと首を横に振っていた。
そして何度か俺の目をまじまじと見つめ、俺の前で何やら手をもぞもぞと動かした。
「うわあお前何やってるんだ!」
「ちょっ、流石にはしたないですわよ!」
「えっこれに無反応? まさかほんとにほとんど見えてないのか……?」
「えっ今何されたの俺?」
何だ、そんなに卑猥で侮辱的なハンドサインでもしてきたのか。確かめるためとは言え王女様の執事がそんな事するなよ。
すると、トロンは冷や汗をだらだらと流しながら震え始めた。
「えっ、何? じゃあつまりあれか? 私は呼び出されて来ただけの目に見えていない無防備な男に突然殴りかかった挙句全部かわされて投げ飛ばされた上に関節を取られてまけたと?」
「……ま、まあそうなるんじゃねえかな……」
改めて口にすると情けなさすぎる気がする。ちょっと無いと思う。そんな目で彼女を見つめていると、
「うわあああ申し訳ありません姫様ァ! 姫様の執事ともあろうものがとんだ醜態を晒してしまいましたァ! こうなってはこの命で―――」
「ちょっバカッやめろ!」
いきなり取り出したナイフで喉をつこうとしたので慌ててナイフを手からもぎ取って放り投げた。
「―――え?」
「え? じゃねえよバカ! 醜態晒したくらいで死のうとしてんじゃないよ! お前んとこの王女様はお前とお前の姉ちゃんしか信頼してないんだろ! そんなやつが勝手に死んで嬉しいわけあるかよ! 少しは考えて行動しろバカ! もっかい言うぞ! バカ!」
ざっくりと切れて血の滲む手のひらでぐっと胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
「お、お前、血が……怪我して……」
「血とか怪我とかどうでもいいだろ今は! こんなバカなことで命を粗末にするんじゃないと言ってんだ! いいか、俺は―――」
「あの、ご、ごめんなさい!」
さらに続けようとする俺に、コロンが慌てて頭を下げてきた。
「ああいやあんたが謝るようなことじゃないよ。俺はこのバカにだね……」
「いやあの、そういう、ジョークなんです……。身内のノリっていうか……すぐに死のうとして失敗して何やってんだーい……っていう…、いつもの……その……ノリで……だから、その……ほんとに……死ぬつもりとか……そういうのは……その……」
「あ、あー? あー……えー……?」
そ、そういう感じのやつだったの? もう本当にとてつもなく申し訳無さそうな顔をするコロン。申し訳無さを通り越して泣くのを必死に我慢している顔だこれ。ええマジ? マジなの? 何が面白いのそのジョーク。身内でだけネタをこすりすぎて変な笑処になっちゃってるだけじゃないの? いやまあ確かに特定の仲間内だけで延々擦ってたらおかしなことになるのはよくあるけどね? というかそれより何より……。
「そういうジョークなら……刃ァ引いとけって……」
本物使うなよ。そう思ったら何だかどっと気が抜けてきた。いや違う。抜けてるのは気じゃなくて血だこれ。動脈を切っちゃったのかすごいドバドバ出てる気がする。あっちょっ、まずい……これは……普通に……貧血…………いしき……たって……られな…………いっ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます