第25話 謎の襲撃者
「ここだ」
色々と気になることはあったが、兎にも角にも俺は第三王女の部屋の前にたどり着いていた。正直言って今すぐクルエラたちのところに戻りたいところだが、俺は俺の仕事を完遂しなければならない。
クルエラッド王国のレガリアの確保。もしくは、その情報を集めること。第三王女のもとに献上された疑いがあるとのことだが、何とかなるだろうか。いや、こんな所で弱気になっていても仕方がない。
「私も同行したいところだが、王女様からは部屋の前まで案内するようにと仰せつかってる。……無理だけはするなよ?」
「ああ、ありがとう。バラント団長」
俺が礼を言うと、彼女は静かに微笑み返した。
「まあ、何かあれば助けを呼べ。私は近くの部屋で待機しておこう」
そう言って彼女は去っていった。……うーん、あれで良いんだろうかあの人は……。お目付け役とはいえ第三王女の騎士なのでは? 俺の肩を持ちすぎている気がする。まあ俺に不都合があるわけでもないし、ここは素直に乗っかっておくとしよう。俺は小さく息を整えて、扉をノックした。
「すみません。クルエラの嘴から来ました。入室してもよろしいでしょうか?」
ガタッ、ガタガタドカ、バッバッバサッ。
「入れ」
なんか今すごい音してなかった? え? 大丈夫?
心配になり周りを見渡すが、団長はもう既にいない。ついでにこの離宮は全然人がいないので当然周りに誰もいない。
……入るしか、ないのか……。
「し、失礼しまーす……」
恐る恐るドアを開けて入室する。暗い。すごく暗い。カーテンは閉め切っているし、部屋の隅に置かれた燭台のロウソクくらいしか灯りがない。なんでこんなに暗いのか? と一瞬おもったが、そういうことをするために呼んでるんだから部屋を暗くするのは当たり前か?
「あのー?」
入ったはいいが何も反応がない。ビックリするくらいの静寂に包まれている。俺は目がほとんど見えないというのにこうも暗いのでは本当に何も見えないので結構怖い。呼ばれて部屋に入ったのに真っ暗な中放置されているとか何なんだろうか。新手の放置プレイか? 再起不能ってのはまさかの精神攻撃的なあれなのか……?
「すいませーん? 誰かいませんかー?」
部屋の入り口から声をかけてみるが、何も反応はない。どういうことだ? え? 本当になんなの? 俺にどうしろと言うの?
そうして一人途方に暮れていると、ガタガタっと部屋の奥から物音がした。え? 怖いよ? 何なの?
俺がもう本当に理解できずに恐怖していると、こほん、と咳払いの音がした。そして、氷の音叉でも鳴らしたような澄み切った冷たい声が聞こえてくる。
「帰れ」
「…………………………………何て?」
思わず聞き返してしまった。なんだろう聞き間違いかな。帰れって聞こえた気がする。いや俺指名されてきたんだよね? そして今入れって言われて入ったよね?
「帰れ」
「おぉっと聞き間違いじゃなかったか……あのすいません俺呼ばれてきたんですけ―――」
殺気。
「貴様ァ姫様が帰れと言うておるのが聞こえんのかたわけェ!!」
「うおぉあっぶねっっ!!」
突然真横から放たれた特濃の殺気に反射的にのけぞる。鼻先をちっと掠めて拳が振り抜かれるのがわかった。良いパンチだ。すごく腰の入ったパンチだと思う。世界狙えるパンチだよこれ。俺を狙ったものでなければ本当に拍手を送りたいくらい良いパンチなんだけど。俺を狙ってるからな。俺を狙ったパンチというのが本当に良くないな。
「なっなっな、何すんだおい!?」
「何すんだおぉいでは無いわァ! このダボが! 姫様の言葉を聞き返すとか何様のつもりだこのチンカス野郎! 耳にクソでも詰まってたのか!? 後息クセェんだよ! 恥を知れ恥を!」
「そ、そんなに言う!?」
ビックリし過ぎて反応が遅れたら恐ろしく速いレスポンスで今生一の罵倒を受けてしまった。初対面の相手に対して放つ言葉ではなくない? 俺は比較的心が強いほうだと自覚してるけど流石に傷ついてしまうよ?
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ呼ばれてきたのにこの仕打ちは酷くないかっていうかさっきのパンチ当たってたらただじゃすまなかっ「うっせェっつってんだろが耳聞こえてねえのかゴラァ! とっとと失せろってのが分かんねェんなら実力行使するぞオラァ!!」こっ、まっ、話に割り込んでくんじゃねえよ!? というか実力行使なら既にしてんだろ!?」
ま、まずい。余りにもパワータイプ。全くこちらの話を聞かずに勢いとパワーだけで主張を押し通してくる奴。俺の最も苦手とする人種だ。
「落ち着けよ落ち着いてくれよ状況を整理しようよ俺たちにはそれが必要だと思うんだよまずはその拳を構えてタンタンステップ踏むやつやめてよやめなさいよ素振りすんなおいっマジかコイツッ!!」
俺の話を完全に無視して殴りかかってきた謎の人物。ドアに近いから廊下からの明かりで部屋の中より明るいとはいえ、至近距離でもシルエット程度しか分からない俺には余りにも危険な一撃。だかしかし俺だってこんな呪まみれの貧弱な肉体でも戦えるように日夜努力をしているということを教えてやる!
「オラァ!!」
「!?!?!?」
こちらに向かって振り抜かれた拳をすんでのところで見切り、服ごと腕を引っ掴んで片足を相手の腹にぶち当て俺の体ごと後ろに対して思いっきり投げ飛ばす。【ト・モ・エ・ナ・ゲ】。東方より取り寄せた武術書にあった技の一つである。こうやって突っ込んでくる相手に対しては相手の勢いとパワーをそのまま利用できるため非力な俺でも投げ飛ばせるのが強みだ。そして―――
「ここで更にこう!!」
「がっがああ!?!?」
掴んだ腕に全身で組み付き、地面に転がる謎の人物の背中側に全力で捻り込み関節をキメる。俺がいかに非力とは言え全身の筋力プラス体重を腕一本で返せはしない!
「どうだッ見たかクソッ!! 筋力が無くったってやるときゃやれんだよォ!!!!」
「がっ、ぎゃあああ!! クソがッ!! 男のくせに!! 男のくせにぃぃぃいい!!!!」
謎の人物は悔しそうに歯噛みしながら空いている方の手をブンブンと振り回すが俺を捉えることは出来ない。虚しく空をかきバンバンと床を叩くだけだ。
「ハーハハハハハハァ!! どうだぁ! 見下してた男に組み伏せられる気分はよぉ!!」
「ぐ、ぐぎぎぎぎいいいい………!!!! 申し訳ありません姫様ァ……!! こんなっ、こんな男にい……!!」
ものすごく悔しそうな声をあげる謎の人物。というか声の感じからしてこの人泣いてない? 悔しくて泣いてるの? 舐め腐ってた男相手にいいように技を決められてるのが悔しくて泣いちゃったのかな? かわいいね♡ ちなみに言うと俺の気分はとても良い! ものすごく良い! 最高だ!
これまでこんなに筋トレしても呪で結局筋力でないのにどうすんだよとか男の俺が筋肉つけたところでなとかこんなに武術の訓練して何になるんだよとか思い続けてきた全ての日々が報われた気分だ!! 本当に気分がいいぞ! 最高だ!!
思わず高笑いが飛び出してしまうくらいにハイテンションになった俺はそのままギリギリと腕を締め上げ……。
「おいすごい音がしたが何かあったの―――本当になにがあったんだ!?」
騒ぎを聞きつけ部屋に飛び込んできた団長の姿を見て黙り込んだ。
「えっと……いや、あの……」
そういえばここ王女様の部屋だったと思い出し、その部屋の中で謎の襲撃者、服装からしておそらくは執事であろう女を投げ飛ばしたあげく背中から馬乗りになり泣いているその女執事相手に全力で腕をキメながら高笑いしている俺の姿を確認し―――
「せ、正当防衛です」
本当なんですこんなつもりじゃなかったんです信じて下さい騎士団長様。
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