第23話 悪い予感
コツコツとローちゃん―――バラント団長の靴の音が響く。離宮の内部は思った以上に……というより異常なほどに人が少なかった。侍従と思しき女性と二人ほどすれ違っただけで、この建物の中は人の気配がほとんど無い。
「なあ団長。ここは普段からこんなに静かなのか?」
「……? あ、ああ私のことか。そうだな……確かに王宮の他の建物と比べると随分と人も少ないが、ここは普段からこんな感じだな」
「へぇ……」
俺は頷いてあたりをキョロキョロと見渡す。……まあ見渡したところでほとんど見えていないのだが。
「第三とはいえ王女殿下の住んでる離宮だろ? もう少し人出があってもおかしくないと思うんだけど……」
「さあな。私の知る限りでは、第三王女は信を置くもの以外ほとんど周りに人を置かないらしい。王家の宮ともなれば、普通は貴族家の男子が侍従として奉公に来るものらしいが、ここにいるのは女だけだしな」
「そうなのか?」
稀代の美姫という評判や、男たちを再起不能にしているという噂から、てっきり男たちを集めて仕事させているのかと思っていたが、そもそも男がいないのか。こうなってくるとますますきな臭くなってくる。
「団長は最近第三王女殿下のお付きになったんだよな。なんか聞いてないのか? どういう事情でこうしてるのかとか」
「……いや、全くだな。それどころか王女様は基本的にご自室から出てこられないのだ。食事や洗体なども、決まった二人のメイドにのみ任せていて他のものは一部を除いては部屋にすら入らせていない。私だって最初の挨拶の時に顔合わせをして以降、扉越しにしか会話していないのだ」
「……ふぅん」
ちょっときな臭いどころの騒ぎではなくなってきたな……。明らかに異常だ。この世界でも、王族というのは夜会やら茶会やらでほうぼうに顔を出さなければならないはずだ。ましてや、その美貌で広く知られているような王女ならひっきりなしに誘いがあるはずである。それが引きこもり? 何かありそうだ。
「王女殿下って確か美姫って噂になるくらい綺麗な人なんだろ? そんなにおっかないのか?」
「おっかないとか言うな……まあ確かに、王女様は大変お美しい方ではあるんだが、何と言うか、氷の女王とでも言うのか、凍てつく感じの美人みたいな雰囲気のお方なんだ。常に険しい顔で、笑ってるところなんて誰も見たこと無いそうなんだが、それを踏まえてもため息が出るほど美しいと言われているな。男を再起不能に―――という話も、あの冷たい美貌から来ているんじゃないか?」
「へぇ、クール系美人か。うちのツツジさんはなんちゃってクール系だから本物のクール美人は楽しみだな……」
「ん?」
何となく呟いた言葉に、前を行くバラント団長は振り返った。
「ツツジ殿とお知り合いか?」
「えっ? なんで知って―――ああいや、ツツジさんは一月くらい王宮で暮らしてたんだっけ。王宮勤めの騎士団長なら知ってるか」
俺が一人得心し頷いていると、バラント団長は答えた。
「ああ、ツツジ殿は先程会ったシスターと共によく王女様の部屋を訪ねてきていてな。王女様が人を招くなど珍しいからこの離宮では噂になっていたぞ」
「………は?」
◆ ◆ ◆
「おや―――、奇遇ですねツツジさん―――本日はどういったご用向きで―――?」
バルディンさんのお仕事の間、王宮に向かうクルエラさんについて行っていた私に、知らない人が話しかけてきました。
「え? 私ですか? あなたとは初めてお会いすると思いますが……」
そう聞き返すと、糸のように細めた目を更に細めて、彼女はにっこりと笑いました。
「ああ―――、そうでした―――そうでした―――すいませんね―――随分と知り合いに似ていたもので―――人違いだったようです―――」
「そう、ですか?」
人違い、にしては、先程私の名を呼んでいたような気がします。
「まあいいです―――クルエラさん―――ツツジさん―――少しお時間よろしいですか―――?」
二メートル近くある巨大な彼女は、その黒いシスター服をゆらゆらと揺らしながら、不気味に微笑みました。
「お連れ様のご用事が終わるまで―――、ワタクシと少しお話をいたしましょう―――」
私は、その姿に胸騒ぎににた何かを感じていました。
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