第22話 ローちゃん
「すまん、今は何も言わずそっと引き返してはくれないか?」
「いやぁそう言われましても……俺も仕事なんで」
「そ、それもそうだな。で、ではその、私のことは何とか姫様……ああいや、王女様にはご内密に……」
気まずい。ものすごく気まずい。
あの後、他に王宮でやることもあるし、まあ知り合いなら話も早いだろうとクルエラはさっさとどこかへと消えてしまった。そして、俺とバラント団長……俺のお得意様の一人である「ローちゃん」はなんとも言えない気まずい空気の中、離宮の応接室で椅子に座っていた。
「いやぁまさかしかし……王女様の指名したのがバルディンくんだったとはね……」
「俺もローちゃんが本当に騎士団長だったとは思ってなかったよ……」
「えぁっ、そ、そうなのか!?」
俺の言葉に予想外にローちゃんは食いついてきた。
「うん……まあその、ああいう場所でどうせバレないからって色々誇張したりする人は多いから……」
「そ、そうか……。うん、そういうことなら……仕方ないか……いやしかし……そうかぁ……」
ものすごい落ち込みようである。ローちゃんは俺の客の中では比較的まとも、というよりかなりの上澄みの上客である。変態じみた趣向はないし、礼儀正しいし、声はすごい大きくて少しうるさいが、裏表はなく素直で可愛い人だ。客と娼夫以上の関係ではないが、それでも個人的に好ましい人物ではあるし、そんな彼女が悲しむのを見るのは忍びない。
「その、なんだ。別にローちゃんが嘘つきだなんて思ってた訳じゃないんだよ。ただ、やっぱり騎士様……それも王国の騎士団長だなんて、ただの娼夫の俺には現実感がなくってさ」
「バルディンくん……」
「それにさ、ローちゃんはすごく優しくてこんなに可愛いもんだから、騎士団長なんておっかないイメージと合わなくてさ……な? わかるだろ?」
そう言ってそっと彼女の手を上から撫ぜる。そのまま反対の手ですっと下からすくい上げるようにして手を挟み込むように両手で握り、ぐいっと胸元くらいまで引き寄せた。トドメとばかりにそっと上目遣いで彼女の顔をじっと見つめる。
「う、うあ、うおっ」
効果は抜群だ。ローちゃんは俺の目でもはっきりとわかるくらいに顔を赤くして変な声をあげた。
「あ……っと、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫、大丈夫だぞ。うん」
ちょっとやりすぎたかな……と思い声をかけると、素っ頓狂な声を上げて彼女は平静を取り戻した。
「ふう……まあ兎に角だ。私としてはこのまますっと帰ってもらえると嬉しいのだ」
「それは……出来ないな。俺も一応プロとしての自覚はあるし、仕事はしなきゃ」
「そうか……」
俺の言葉に、ローちゃんは静かに頷いている。
この真面目で冷静な顔が、彼女の、バラント団長の姿なのだろう。
◆ ◆ ◆
彼女が、初めて俺のもとに来たのは、今から五年ほど前のことだろうか。俺が客を取り始めてしばらく経ち、ベテランとしての貫禄も身につき始めた頃だったと思う。
「はぁ、貫通式、ですか?」
「うむ、そろそろ貴様に任せても良い頃かと思ってな」
貫通式。何をと言われればつまり処女を捨てる初体験のことである。
「騎士爵を持つ貴族の子や兵隊になって初めての給金を貰ったもの、金のある商家の子などが多いが、まあつまるところ男女比の偏ったこの世界で、男を知る前に死ぬ不幸のないよう処女を捨てさせる儀式だ。大きい戦の前なんかは駆け込みで増えることもあるので覚えておくように」
なるほどそういうことかと当時の俺は納得した。俺も童貞のまま死ぬことに対してものすごく辛い思いをしたものだ。そういうことのないようにということなら、俺としても気を引き締めてかかるべき仕事だと思った。
「そういうわけで明日は叙爵を控えた騎士家の娘を相手してもらう。普段相手をしている化け物たちと比べれば随分と可愛らしい小娘だ。その上処女なのだから、優しくしてやるように」
そう言われて俺はものすごくウキウキしていた。色々と思うところはあるものの、いつも激しい戦いを繰り広げている奴らとは違い、処女で小娘ということは俺と同年代か少し年上くらいの少女だろう。目こそほとんど見えないものの、それでも匂いや感触はあるし、話もしないといけない。そういう面から見てみると、やはり初心な少女というのはかなり期待が持てる。俺は飛び跳ねそうになりながら部屋に戻った。
「た、頼もう! 私はバラント家が長子! バローバル・バロネス・バラントだ!」
びっくりした。それはそれはびっくりした。いや、まさか本名を名乗りながら入室してくるとは。通常こういった場では名乗らない。もしくは、偽名を使ってやりとりをする。娼館に通うということはこの世界でもあまり表には出さないほうがいい行為だからだ。
なので、あまりにも堂々とした名乗りに呆然としたのを覚えている。
「なんと! こういった場では名乗る必要はないのか!?」
「は、はい」
「いや! いやしかし! だ! 娼館とはいえ、これから私の処女を奪ってもらう相手に対して名乗ることすらしないのは騎士として礼を欠く行いではないか!? こういった場であっても、いや! こういった場であるからこそ! 礼を尊び義を重んじるべきなのではないか!? いやまあ私はまだ騎士ではないのだが!」
随分と気持ちのいいのが来たな。それが彼女に対して初めて抱いた感想だった。
それから、初体験を前にしての彼女の緊張をなんとか落ち着かせてベッドに誘い、一緒にベッドに腰掛けるところまでは誘導できたのだが、一向に手を出してこなかった。それどころかぎゅっと両手を握りしめて俯き、すんすんと泣き始めてしまった。
「う、うぅ……っ。またやってしまったぁ……っ」
「お、おう?」
「私はいつもこうなんだ……いつもいつも人の話を聞かず突っ走ってしまって……さっきもなんだか訳がわからないことを口走ってしまったし……い、一生に一度のことだからと……もしかするとこのまま二度とないことかもしれないと……そう思って気合を入れて臨んだらまた空回りしてしまったぁ……うう……私は初体験を失敗して処女のまま戦場に立って死ぬんだぁ……うわぁん」
ものすごく大きな声でハキハキと喋るなと思っていたが、どうやら自信がないのを誤魔化すためにあえてハッキリと大きく喋ることで自分を励ましていたタイプらしく、先ほどのやり取りで出鼻をくじかれ、俺に幻滅されたと思ったのか悲観して泣き出してしまったようだった。
うーん、可愛い。
ものすごく可愛いと思った。なんだろうこの生き物は。初心というか、純粋なんだけども性欲もあるのでなんとか頑張ろうとした結果盛大にしくじってしくしく泣いている。今まで見たことのないタイプだ。息のクサイババアがメイン層の娼館としてはものすごくピュアで若々しく、それでいて性欲も若さに恥じない程度に旺盛なので人生に一度しかないかもしれないセックスのチャンスを前に部屋を飛び出すわけにもいかずに醜態をさらしているのだ。みっともないところを見られているという自覚はあっても、この部屋を飛びだせばセックスはできないのだと思うと未練がましくもこの部屋から出られないのだ。なんといういじらしさ。なんという愛らしさだろうか。
恥ずかしながら俺は初めて見るタイプの女の子にきゅんきゅん来てしまって、何としても彼女の貫通式は俺がやりきらなければならないと奮い立った。
「なあ、君のことはなんて呼べばいいかな?」
「ひゃ、ひゃい!?」
ズボンの上から、彼女の太ももを愛撫する。彼女の耳元に口を近づけ、囁くように話をしながら、指先を踊らせるように彼女の太ももをさすり、そのまま股間の方へと手を滑らせる。
「ほら、こういう場だと本名で呼ぶのはちょっと、ね? だから、君のことはなんて呼んだらいいか教えて欲しいな」
「あ、あう、あ、ば、ろ、ローで、ローと呼んでほしい。親しい人はそう呼ぶんだ」
「そっか、ローちゃんか」
「ひゃう!?」
耳元で何度も繰り返し彼女の名を呼び、俺は空いた方の手で彼女の背中側から手を伸ばして彼女の腰をぐっと抱き寄せた。足を触っていた手は、股間を迂回するようにお腹の方に伸ばし、へその下辺りをさわさわと撫ぜた。
「あ、あわ、あわわ」
よし、いい感じに緊張感を興奮が塗りつぶしてきた。俺はお腹を撫でていた手で彼女の手を掴み、俺の股間に誘導した。
「えっ、えっ、これっ、これぇまだ愛撫してないのに……お、大きい……♡」
この世界の一般的な男はしっかり愛撫してやらないと勃起しないそうなのだが、俺はローちゃんの初々しい姿にすっかりやられてしまい、俺の愚息は痛いくらいに張り詰めていた。
「ローちゃんが可愛いから、触ってもないのにこんなになっちゃったよ……ね、どうしたい?」
「ハァ、ハァ、ハァ……ど、どうって……?」
完全に蕩けきった顔で聞き返してくる。よし、多少強引に距離を詰めたおかげで、淫靡な雰囲気に先程までの失態を完全に忘れ去ってしまったようだ。良かった。ここまでくれば問題はないだろう。
俺は安堵して、最後の仕上げにそっと彼女に囁いた。
「正直に教えてくれたら、好きにしていいよ?」
「おちんぽしゃぶりたいです!! おちんぽペロペロしてもいいですか!?」
「いや本当に正直者だね君」
俺は呆れながらも彼女を床に座らせ、彼女のやりたいようにやらせてあげることにした。
「バルディンくん好きぃ♡大好きぃ♡チュウ、チュウしよぉ♡しようよぉ♡」
そうして三時間後、やることをやりきりベッドに横になった俺とローちゃんだったが、ローちゃんはすっかり緊張も取れたのか、長い戦いの果てにすっかり疲れ切った俺のオチンチンをゆるゆると手で弄んでいる。オチンチンを触ってない方の手で俺を抱き寄せ、好き好きとハートを飛ばしながら何度も俺にキスをせがんでくるしやりたい放題である。
いやぁやり過ぎた。ハッスルしすぎました。口に二発、胸に一発、膣に五発も出してしまった。計八発である。これは確実にやりすぎた。一日一発でへろへろになるこの世界の一般男性のことを思えば化け物のような精力で盛ってしまった。
いや、悪いのは俺じゃない。ローちゃんは俺の今まで相手したことのない普通に可愛い女の子だったし、それでいて思春期男子並みの性欲を持ってるんだけど何とかそれを隠してカッコつけようとするところとかがあまりにも可愛くてついついハッスルしてしまっただけなんだ。ローちゃんがえっちで可愛いのがいけないんだ。そうだよ、きっとそう。そうに決まってる。
「その、バルディンくん。私決めたよ」
「何を?」
長いキスを終え、口を離した彼女は意を決したように起き上がった。
「私、騎士団で頑張って出世する! それでまたバルディンくんを抱きに来る!」
「お、おう、頑張って」
「うん、頑張るよ!」
正直、俺の指名料は中々のものだと聞くので相当大変だろうなとは思いつつも、でもローちゃんとやるのは相当気持ちいいのでまた来てくれるなら大歓迎だな、とその頃はそう思っていた。
「やあバルディンくん! 来たよ!」
「バルディンくん! いい天気だね!」
「バルディンくん! いきなりで悪いけどチュウしていいかな!?」
「バルディンくん! ものすごいえっちな服が売ってたから買ってきたよ! 見てこれおちんぽにつけるフリルだって!」
「バルディンくん! この間は悪かった! 謝るから今度はこれ着てくれないかな? マイクロビキニっていうらしいんだけど……」
「バルディンくん! 今日は顎が外れるくらいおちんぽペロペロしたいんだけど大丈夫かな?」
「いや毎月来るじゃんすげえな」
「頑張っているからね!!」
本当にまた来た。というか月イチで来た。ものすごい執念である。なんだかもう逆にこの熱意に感動してきたし、来たらお互いに軽口を叩きながらハメるくらいの仲になっていた。俺たちはもうすっかり仲良くなり、月イチで訪れる彼女との仕事は俺の少ない楽しみの一つになっていたのである。
◆ ◆ ◆
「いや本当によく何度も来れるなとは思ってたんだよな……まさか本当に騎士団長まで出世してたとはな……」
出会った頃のことを思い出し、しみじみと呟く。あの頃から五年。五年で騎士団長まで上り詰めるとは、よほど頑張ったのだろう。俺は彼女の頑張りが認められていることが自分のことのように嬉しかった。
「しかし、なんでそんなに止めようとするんだ?」
そう尋ねると、ローちゃん、いや、バラント団長は口を開いた。
「第三王女様には、良くない噂があってな。その、買ってきた男を滅茶苦茶にしてしまうという、あれだ」
「君は彼女のお目付け役になったんだろ? その噂は本当なのか?」
「……正直なところ、分からない。私が彼女のお目付け役になったのもつい最近のことでな。彼女と話をする機会もほとんどないし、よくわからないんだ」
けど、と彼女は続ける。
「本当かどうか分からなくても、もし本当のことだったらと思うと君を行かせられないんだ! 私の気持ち、わかってくれないか?」
「その気持ちは分かるけどね」
俺はポリポリと頭を掻いた。気持ちは分かる。よく知る人間をそういう危険な場に送り込みたくないという気持ちは、痛いほどわかる。
「それでも俺は行かないといけないんだ。仕事だからな。俺の気持ちはわかってくれるか?」
「……ずるいな、それは」
俺の言葉に、彼女は観念したように立ち上がった。
「案内しよう、こっちだ」
「あらがとうローちゃん。次来てくれたときはサービスするからさ」
「……期待するぞ。期待するからな! 本当に色々とサービスしてもらうからな!」
……余計なことを、言ってしまったかもしれない。
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