第19話 王都でデート

「ついに来たぜ! 王都!」


 俺は魔導列車からホームに飛び降り、バッバッとポーズを決める。決まったな。特に腕の角度とかすごいいい感じだった気がする。腰とかもこう、すごい決まってたと思うし。


「あはは、すごいテンションですね。バルディンさん」

「そりゃあそうですよ殿下、俺は産まれた村と娼館以外のとこは初めてなんですから。魔導列車に乗った街もかなりでかかったっすけど、やっぱり王都は格が違いますね!」


 前世だって田舎の貴族で、しかも家と裏の山位しか出歩いたことがなかった俺には物凄い新鮮な体験である。魔導列車という、この世界特有の長距離移動用の魔道具もかなり楽しかった。まあ目があんまり見えないので景色を楽しんだりは出来なかったが、こんなに大きな物体が線路? とかいう物の上を高速で走るのはかなり衝撃だった。正直道中の馬車でさえ新鮮だった俺には新しすぎてよくわからなかったが凄いものというのだけは分かった。文献で存在こそ知っていたが、実際に目にして乗ってみると感慨深いものがある。


「ハァ……そこまでテンション高くはしゃがれると、何をしに来たのか忘れそうになるな」

「まあ、鬱々としていられるよりは明るくていいのではないでしょうか?」


 俺と殿下に続き、クルエラとツツジさんも降りてくる。俺たちの荷物はそう多くないので、まとめてツツジさんが持っていた。車輪の付いたカバンをガラガラと引きながら出てくる。キャリーケース? とかいうカバンで、最近流行り始めたものだそうだ。確かに荷物とか運びやすそうで良さげである。


「これから一回お屋敷に行くんでしたっけ?」

「うむ、ひとまず荷物を置いてお色直しだな。それから余はクロウ殿下を連れて別件の仕事を片付けてくる。その間、貴様はツツジと王都を見て回ると良い」


 確か、殿下もクルエラに協力したいということでいくつかの貴族に口利きする事になったらしい。影響力としては微々たるものだそうだが、されでも王都に居を構える貴族に弱みを握る以外のつてが出来るのはそう悪いことではないそうだ。挨拶がてら仕事の営業もするようで、屋敷ではそう言った書類の準備なども進めるらしい。普通はこういった事は部下にやらせるものだが、クルエラは全て自身の裁量で進めるようにしていた。


「しかし、王都に屋敷なんて持ってたんですね」

「うむ、地方で活動する貴族や商人は、仕事で王都に来る際に寝泊まりする屋敷を持つのはある種のステータスだからな。力のあるものであれば、ホテル住まいでは箔が付かんだろう」


 それもそうか。クルエラは娼館の主という立場だが、「クルエラの嘴」はヴァロッサ王国はおろか、近隣諸国から見ても最大規模の娼館なのだ。そこの支配者ともなれば、王都に屋敷くらい持っていても当然か。


「そう考えるとクルエラってすごい人だよな」

「ふん、王国の第三王女から直々にご指名を賜る娼夫がよく言うものだ」

「……あれそう考えると俺もかなりすごい?」


 すごい気がしてきた。そうか俺ってすごかったのか……。


「そら、いつまでも駅のホームでたむろするものではない。駅の外に馬車を待機させてあるから早く移動するぞ」


 クルエラの一言で、俺たち一行はぞろぞろと移動を始めた。



◆  ◆  ◆



「というわけでデートだな、デート。エスコートはよろしくね、ツツジさん」

「デートですか……」


 困りましたね。昨日突然クルエラさんにバルディンさんの王都観光に付き合うように言われて、あれよあれよという間に王都に到着してしまいました。私は日本でも教室の隅で無になっているタイプの人間だったのでもちろんデートの経験なんてありません。

 しかもお相手はあのバルディンさんです。難攻不落と思われたクルエラさんをへろへろにし、この国の王太子殿下をも口説き落とす究極のプレイボーイです。常にニコニコヘラヘラしていて周囲に元気を振りまき、周りの空気が重苦しくなってきていると体を張って風通しをよくするという生粋の陽キャ。陰の者がなんとか陽に馴染むよう無理をしている私とはまさしく正反対の人種だと言えるでしょう。

 そんなバルディンさんをデートでエスコート……なんという高難易度ミッションでしょうか。推奨レベルは百、おすすめの属性は陽。レベル一で陰属性の私には明らかに困難なミッションです。こんなのクエスト失敗は火を見るよりも明らか。バルディンさんには悪いですが、ここは何とかして断りを―――


「ひゃっ!?」

「あ、ああ、ごめん!」


 急に手を握られたので、驚いて思わず振り払ってしまいました。バルディンさんはバツが悪そうに苦笑いしながら頭をかきます。


「その、なんだ、ほら。俺って目がほとんど見えないからさ、慣れない外を出歩くのがちょっと……だから、その、手を引いて欲しかったんだけど……すまん! 急に握るもんじゃなかったな」


 そう言ってたははと笑うバルディンさん。なんということでしょう。やってしまいました。バルディンさんは目があまり見えないのでした。普段はかろうじて見えるシルエットくらいの視界でも、慣れた娼館の中や屋内だから問題なかったのでしょうが、初めての外出。それも人通りの多い王都ともなると、バルディンさんの視界ではあまりに危険すぎますし、一度はぐれたりしたら私を見つけられないでしょう。

 思い返してみれば、バルディンさんは移動する際、一人でないときは必ず誰かと手を繋いでいたような気がします。駅のホームに出るときはクロウさんと、駅から馬車、馬車からお屋敷に向かう際にはクルエラさんと手を繋いでいました。特に何かお互いに言うこともなく自然に繋いでいたので気づきませんでした。いえ、クロウさんもクルエラさんも、バルディンさんの目のことをちゃんとわかっていて、言われるまでもなく自然に手を貸していたのだと分かります。

 何なら先ほどだって、バルディンさんは「エスコートよろしくね」と声をかけてきていました。直接的に言葉にしていたわけではありませんでしたが、ちゃんと手を引いていって欲しいと前置きしてから手を握っていたのです。

 やってしまった。これは本当にやってしまった。


「ツツジさんはこの世界の人じゃないもんな。異性に急に手を繋がれるのもいい気分じゃないだろう。いや本当申し訳ない。俺の考えが足りなかった」

「い、いえ、そんな」


 これはいけない。いけません。バルディンさんは申し訳無さそうに頭をかいていますが、今のはどう考えたって悪いのは私です。私は慌てて謝りました。


「考え事をしていた私が悪いのです。手を繋ぐのが嫌だなんてことはありませんよ。ほら、どうぞ」


 そう言って手を差し出すと、バルディンさんは花のようにぱっと笑顔を見せ、「ありがとう、ツツジさん」と私の手を握り返しました。

 ……記憶にある限りでは初めて握る家族以外の異性の手。もっとがっしりしているものかと思いましたが、バルディンさんも鍛えているとは言えやはりこの世界の男性なのだなと感じる、女の子のような柔らかな手のひらの感触。というか待ってください。バルディンさんの手すべすべすぎじゃないですか? 女子として最低限のスキンケアはしてきたと自負しているんですが、ちょっと信じられないくらい肌がすべすべとキメ細やかです。そういえば昨日も馬車の中で「娼夫の子達のお土産に化粧品を探したいよねー」と言っていましたし、職業柄そういうことに気を使っているのでしょうがこれはかなりショックでした。


「あー、やっぱり気になるか? 気になるなら無理に手を繋がないでも……」

「い、いえ、気にしないでください。何でもありません。何でもありませんから」


 こちらの手を握ったまま、心配そうな顔でこちらを見上げるバルディンさんに何だか良くない感情が溢れそうになり、私は頭をブンブンと振って邪念を振り払いました。


「こ、こほん。それでは行きましょうか。まずは、王都の目抜き通りからご案内しますね」


 こうして、なんともギクシャクした雰囲気の中、王都でのデートが始まったのです。

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