第17話 頼みたい仕事

「落ち着きました?」

「は、はい……」

「うむ……」

「ええ……」


 良かった。どうやら全員落ち着いてくれたらしい。ついでに俺のオチンチンも落ち着いてくれたようでよかった。

 デストーリアが気を利かせてくれたのか、呪禍に蝕まれた俺の体でもオチンチンだけは健康そのもの。体力はないが精力だけは尽きることがない。えっちしたいよと願い続けて死んだ俺に対してのサービスなのだろうか。大変ありがたいのだがこういう真面目な場面でオチンチンがそそり立ってしまうと話にならないのでぐっと堪える必要があるのだ。鎮まれ……。

 俺がそんなバカなことを考えていると、クルエラが口を開いた。


「まずは余から二人に謝罪しよう。余の目的のために貴様たちを巻き込んでしまった」

「謝ることはないです。そういう事情だったとしても、私は感謝していますので」

「あの……ボクとしても、書類を偽造して忍び込んだのはボクなわけですし、謝られることでは……」


 謝罪するクルエラをいさめる二人。まああくまで本題に入る前に形式的にでもこのややこしい状況を整えるための謝罪だろう。


「うむ、感謝する。―――では本題に入るが、余の最終的な目的はクルエラッド王国の再興であることは分かっているだろうと思うが、そのために必ず必要となるある物を回収したいのだ」

「……レガリア、ですか」


 王族として、彼女の言葉から何か察したのか、殿下がそう口にする。クルエラは小さく頷いた。


「ああ、レガリア、王権とも呼ばれるこの特殊な魔道具は、各国の王がそれぞれ所有する物で、その国の王家の血を示す力がある」

「つまり、それがあれば断絶したとされているクルエラッド王家の人間であると主張できるわけですね?」

「うむ」


 クルエラは首肯する。なるほど……聞いたことはある。実物はもちろん見たことはないが、レガリアと呼ばれるその魔道具は、それぞれに対応した王家の血を引くものが装備することで輝きを放ち真の力を発揮する。これがあることで、王は自身の正統性を主張できるわけだが、逆に言えば。


「なるほど、つまり、クルエラッド王国の所有していたレガリアが奪われていたため、正統な王家の人間であることを名乗り出ることができなかった。それを良いことに、王家の不在を理由としてクルエラッド王国が解体されてしまったと」

「そうだ。当時クルエラッド王家の所有していたレガリア、紅星の冠スカーレット・スターズは魔物たちの大氾濫の混乱の中で失われてしまったのだ。そのため余は王家の生き残りであることを証明できず、今日まで雌伏のときを余儀なくされていたわけだが、ヴァロッサ王家の人間が最近紅星の冠と思わしき魔道具を献上されたという情報を手にしてな」

「献上ですか」


 彼女の言葉に俺は少し引っかかった。


「罠では?」

「やはり貴様もそう思うか」


 俺の言葉にクルエラは少し嬉しそうに笑った。


「クルエラッド王家の関係者であることを隠そうともせずヴァロッサ王国内で力をつけ影響力を増しているクルエラを疎ましく思う者たちは多いでしょう。色々と弱みを握られているため、表立って反抗してくるものは居ないにしても、弱みを見せることなくこちらを警戒している一部の貴族や王族が、あなたを誘き寄せるためにあえてあなたが探しているレガリアを王家のものに献上したと見たほうがいいですね。それに、そのレガリアが本当に本物なのかも疑わしいですよ」


 俺の言葉をうんうんと聞き入るクルエラ。……やはり、先ほどから少し嬉しそうに見える。これまでずっと一人で考えてきたことを共有し、ある程度理解して話し合える相手がいることが嬉しいのだろうか。彼女が嬉しそうだと、俺も嬉しい。


「その点は余も懸念していたが、恐らくレガリア自体は本物で間違いないであろう」

「というと?」

「王家の人間、特に血の濃い、レガリアを扱う素養のあるものは、ある程度であれば近くにあるレガリアの存在を感じられるんですよ」


 殿下が横からそう補足する。


「すると、王宮に私をスカウトしに来たその時に、既にレガリアの存在を確認されていたわけですね」

「ああ、貴様をスカウトするついでに、王宮をある程度歩いて回って確認したというわけだ。あの感覚は間違いない。紅星の冠は今ヴァロッサ王家の人間の手にある」

「話が読めてきましたよ。俺に頼みたいことっていうのはつまり」

「うむ」


 クルエラは少し眉をひそめ、言いにくそうに口を開いた。


「貴様には王宮に潜入し、紅星の冠を所有しているとされる王族―――第三王女、クラレンス・ベローテア・ヴァロッサと寝てもらいたいのだ」

「承りました」

「ちょっと待ってくださ―――え?うけたまわ――え?」


 殿下が口を挟もうとしたが俺があまりにも即答してしまったので困惑していた。


「いつ出発します? なんなら今日でもいいですよ? 荷物まとめて来ましょうか?」

「あっ、えっ、なんでそんな乗り気? えっ?」


 殿下がものすごく困惑しているがそんなものは関係なかった。第三王女クラレンス。この娼館にいても噂に聞くほどの美姫として知られている人物だ。

 ヴァロッサ王国の王族というのは変わった仕組みになっていて、男児が産まれるまで王の娘たちに序列は存在せず、男児が産まれた時、その男児を産んだ母親の子供たちを上から第一王女、第二王女として定める仕組みになっている。つまり、第三王女ということはクロウ殿下と父と母を同じくする姉ということになる。

 絶世の美男子として知られるハチャメチャに可愛い殿下の姉君で、市井に知れ渡るほどの美姫ともあればもうワクワクが止まらなかった。聞いたところによるとオッパイもすごく大きいらしいしワクワクしかしない。ワクワクし過ぎて俺のオチンチンが暴れ出さないよう落ち着かせるのに苦心するほどだ。


「大丈夫です殿下ご心配なさらないでください俺はクルエラのためにも殿下のためにも喜んで股を開きこのオチンチンを振るう所存です全く何の問題もありません安心してください行かせて下さいなんならもうイカせて下さい」

「ものすごい早口」


 一点の曇もない澄んだ瞳で殿下をじっと見つめるが、殿下は苦虫を噛み潰したような顔で俺をいさめた。


「その、バルディンさんは知らないんです。確かに市井では百年に一度の美姫とか、美の男神が嫉妬するほどの美貌とか言われていますが、それは姉上の真の姿ではないのです」


 えっ、もしかしてあんまり可愛くないから権力を傘に着て市井では可愛いんだよということにしているということなのか? この娼館に来る貴族や商人連中でもよくあることだ。いやしかしまさか王族で? 思わず元気になりそうになっていた俺のオチンチンがしゅんとしてしまった。


「うむ、それこそが余が懸念していた点でな」


 クルエラもそう言って続けてきた。そんな、そんなまさか、俺は絶世の美少女ロイヤルおまんこにオチンチンをぶち込めると思ってものすごくテンションが上がっていたというのに。プロパガンダじみた王家の見栄っ張りで作られた虚構の美少女だったと言うのか? そんなのひどすぎる。俺の純情を返してくれ。


「確かにあやつは美姫と言うに相応しい姿だが、その裏では嗜虐的な嗜好で多くの男たちを再起不能にしてきたと言われているのだ。今ではその噂を恐れて王宮で彼女に近づく男はいないと言われるほどだ」

「あーそれくらいなら全然問題ないっすよ」

「バルディン?」


 またしても即答で問題ないと返した俺にクルエラがちょっとびっくりしているようだが、俺はむしろ胸をなでおろしていた。なんだ、外見については噂通りなのか。ならいいじゃん。問題ないじゃん。俺はここで普段どれほどの化け物たちと対決してきていると思っているのだ。あまりに恐ろしすぎてここでは口にできないようなヤバい性癖を持ったキングトロール達と日夜命をかけたバトルをしてきている俺にとって嗜虐的な嗜好とか男たちを再起不能とか言われてもそんなのなんの脅しにもならない。

 というかクロウ殿下を基準にしてもこれくらいの美少女だとされている人物だというのは本当のことなら、そんなのご褒美以外の何物でもない。俺はもうここ最近で一番くらいテンションが高まっていた。あまりに興奮しすぎてオチンチンが爆発しそうなので太ももをぐいっとつねり上げて痛みで誤魔化さないといけないほどだ。


「…………ん?」


 何やらあまりにも場の空気が重い。これはどうしたことだろうか。クルエラは神妙な面持ちだし、殿下も何やら相当思い詰めたような顔をしている。隣にいるツツジさんだけは俺と同じく何でこんな空気重いんだ? というような顔をしていた。


 待てよ。俺とツツジさんが気にしてなくてクルエラと殿下が気にしてるってことはあれか? また考え方の違いか? 俺はまた男女を入れ替えて考えることにした。


 有能イケメン国王のクルエラ王は王様としての正統性を示すためにレガリアを探していて、それを持っているのが見た目だけは良いが女たちを次々とハメ潰し使い物にならなくしている嗜虐的嗜好の持ち主である鬼畜王子クラレンスだったと。実の妹で兄の恐ろしい噂を耳にしているクロウ姫は大好きなバル子ちゃんがそんな鬼畜王子に弄ばれて壊されるのを恐れて怯えていて、クルエラ王も自分のことを好きだ尊敬していると伝えてくれたバル子ちゃんをほぼ間違いなく悲惨な目に遭う場所に送り込むことについて苦しんでいる、と。


 うーんこれは空気重くなるか……。なるよな……。

 なんなら今俺がオチンチンが元気にならないよう太ももつねって耐えてたのも、恐怖をぐっと我慢して気丈に振る舞っているように見えないこともない。まともな良心の持ち主である殿下やクルエラがそれについてものすごく気にしてしまうのも分からなくはない。

 いや違うんですよ。素直にハチャメチャ美人の王女とセックスすることを考えて興奮してるだけなんですよ。オチンチンがあんまりにも暴れん棒だからこいつをなんとかしようとしてるだけなんですよ。殿下やクルエラが考えてるようなことは全くないんですよ。

 しかし俺が逆の立場だったとしても多分気にしてしまうと思うから仕方ないか……。


「いいですか? これは必要なことなんです。俺はクルエラがそうしろと言うなら何でもやると言ったでしょう? だから気にすることはないんです。あなたはただクラレンス王女のマンコにオチンチンぶち込んで紅星の冠を取り返してこいと命じてくだされば良いんです。というか命じて? 早くして? もう今日にでも出発したいよ俺は」

「バルディン……くっ、すまぬ……」


 いやそんなに深刻そうな顔しないで良いんだって。


「殿下」

「バルディンさん……やめてください。あなたが一人でここまで背負う必要はないんです。レガリアを取り戻す必要があるなら、ボクが何とかしてみますから……だから……」

「殿下」


 涙をポロポロ零して、全身を震わせながら俺を止めようとする殿下を俺はぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫ですから」

「う、うぅ、バルディンさん……ボク……ボクは……」

「いやもう本当に大丈夫なんで、そろそろ罪悪感すごくなってきたんで」


 抱きしめて背中をとんとんとさすり、殿下を落ち着かせる。いやあの皆がこんなに心配してくれる中悪いんだけど俺は今未来に対して希望しかない。ワクワクしかない。娼館をでて王宮に向かうのも楽しみだし殿下並みの美少女でしかもオッパイも大きいとかいうクラレンス王女とハメるという楽しみしかない。なんならここ一年で一番のワクワク感。ピクニック前日の子どもくらいワクワクしている。

 俺がそんななのに皆がここまで心配してくれているのが申し訳なくて仕方がない。


「あの、本当に大丈夫なんですか?」


 俺たちの様子を見て、ようやくここが男女の貞操観念が逆転した世界だったことを思い出して、事の重大さに気づいたのかツツジさんも心配そうに声をかけてきた。

 待ってくれ、今までそっちに回られたら俺本当に居た堪れないから。


「だから大丈夫ですよ。俺はこの娼館で一番の娼夫なんです。安心して任せてください」

「バルディン……」

「ぐすっ、バルディンさん……」

「バルディンさん」


 俺の言葉に、周りの三人は何だか感極まったような声を上げている。いやだから違うんだって。悲壮な決意とか無いんだって。ここにはワクワクしか存在してないんだって。

 そんな俺の献身に心を動かされてるみたいな空気になられても困るんだって。


 こうして俺と他の人達との間でなんとも言えない大きな勘違いを残したまま、俺は娼館を出て王宮に向かい、第三王女クラレンスとセックスすることが決定したのである。ひゃっほう!

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