第15話 話し合い

「とはいえ、流石のクルエラもいきなり国を取り返そうとはしてないと思うんですよ」


 俺はカップのお茶を啜りながら殿下にそう話した。


「真実がどうなのかは分かりませんが、魔物の大氾濫で国が大打撃を受けた際に、同盟関係にあったこのヴァロッサ王国が支援の兵をよこさ無かったこと。その後、クルエラという王族が生き延びているのにもかかわらず、王家が断絶したとしてクルエラッド王国領を分割して近隣の国で取り分けたこと。これがもしも本当のことであるのなら、確かにクルエラの最終的な狙いは奪われた国土を奪い返し王家を再興することで間違いないとは思います」


 俺の言葉に、殿下は少し気まずそうに頷いた。この反応からすると、あながちデタラメな推察ということでもないらしい。俺と歳が同じ殿下は当時まだ物心ついて間もないくらいだっただろうが、何か心当たりがあったようだ。

 殿下が直接関わったわけではないのだが、やはり殿下は少し責任感が強すぎるきらいがある。尊い立場である身でありながらこれだけ他人のことを慮れるのは美徳だが、王として生きるには難しい気質だ。

 俺は続けた。


「ですが、流石にそれを俺たちに求めることはないと思うんですよ。彼女の性格からして、一足飛びに結果に飛びつくことはしないでしょう。他の人じゃ考えもつかないような小さいことを丁寧に丁寧に積み上げて確実に成功するように仕向ける人間です。今こうして殿下がクルエラの居城に単身乗り込んで彼女の願いを叶えるために行動しようとしているこの現状も、きっとそういうものの積み重ねで作り出されたものだと俺は考えるわけです」

「なるほど?」

「つまり、彼女は最終目的である国の再興を直接求めてくることは無いでしょうってことです。土地の返還とかもいくら王太子とはいえ一朝一夕では難しい事はクルエラも分かっているでしょうし、そういう方面の根回しは彼女自身で進めているはずです。そうなってくると、わざわざ殿下に任せなければならないことというのは限られてくるんじゃないですか?」

「なるほど……」


 俺の言葉に、殿下は腕組をして考え込んだ。


「なるほど…………」


 うんうんと唸りながら考える。


「なるほど…………??」


 むむうと頭をかしげ心当たりを必死に探っている。


「なる……なる……ほど?」

「可愛いな」

「可愛いですね」


 あっ分かる? 分かりますね。あなたも? ええ。

 可愛らしい仕草で考える殿下を眺めながら向かいのツツジさんと意気投合しお茶を楽しむ。

 まあ俺は呪禍のせいで味覚がないので楽しむといっても香り付きのお湯を飲んでいるだけだが。まあ香りだけでも結構楽しめるものだ。普段はどうせ味とかわからないから栄養のことだけ考えたのを全部混ぜてペースト状にして火を通したスペシャルドリンクを飲むだけの食事を行っているので、こういう香りを楽しんだりとかそういうのは新鮮で楽しい。ちなみに俺が普段飲んでいるスペシャルドリンクはスタッフから「泥」とか「エサ」とか好き勝手言われているそうだ。いやでも味のしない飯を口にするよりは味のしない謎の液体を流し込むほうが楽でいいんだけど。それに顎が衰えないように硬めのサトウキビも齧るようにしてるしいいと思うんだけどなあ。今朝もジョッキ一杯のドリンクとサトウキビを三本くらいだったけど腹持ちもいいし顎も鍛えられるし俺はそれなりに気に入っているんだけど。


「うーん…………ちょっとわかんないですね」


 俺が今朝の朝飯に思いを馳せていると、しばらく考え込んでいた殿下は苦笑いをしながらこちらに答えた。


「心当たり無いですか?」


 俺の問に、殿下は少し気まずそうにする。


「王太子……次期国王といっても、そんなに発言権はないんです。王家としての血統を残すために、ヴァロッサは数を産めない一人の女王を据えるより、一人の王族の男の種で多くの妃を孕ませたほうが血を残せると判断して男を王にしているだけなんです。実態としては、女王が治める他の王国とそう変わりません。男児を産んだ妃が正当な王配となり実質的な支配者になるので、ボクやお父様は結局王家の種馬みたいなものなんです。ボクにしかできないことなんて……」

「殿下……」


 そうだ。この世界では男は基本的に保護されているが、逆を返せば保護対象として見られ、社会で活躍をする存在としては見られては居ない。子孫を残すために必要な存在なのに二十人に一人しか産まれない、そんな希少な存在を下手に表舞台に立たせて活動させて、もしものことが起きて数を減らすようなことがあれば人類種の存続にかかわるからだ。

 王家の人間であり、次期国王である殿下と言えどそこは変わらないらしい。というよりはむしろ、その立場からして殿下はより行動を制限されてきたのだろう。今回の行動も、そういったことへの反発のようなものなのかもしれない。


「しかし、そういうことなら、むしろ殿下の身柄は王族の中でも非常に価値の高いものなのではないですか?」


 そう言ってツツジさんが口を挟んでくる。


「いや、それはそうなんだが、本人に価値があることと、発言権があることはにているようで違う。殿下は王家の血を残すための種としての価値は認められているが、王族としての貴族的な発言権は認められていない。王家として力を持つのは王家の女、王家としての血を残すのは王家の男。その正統性のために王という立場にあるだけだと、殿下の言っているのはそういうことだ」

「改めて言われると傷つきますね……」


 殿下は少し切なそうに微笑んだ。


「となると殿下には人質としての価値は有るが何かを任せられるようには思えない、と。そうなると、考えられるのは殿下の身柄を盾にしての交渉になるだろうが、こうなってくると結局殿下が何かをすると言うよりは交渉のテーブルに座ったクルエラが何かをしたほうが早いしな」


 うーん。俺たち三人はテーブルを囲んで考え込んだ。

 駄目だ。完全に煮詰まってしまった。これ以上俺たちがここにいても仕方がない。

俺はパンと手を叩いて立ち上がる。


「仕方ないからクルエラに聞きに行こう!!」

「「………えっ?」」


 俺は戸惑う二人を尻目に部屋から飛び出した。

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