第14話 主人公
驚きました。ええ、本当に驚いているのです、私は。
あの日、突然呼び出されたあげく、聖女ではなかったからと放り出され右も左も分からないままにこの世界に投げ出された私の前に、高笑いをしながら現れた尊大で高慢で喧しくて―――そして優しく、美しい人。クルエラさん。
彼女の言った通りにすべてが進んでいることに、私はただただ驚くことしかできませんでした。
「そんなことは無いよ! つつじちゃんはとってもキュートでかわいいじゃない!」
ああ、煩い。私の頭の中に、私であって私ではない、神村躑躅ではなく、神村ツツジ。皆に愛されて、皆に必要とされて、皆に求められる理想の私が、自分を卑下するつつじを太陽のようなはじける笑顔で励ましてきます。
ああ、嫌だ。私はツツジちゃんが嫌いでした。私がなりたかった私。私がなれなかった私。きっとこんな風になれたら幸せなんだろうな、そういう私の妄想が、脳内で作り上げた現実逃避の為の特別番組、それいけ!美少女高校生ツツジちゃん。その主人公。
私の大嫌いな、糊で固めたみたいに強張って動いてくれない顔と違い、その時の気分でころころと表情を変えるツツジちゃんが―――私は大嫌いです。
「もう、またそんなこと言って! めっ、だよ?」
だから煩いんだって。もう止めてほしいです。
みんなの人気者になりたかったけれど、重度のコミュ障で、他人とうまく話せないし、常に凍り付いたような無表情の顔は周りの人を遠ざけてしまって。いじめられるようなことこそなかったけど、話しかけられることもなく。いてもいなくても変わらないクラスメイト。いるとちょっと怖いから、何ならいない方がいいかも。それ位の生徒が、私でした。
アニメが漫画が小説が好きで、それらに出てくる、キラキラの主人公たちに憧れました。ああいう風になれたら、どれだけいいだろうか。そんなことを考えながら、頭の中で理想の自分を主人公にしたアニメを放映していたら全420話という超大ボリュームの長寿作品になってしまい、気が付いたら私の妄想の中の人物だったはずのツツジちゃんはいつしか勝手に動き出し、私に何かと口出しするようになりました。
「何かと口出しじゃないよ! ア・ド・バ・イ・ス、でしょ?」
ここまでくると本当にこれは私の理想とするところだったのか本格的に疑わしくなってきてしまいます。え? 本当にこれ私の意志で生み出された存在ですか? 私は潜在意識ではこういう感じになりたかったんですか? 嘘ですよね? こんな長期シリーズにありがちな性格の崩壊を起こしたテンプレもどきじみた女が私の理想とするところだったんですか? 認めたくありませんね。あくまで自分の理想の自分と言うていから生まれたモンスターがこんなにも私を苦しめてしまうだなんてことは。
「もう! 女の子にモンスターなんて言ったらダメでしょ?」
クソが。いや、違います。思わずちょっと汚い言葉が出てしまいました。よくないですねこういうのは。この話題止めましょう。そうしましょう。
さて、話を戻しますが、私はキラキラな主人公に憧れていました。「そう、私みたいなね」うるせえ消えろマジでよ。
失礼しました。また汚い言葉遣いでしたね。よくないことです。もう脱線もしません。本当に。
主人公に憧れながらも、主人公にはなれないんだろうなと思っていた私にも転機が訪れました。異世界召喚という奴です。漫画やアニメでしこたま目にしたあれです。しかも聖女召喚。来たなと思いました。勝ったなと。この瞬間私はこれまでの人生はここに到達するまでの前振りだったんだなと確信しました。きっとこれからレディコミでよく見るイケメン王子とかそういうのに囲まれたワクワクドキドキ物語が始まってしまうんだなと。もう十八歳の誕生日も迎えてしまったしそういう展開まであるのではないかなと。
期待に胸を膨らませていましたが、結局私は聖女ではありませんでした。一緒に召喚された年下の女の子が聖女だったようです。しかしそれでもくじけませんでした。こういう流れからの実はという展開も良く見知っていましたから。ああなるほどこういうパターンね完全に理解したわおっけおっけとりあえずポーション作ったりとかしに行けばいいのかな? と、そんなことを適当に考えていました。なんだかんだでかっこいい男の人たちと出会って、なんだかんだで大活躍して、それできっといい感じに幸せになるんだろうと。お前はこれまでの人生から何を学んできたんだ? と聞きたくなるような楽観的な考えでいました。
……そんな私の考えはすぐに打ち砕かれましたが。
この世界には、そもそもかっこいい男の人というものが存在しなかったのです。いわゆる、貞操観念逆転世界、というジャンルになるのでしょうか? 男の数が極端に少なくて、結果、男女の役割は入れ替わり、貞操観念についても男女逆になってしまった世界。
つまり、人より大きい私の胸も、表情がほとんどないだけで、結構顔立ちは整っている方だと思っていた顔も。前の世界でほんのわずかに私のもっていたアドバンテージはこの世界では何の意味も為さなくなってしまったのです。私は本当に背景にいるモブになってしまったんだな、そう思いました。
一応、私には紋章魔術という珍しい魔術の適性があったようでしたが、特別魔力量が多いわけでもなく、紋章魔術の肝となる魔術の改造に必要な知識も私には欠けていました。まあちょっとだけ特別な、名前付きのモブ。異世界までやってきて、結局これか、そう思いました。
流石に無理矢理召喚した責任は感じていた様で、しばらくの間の寝食の世話はしてくれるとのことで、その期間のうちにこの世界で生きていけるように色々と頑張ってくれと言われました。無茶を言ってくれるな、と思いましたが、金だけ渡されて放り出されたりするような事を考えれば、温情のある措置だったと思います。
約束の期限が迫る中、正直私は何をして過ごしていたのか詳しいことは覚えていません。ただがむしゃらに何かに打ち込んでいたのだろうと思います。そのころには紋章魔術を一通り扱えるようになっていましたし、街で生活できるくらいにはこの世界の事も分かってきていましたから。そんなときでした。彼女と出会ったのは。
「へぇ! あの意地汚い雌豚どもから聞いた通り、随分と辛気臭い顔をしているのだな」
突然、ものすごく無礼な話しかけられ方をしたのを覚えています。
聞いたことの無い声だったので、初対面でなんてことを言うんだと言い返そうとしたと思います。ですが、彼女に向かって振り返った私は、口をきけませんでした。
「たわけた奴だ。特別な力を持っているのに、そのような顔をするものではない。そんな何物でもないようなツラをして背景の一部にでもなったつもりか? 残念だが、その程度では余の目から逃れることは叶わんぞ」
彼女は、見惚れるような美しい金髪に、流れる血のようなメッシュを走らせ。190は優に超えるであろうそのモデルのような体を見せつけるように悠々と歩み寄り、私の前の椅子に腰かけました。彫刻の様に整った顔に、ルビーの様に輝く赤い瞳で、彼女は尊大にふんぞり返って言いました。
他の誰でもなく、私の、神村躑躅の目をまっすぐに見据えて言いました。
「喜べ異邦人。余は貴様を探していたのだ」
その瞬間、強い風が吹き抜けていくような感覚がしました。
そして私は理解しました。ああ、そうか。これが主人公か。
なるほどこれは、これは凄い。すべてを巻き上げ、その渦に捕らえたまま過ぎ去るハリケーンのような存在感。一目見ただけで伝わる、恐ろしいほどの、圧倒的なまでのカリスマ。
これなら、いい。これが主人公だというのなら、私は主人公になれなくてもいい。ですが、もう背景のモブは卒業です。
「―――貴様に余の下で働く栄誉をくれてやろう」
この人の脇に立ち、この人を引き立てる、―――脇役になるのです。
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