第10話 人攫い
「人攫い、ですか」
「うん、もう十年以上前から王国の内外を問わず行われてる卑劣な犯罪だよ」
あれからしばらくし、なんとか落ち着きを取り戻した俺たちは二人で話し合いを進めていた。
「手口は様々だけど、ここ最近目立ってるのは修道院を騙るものだね」
「ああ、修道院は一定の年齢の男児を集めて保護してますからね。事情に疎い農村部なんかでは、本物かどうか見分けることは難しいでしょうし、言われるがままに子どもを渡してしまう親も多いでしょうね」
この世界では男は二十人に一人くらいしか産まれないのだが、都市部ならともかく、農村部や山間部などでは折角生まれた男児が大人になる前に死んでしまうという事態を避けるため修道院という施設が一定の年齢に育つまで男児たちを保護し育てているのだ。
実際、この仕組み自体はそう悪いものではない。男がいなければ子を残せないのに、この偏った男女比ではほんの些細な事故などで貴重な男児を失い、そのまま滅んでいく村などもあるそうなのだ。前世などは普通に同じくらいの数が産まれていたから、多少事故や疫病で数を減らしたとしても滅ぶところまでは行かなかったが、ここではそうもいかないのだ。だから、そうならないようある程度死ににくい年齢まで育ててから各村や各町にバランスを見つつ男を住まわせるという仕組みは、理にかなっている。
これを悪用する者たちが問題なのだ。
「まあ俺もそういう経緯でここに来たわけですし」
「えっ!?」
俺の言葉に、殿下は驚いたような声を上げた。
「あれ、言ってませんでしたか? 俺は修道院を名乗る一団に騙されてここに売られてきたんですよ?」
「あ、そ、そう、か……」
殿下は俺の言葉に酷く動揺しているようだった。
「……ああいや、あまり気にしないでください。俺は気にしてませんから」
「……そうか、すまないな」
「殿下が謝るようなことじゃごさいませんよ」
……少し、暗い雰囲気になってしまった。
「ええっと、確かに修道院を騙った大規模な男児の誘拐は十年以上前から起きてます。ですが、それでどうして殿下がここへ?」
俺のことから話をそらそうと殿下に振るが、彼は更に重苦しい顔で黙り込んだ。
「で、殿下?」
「……巻き込むわけには行かないと、そう思っていたけど。もうそういう段階でもないですし、それに、あなたも当事者なら知る権利がありますよね」
殿下は何度か小さく息を整えて、真剣な瞳でこちらを真っ直ぐに見据えた。
「修道院を騙った誘拐事件、十年以上も同じ手口で行われているのに一向に手がかりがつかめなかった。同じ手口なのに、何故か被害は続いた。何でなのか、ボクは独自に捜査させていたんだけど―――違ったんだ」
「違った?」
「うん」
殿下は、悔しそうに歯噛みした。
「修道院を騙ってなどいなかったんだ。1連の人攫いは、修道院がやっていたんだ」
「…………………は?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
「本物の修道院を示す認証を作らせたり、国民に周知させたりしても意味がないのは当たり前だった。修道院自体が行っていたのだから、偽物との見分け方なんて周知させた所でなんの意味もなかった。何故なら男児を攫い売りさばいているのは本物の修道院なのだから」
「ちょ、ちょっと待ってください殿下! 本当にそんなことが!?」
殿下の言っていることが本当ならとんでもないことだ。修道院は、この大陸全域に信徒を持つ聖教会サランソ派が主導する、国の壁をも越えた一大組織だ。聖教会に対しての信頼から、男児を集め育てるという役割を担うことを許されている、それだけの権威のある組織なのだ。
もしもそれだけの組織がこんな大規模な犯罪に加担しているのだとしたら……もしや、俺が戦わなければならない敵とは聖教会なのか?
そこまで考えを巡らせた所で、殿下は静かに手で制止した。
「無論、全ての修道院が関与しているわけではないだろう。だが、大きくなりすぎた組織とは末端中枢に関係なく、どこからか腐り始めるものだからね」
殿下は、額を手で押さえ、頭痛をこらえるようにして続ける。
「修道院を経由しての誘拐はそもそも発覚しづらい。修道院を出た男たちで、生まれ故郷に戻る者たちがそもそも少ないからだ。ほとんどは引き渡しが今生の別れとなるため、この誘拐は露見しづらい。それでも誘拐事件の存在に気づけたのは、国に提出された出生届と死亡届を踏まえた上て、町中で見かける男の数があまりにも少なかったからだ。人頭税などの税記録などを照らして見たところ、出生届と死亡届から算出した現在の男女比は一対十九であるのに対し、人頭税に対して登録されていた国民の名簿では、一対三十八だった」
恐ろしい情報だ。確かに、市井で騒がれている所以も、二十人に一人と言うには少なすぎないか? という憶測から始まったものではあるが、まさか公的なデータとしてもはっきり男が少なかったとは。
「男が本来の半分しかいないから、どこかのタイミングで大規模な誘拐にあっていると考え、それが出来るのが修道院だった、と。しかし、それでは修道院を騙った者たちがいるというところまでは分かっても、修道院が直接関与していたという証拠にはならないのでは?」
「ボクたちも当初はそう考えていた。だからこそ、修道院を騙った人攫いが出るとお触れを出し注意喚起をしていたのだが、それに反発する者たちがいた」
「それが、修道院―――聖教会だと?」
殿下はコクリと頷く。
「ほとんどの修道院や聖教会の支部は捜査や注意喚起に協力的だった。しかし、頑なに協力を拒んだり、誘拐事件そのものに疑問を感じると言い出す者たちもいた。その修道院に密偵を送り込んだところ、そこの担当地域にはことごとく誘拐の被害にあったと推定される村々が存在していた」
「……そこまでわかっているのなら、そこを直接摘発すればよいのでは?」
俺の問に、それはできないね、と殿下は力なく答えた。
「知っての通り修道院を有する聖教会はこの国だけでなく大陸全土に影響力がある。国によっては王を選出することすらあるほど国政に食い込んでいるところもある。ボクの身分があっても、決定的な証拠もなく打って出ることはできない」
殿下はその小さな手をぎゅっと握り込んだ。
「ボクは無力だ。これだけのことが起きていると分かっていながら、指をくわえてただ見ていることしかできなかった。それがいやで行動に移しても―――結局はこの通り、見事無様に返り討ちに遭い、無関係のバルディンさんを巻き込んでしまった」
「殿下……」
「そ、それにさっきはなんかその、色々と気持ちが高ぶりすぎてなんだか変なことをしてしまったし……」
「さっきのことは忘れましょう殿下」
可及的速やかに忘れて無かったことにしましょう。そう真面目な顔で進言した俺を見て、殿下はふふっと小さく笑った。
「うん、忘れてしまおう。……あんな勢い任せではなく、あなたとはきちんと丁寧に仲を深めたいし……」
「何か言いました?」
「いや、何でもない。忘れよう忘れよう」
殿下はパンパンと手を叩き、その後二人で顔を見合わせて小さく笑った。
「いや、うん。しかしどうしたものかな」
ひとしきり笑った後、殿下は真面目な顔で独りごちる。
「……殿下、つまりあなたの目的は、決定的な証拠をつかむために修道院と思われる人攫いの一団と取引をしているクルエラを問い詰める――もしくは、帳簿や契約書などの物的証拠を探しに来た、ということですね?」
「うん、そうなるね」
殿下の回答に、俺は腕を組んで考え込む。
「なるほど……つまりこの娼館へは修道院につながる証拠を探しに来ただけであって、娼館を潰しに来たわけではないと?」
「そもそも潰せるわけがないしね。ここへ売られてきたのも、売られる時に使う場所や書類の形式何かを調べたかったからだし、適当に潜り込んだ後は、探し物を探した後は客に扮した家臣と共に脱出するつもりだったんだ」
「なるほど……なるほど……」
俺はぐるぐると思考を巡らせる。そういうことであれば、なんとかなるかもしれない。直接的にこの娼館を攻撃しに来たわけでないのなら、あの冷徹な女王クルエラに対して、まだ出来ることはある。
「俺に考えがあります。まず、件の紋章士に接触しましょう」
――――――――――
近況ノートでクロウ殿下の立ち絵公開してます。
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