第6話 娼夫バルディン

 薄暗い部屋の中を、燭台に灯された蝋燭の火がちらちらと影を揺らしている。

 ベッドの傍に置かれた香台からは、情欲を掻き立てる淫靡な香りが漂い、ぱちゅんぱちゅんと肉のぶつかる音が響いていた。


「あぁん、いいわぁ、そこよぉっ」


 暗いのと、あまり目が良くないのとではっきりとは見えないが、ぼんやりと見えるシルエットから多分先祖にトロールかオークの方がいらっしゃるんじゃないかと思われた彼女は、艶っぽい声をあげてひぃんひぃん言っていた。彼女が盛り上がるにつれ、俺のテンションは盛り下がっていく。これが娼婦であれば、穴に入れればいいので気分がいくら萎えようと問題ないのだろうが、こちらは挿入れる側である。勃起たなければ話にならないのだ。

 一応、他の娼夫たちは偽物のオチンチンがついた特殊なパンツをはいて相手をしているそうだ。まあこの世界の男達は普通は日に何発も出せないそうなのでそれが当たり前なのだ。そういったこともあり、基本的に本物オチンチンで勝負し、日に五回指名されても全部出し切るという並外れた精力の持ち主である俺は「クルエラの嘴」ナンバーワン娼夫として今日も戦っているのである。

 まあそりゃ俺もスケベだしエロいことは嫌いではないが、ここに来るのはほとんどが美女と言うには無理のある怪物たちだし、裏の業界向けの非合法の店とあってやばい客しか来ない。前世で言うところの権力にものを言わせて村娘を襲うタイプの脂ぎった豚貴族をそのまま女にしたような感じと言えばいいのか、そんなのばっかりである。いかに俺が稀代のドスケベエロエロボーイであったとしてもオチンチンの元気もなくなろうというものだ。

 俺は何とかオチンチンを中折れさせないよう、ここ最近見た中で一番えっちだった女―――この娼館の主、クルエラの姿を思い出してエレクトさせた。


◆ ◆ ◆


「はぁ―――っ。どっと疲れた。精神的に疲れた。もうやだムリ、お風呂入って寝る」


 住み込みの娼夫―――といっても全員がそうだが―――のために用意された部屋に戻るなり、おれはぐでーっとソファに倒れ込んだ。


「お仕事お疲れ様です。バルディンさん」

「おう、クロウもお疲れー」


 蒸らしたタオルを手渡され、顔周りをぐしぐしと拭う。俺に声をかけてきたのは、俺の同室であり、俺が教育係を務めることになった新人のクロウだ。

 クルエラの話によれば、クロウはものすごい美少年なのでナンバーワン娼夫の俺の下で徹底的に教育を施してから、飛び切りの上客にあてがうのだそうだ。

 俺はこの身に受けた呪禍のせいで目がほとんど見えないから分からないのだが、周りの話しぶりからするにものすごい美少年のようだ。人形のように整った顔立ち、白く透き通るような素肌に、なめらかでほんの少し肉のついた細身の体。可愛らしいこぶりなオチンチンと、相当な絶賛であった。

 これほどの美少年なら相当な大物の女が出張ってくるだろうと噂になっており、噂好きな娼夫たちの間では、一体クロウの初めての客はどこの悪徳商人か、はたまた貴族様かとにぎわっていた。


 さて、色々とおかしい話になっていると思うだろうが、これが俺―――バルデール・ゴルドアンがバルディンとして新たに生を受けたこの世界の光景である。

 『男女比1:19』二十人の内、一人しか男が生まれないという超女性社会のこの世界は、その人数差ゆえに男女の役割や性的価値観、貞操観念などが俺のいた世界と大きく異なっていた。


 その最たるものが娼館だ。この世界では、女が男を買うのである。

 男女比が大きく偏ったこの世界では、複数人の女のコミュニティが共通して一人の男を囲い込んで結婚するハーレムが一般的な結婚様式だが、十九人に対して一人では、どうしてもあぶれてしまう女たちが出てくる。そういった独り身の女たちにとって男を買える娼館は非常に重要な場所なのだ。


 世界を救うぞという意気込みで転生した俺が娼館で働いているのにはまあ色々と訳があるのだが、そうはいっても五つのころ修道院に預けられるはずが騙されて人攫いに会いこの娼館に買われたくらいのものなので、今はそこの詳細については割愛しよう。あまり面白い話でもないし。


「しかしだ、クロウ。お前はまた一体どうしてこんなところに来たんだ? みんなが言うような器量よしなら、こんな非合法な娼館なんぞ来なくとも、いくらでも金の稼ぎようはあるだろ?」

「そう、ですね。あはは……」


 また笑って誤魔化された。いつもこれである。いくら鈍い俺でも、クロウが何かしらの事情があってここを訪れているということくらいはわかっていた。

 娼夫として働くためにここに連れてこられる男たちは皆ひどくおびえた様子で、これからの生活を前にがくがくと震えているものだが、クロウと言う少年―――いや、確か俺と同い年で十八何だったか? この世界の男はなんというか俺含め皆少女のような見た目をしていて年齢がいまいちわかりにくいのだ―――は、怯えは感じられたものの、何かを決意したような様子でその恐怖を抑えているようだった。

 間違いなく彼は何かしらの目的があってここにやって来たのだ。何の目的があるのかは知らないが、ここは非合法な裏の娼館だ。つつけばいくらでもそういったものは出てくるだろうが、はっきり言って俺はそれに興味がない。


 確かに俺は意気揚々と転生したのち、すぐにここに来る羽目になり最初に客を取らされたのは十年も前の事だったか……いや、あの頃のことを思い出すのはやめよう。ともかく俺は、この娼館で十年近く娼夫として勤め上げ、色んな化け物女たちの股を舐めオチンチンを差し出し腰を振りまくってきたが、この娼館の事をそれほど憎んでもいないのである。

 非合法なのはよくないし未成年に客を取らせるのは最悪だが、俺もこういった職業の必要性は理解しているし、頑張って腰を振りまくりナンバーワン娼夫まで駆けのぼってしまえばある程度の贅沢も許される。現状に特に不満はない。しいて言うなら俺が憧れたえっちはこんな排泄行為みたいなものではないというところだが、これはそもそも仕事だと割り切っている。

 色々と融通を聞かせてもらい、部屋の中にいくつかトレーニング器具を置いてもらったり、筋肉をつけるために俺だけ別の食事を用意してもらっているおかげで、俺はいずれ来る戦いに備え鍛錬を重ねられているし、上流階級の客に話を合わせるためだと適当を言って用意させた書物を読み漁ることで、この世界の仕組みや制度についてある程度の知識を蓄えることができている。

 俺が生まれた村ではこういった環境は整えられなかっただろう。なにせ俺は十三の呪禍が可視化した呪いの紋が全身に刻まれて生まれてきた忌子として男なのに敬遠されていたほどだし。

 そういう意味ではこの娼館に買われて良かったとさえ思っている。ここの女主人クルエラは俺より十つ年上の女で、傲慢で自らを余と呼び女王と名乗るようなやばい女だが、こちらが成果を示せばそれにこたえる女ではあるのだ。それにエロいし。呪いでほとんど見えない俺の目では、かなり近づいてもシルエット程度しか分からないのだが、その状態でもかなりのボンキュッボンのナイスバディで俺は大好きだ。この世界では貞操観念が狂っているのでやたらと露出の多いセクシーな意匠も大変ありがたい。

 普段トロールもどきとかハーフオークみたいなのを相手にしている毎日を送っている俺としては毎朝挨拶に行きたいくらいである。というか俺が逆に金払うからえっちさせてくれないかなと思っているくらいだし、今日の様にオチンチンが元気なくなってしまったときはいつも彼女に世話になっている。いつもありがとうございます本当。

 だが残念なことに、あの女は才能や成果、それに金は信用していても男嫌いで女嫌いの人間嫌いなのだ。ビジネスの話はしてもそういった関係には一切触れさせない鉄の女である。ナンバーワン娼夫なわけだしつまみ食いされたりするかなとちょっとワクワクしていたのだが仕方ない。まあ俺としてはたまに廊下とかですれ違うとなんかいいにおいするしちょっとハッピーな気分になって嬉しいのでよしとする。


 ―――少し話が脱線したが、要は俺はここでの生活に不満がないのだ。

 もちろん、デストーリアとの約束―――世界の流れを乱すものとの戦いに臨むため、いずれはここを出る必要はあると考えているし、買われてここに来た俺をそうやすやすとクルエラが逃がしてくれるとも考えていない。まあ非合法な取引なので法的拘束力はないに等しいのだが、俺は彼女の能力を高く評価している。表では言えないような手を使ってくるだろう。

 まあそれは後々対策を講じるとして、いずれは何らかの手段でここから逃げ出さなくてはならないというのは間違いないのだが、それは今ではない。

 呪禍による俺の能力低下は想定していたよりもずっと深刻だ。普通の人間にできることが俺にはできない。そのうえ、女の割合が異常に多いこの世界では、女は大きく強くなり、男は逆に女に守ってもらえるよう可憐で弱くなってしまっている。俺も例外ではないのだ。この世界の平均的な男の身長は150センチくらいらしいが、鍛え続けてきた俺でさえ157かそこらで、なんとも小さく頼りがない。大して女は170とか180とかがごろごろいるのだ。俺が戦うことになる敵も、比率を考えればほとんど女だろう。俺は呪いに加え身体的なハンディキャップをどうにかする必要があるのだ。

 それを考えればまだ時期早々である。腹筋が割れてる程度には鍛えているが、もっと知識と力を蓄える必要があるのだ。そのためには、トレーニングの環境、体づくりのための食物、そして知識を得るための書物がすべてそろうこの娼館を出るわけにはいかないのだった。


 そういうわけで、俺はクロウの企みに興味がなかった。彼が何をしに来たのかは知らないが、下手に関わりクルエラに目を付けられるのは避けたかった。いずれ俺も脱出することを考えれば、下手に騒いで警備を強化されるのもおそろしい。

 以上の理由から、俺はあくまで何も知らないただの先輩娼夫としてクロウに仕事を教える日々を過ごしていた。

 しかし、そうのんびりとしたことを言っていられない事態になってしまったのである。


 彼女―――紋章士のツツジが娼館にやってきてしまったのだ。






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近況ノートに山賊姿のバルディンのイラストを載せています。

良かったら見てみてね。

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