第1幕 娼夫バルディンと娼館の女王クルエラ
第5話 決行前夜
「それいけ!美少女紋章士ツツジちゃん前回までのあらすじは!
私、神村ツツジ、十八歳! 来年の春から始まる大学生活に心を躍らせる高校3年生! 毎日頑張る私だけど、高校生は学校行事に受験勉強で大忙し、恋愛だって諦めきれない! あーんやることが多すぎて目が回っちゃうよ〜!
二学期を迎えて恋も勉強も絶好調な私は生徒会で一緒になった会長さんとなんだかいい雰囲気になったと思ったら、カレの幼馴染の副会長がジェラシー燃やしてムード険悪!?私と会長はそんなんじゃないよ~!
そんなドタバタスクールライフを満喫していた私は突然不思議な光に包まれてファンタジーな異世界に来ちゃったよ!どうやら人違いで呼び出されちゃったみたい……ってどうやって帰ればいいの~!
帰り方は分からないけど、不思議な魔法「紋章魔術」を使える私はこの力で異世界でも青春しちゃうぞ!
ここでアバンタイトルを挿入。タイトル明けで主題歌。
それいけ!美少女紋章士ツツジちゃん主題歌【がんばれつよいゾ!ツツジちゃん】
作詞作曲:神村ツツジ 歌:ツツジちゃん
♪がんばれ~あなたはかわいい―――「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って」何でしょうかバルディンさん。ここから渾身のオープニングテーマが入ってCM明けで本編開始なのですが」
「うんちょっと何言ってんのかわかんないかな……」
自信あったんですが、オープニング。と静かに呟く彼女―――この娼館の専属紋章士、ツツジ・カミムラは紅茶を一口含んでティーカップを置いた。
ここは俺―――ゴルドアン子爵家第九令息バルデール・ゴルドアン改め、娼夫バルディンの籍を置く娼館「クルエラの嘴」の内部、異常な増改築を繰り返した結果封印され、俺以外の誰も把握していない秘密の小部屋の中である。
「いやあの、作戦決行の前に改めて自己紹介しようとは言ったんだけどさ。物静かでクールな感じの子だなと思ってたら突然無表情のままさっきの謎のセリフを語りだしたもんだから俺びっくりしちゃった……」
変わった自己紹介―――いや自己紹介だったかあれ。ううん自己紹介と言えなくもない部分もあった気はするけどあれを自己紹介と認めたくはない。というか前回までのあらすじって言っちゃってたし。あらすじじゃんかそれはもう。
「そうですか。これは失礼しました。―――ちなみに今のは私が日本で高校生をしていた時から脳内で制作、放映していた私主人公の架空のアニメーション作品「それいけ!美少女高校生ツツジちゃん」の異世界転移風マイナーチェンジ特別バージョンOVA第三話「ドキッ!ステキなイケメン登場!不思議なカレは娼館の娼夫!?」の冒頭部分になります」
「やっぱり自己紹介じゃないじゃんか」
びっくりした。物静かで思慮深そうでこの世界の他の女性とは違うなと思っていたのに俺の想定とは別の方向で違うタイプの子だった。
「ついでに補足しておくとマイナーチェンジ部分以外の私の一人語りパートは九割フィクションです。生徒会の会長も彼に片思いする幼馴染の副会長も存在しない人物です。すべて私の脳内で生み出された産物です」
「えっじゃあ本当になんだったの今の時間」
どういう気持ちで真顔でそんなことをしゃべってたのこの人。どういう理屈で真面目な自己紹介の場で九割フィクションの謎ストーリーを展開できるんだろう。怖い怖すぎる。計画に引き込む仲間を間違えてしまったのかもしれない。
何とも言えない顔で彼女を見つめていると、こほん、と小さく咳払いをした。
「どうにもお二方が緊張されているようでしたので。私なりに緊張をほぐして差し上げようかと思いました。つまりはジョークです。とてもユーモラスでしたね。いぇい」
「い、いえーい……」
真顔でピースをしてきたのでこちらもピースを返す。完全に掌の上である。いやしかしこれだけ場の空気を制圧できるのは味方として考えれば頼りになるのかもしれない。いや頼りになるか? というか頼りにしていいのか?
「ま、まあいいや。とにかく話を戻そうか」
ぱんぱんと手をたたき、仕切りなおす。それに合わせて、小さな部屋の中を照らすろうそくがゆらゆらと揺らめき、三人の影を歪な壁に映し出した。
「もう一度言っておくが、俺はバルディン。ここの最古参の娼夫で、最古参の被害者でもある」
「男児集団誘拐事件、ですね」
俺の隣に座っていた少年、クロウが口を挟んだ。この世界の男の例にもれず、彼もまた小柄で線が細く、あどけない少女のような顔つきをしていた。男が極端に少なく、俺の元居た世界と男女の役割が逆転したこの世界では、女性は強く大きくなり、逆に男性は小柄になり、寵愛を受けやすいよう可憐な姿へと変わったらしい。
俺は呪禍により目がよく見えていないのではっきりとはわからないが、周りの反応からしてクロウは絶世の美男子らしい。いわく、精巧に彩られた白磁の人形の様であると。なるほど確かにそうかもしれない。この世界の男達は、少なくとも俺の十八年の新たなる生涯の中で見てきた限りでは、前の世界でいう少女―――しかも相当の美少女のような姿をしているようだが、その中でもことさら、となればそれはもう言いようもないほどの美しさなのかもしれない。
しかし、彼の正体を知ることになった身としては、彼の美しさにある意味納得もしていた。
クロウはつい数日前にこの娼館に連れてこられた俺の後輩の新人娼夫であり、この国の次期国王、クロウ・ノクトゥス・ヴァロッサ王太子殿下であるのだから。
「そうです、殿下。二十人に一人しか男児の産まれないこの世界において、人類種の維持のため、国内で産まれた男児を精通する年齢になるまで保護する施設―――【修道院】に護送する一団を騙り、多くの男児を誘拐したあの事件です」
「……」
俺がそう続けると、目の前で無表情を貫いていたツツジの眉がわずかに動く。
俺と同じく、この世界とは異なる世界からやってきたという彼女は、どうやら俺の前いた世界に近い価値観の世界であったようで、こういった非道な話を耳にするとその鉄壁の双眸をわずかに揺らすのだった。
紋章士という、立場で言えば娼館側の人間である彼女を味方に引き入れようとしたのも、彼女のこの性分を加味してのものだった。
彼女にもまた、俺の様に倫理があり、人道があり、正義があるのだと、そう感じたからだ。
「修道院に預けられた男児は一定の年齢になるまで院から出ることは無く、院から出られる年齢になった後も、精子提供のために院に残るものや、力のある女性の下で就職するために上京するなど生家に帰るものは少ない―――その現状を悪用した凶悪で卑劣極まりない誘拐事件です。そのうえ、誘拐した男児の一部を―――」
殿下は悲痛な面持ちで唇をかみしめる。
「ええ、非合法の娼館に連れていき、無理矢理娼夫にした。―――この俺の様に、です」
言葉を詰まらせた殿下に、俺を付け加えて言うと、彼は静かにその長いまつげを横たえた。
「痛ましい事です。執政に携わる王家に産まれておきながら、このような事件が起きていることに気付けなかった」
「殿下が気になさることではありません。こうして身を挺して潜入されたというだけでも、殿下の民を想う心は伝わっていますから」
末席とはいえ
俺は、目の前でうずくまり唇をかむ小さく可憐な
「ありがとう、バルディン。ですが、潜入しただけでは何にもなりません。誘拐事件の真相を暴くため、かつて取引をしたことのある娼館の女王クルエラから、その仔細を聞きださなければならない。そのためには彼女の信頼を得るため、果たさなければならない大きな課題があります。ボクの力だけではきっと叶わないでしょう。ですから、バルディンさん―――お力添えをお願いしますね」
「もちろんです。殿下。ツツジさん、君も手を貸してくれるか?」
「ええ、そのためにここに来ましたから」
三人で見つめあい、こくりとうなずく。
騎士の生まれ変わりの娼夫。娼夫を騙る王族。異世界から来た紋章士。生まれも立場もばらばらの三人が今、薄汚い欲望と愛液にまみれた娼館の一室で、志を一つとし行動に移そうとしていた。
これから起こす戦いは、きっと壮絶なものになるだろう。呪禍に蝕まれたこの身体では、生き残る事さえ難しいかもしれない。けれどもこれは、必ずやなさねばならないことなのだ。
俺は戦いの予感を前に静かに瞼を閉じる。今から数日前、俺たち三人が出会った日に思いを馳せていた。
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