第78話

「今日はこれで。

また明日ね」


にこりと微笑んだ笑顔も爽やか。


そのたった二言の言葉と笑顔だけで女子たちはもうきゃあきゃあとし通しだけど。


その中でただ一人、ちょっと腕を組んで疑問と文句を入り混ぜた様に口を尖らせ私を見る女子の姿があった。


山野葵だ。


『ねぇ、ちょっと本当にあんた猪熊さん狙いなんでしょうねぇ?』と疑わんばかりの表情……。


私はそれにフクザツな思いで思わずそろそろと目線を横へ逸らす。


もちろん私に猪熊さん狙いはもちろん、万亀狙いなんかもない。


でも、それを言った所で絶対に山野葵始め、万亀に夢中な女子たちが納得しないって事はよぉく分かっていた。


猪熊さんが万亀の為にベンツの戸を開く。


万亀がそのベンツに乗り込んで──。


それでも猪熊さんはその戸を閉めようとはしない。


『どうぞお乗りください』って、無言の圧をかけてくる。


その表情は、何事にも動じない『良家の執事』そのものだ。


私は筋違いだっていうのは重々承知の上で、恨みがましく猪熊さんの顔を見つつ──。


はぁぁ、と息をついてしょぼしょぼとそこに乗り込む事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る