第3話 2歳
今日でめでたく二歳の誕生日を迎えた。
裕福な家庭のお嬢様に生まれてラッキーと思っていたけれど、今世の私は自分で思っていた以上にSSRを引いていた。なんと転生先では公爵令嬢で、ルードクロヴェリア家はこの国の王家とも縁のある上位の公爵家だとか。
スマホやパソコンなどの文明の利器が見当たらないとこから、恐らく私は異世界に転生してしまったらしい。
つい最近知った自分の立場に、最初は純粋に「へえ~なんかすごいかも」くらいだったけれど、時間が経つにつれて冷や汗をかいてきた。
裕福な商家とかじゃないの……? 高位貴族とか、しがらみすごくない?
政略結婚の道具にされたり、望まない社交生活で疲弊したりと、現代日本とは違う苦労が待っていそうですでにハラハラする。
どうせ生まれ変わるなら、中堅どころで政治にも利用されないような庶民派貴族がよかった……そんな家が存在するかはわからないが。公爵家よりはのびのび過ごせることだろう。
「まあルーシェ、なんて愛らしいの! すごく可愛いわ」
笑顔で私を抱きしめるのが、マルルーシェの母だ。
父親とは系統が違う美しさで、とっても可憐だ。光り輝く金髪にペリドット色の目をした天使のような美女は、まだ二十歳そこそこだろう。純恋よりもずっと若いのに公爵家の嫁なんて、大変な苦労をしていると思われる。
乳児のときは滅多に顔を見ることはなかったけれど、どうやら産後に体調を崩していたらしい。今ではすっかり元気になって、私との時間も作ってくれてとっても癒されていた。可愛くて優しい癒し系美女なんて最高では?
「ルーシェはピンクが似合うわね」
「かわいー?」
「ええ、可愛いわ!」
幼児らしく舌足らずになるけれど、私は簡単な言葉なら話せるようになっていた。いや、中身は大人なので意思の疎通もすっかりできるし、この幼女の身体が話すことに適応していれば、もっと長く話せるんだけど。一般的な二歳児がどこまで喋るのかがわからないので、私は友人の子供の様子を思い出しながら幼児を演じている。
確か二歳ってイヤイヤ期があるよね……心優しいお母様やメイドの皆さんを困らせるのは嫌だけど、きちんとした成長プロセスを経ないと逆に不自然に思われるかもしれない。
もうちょっとしたらイヤイヤ言ってみようか……と幼児に似つかわしくない計算をしながら、私の世話を焼いてくれるメイドのリリーに髪を整えてもらう。
鏡に映る私は、美男美女の遺伝子を受け継いでいるのになんというか……期待値が高すぎたようだ。
父の銀髪でも母の金髪でもなく、髪色はほんのり青みのある灰色。目の色はアクアマリンの水色で綺麗だけど、両親の色を受け継いでいない。光に照らされると銀髪にも見えなくはないが、なんというか残念な出来だなと幼心に思った。
まあ、年頃になるとまた変わっていくし、この顔も見慣れないけど嫌いではない。ゴージャスな美女になってみたい人生だったが、丸い目とぷくぷくした頬も十分可愛らしいと思う。左右に結ばれたツインテールも子供らしくていい感じだ。
ちなみに人外的な美しさで他者を圧倒する公爵は、まだ私におめでとうを言って来ていない。
この世界ではわざわざ両親が子供の誕生日におめでとうを言わないのかも? と思ったけれどお母様には言われたので、単純に忙しいから後回しにしているか、言う気がないだけだろう。
父は相変わらずふらっと現れては私の頭と背中を撫でてくる。身内が変質者のようでちょっと嫌なんだけど、毎回なにかを確かめるような手つきには違和感しかない。
美形って芸術作品と同じように、鑑賞だけで十分なんだろうな……身内といえど傍にいられると落ち着かないし、何を考えているのかがわからないので苦手だ。圧倒的に会話が足りていないからとも言える。
身内だけで誕生日パーティーを開いてもらい、両手に抱えきれないほどのプレゼントをもらった。
自分と同じくらいの大きさのクマのぬいぐるみは、なんとも抱き心地がいい。首につけられたリボンが今日の私のリボンと同じ色をしている。
「ありあと!」
幼女が大きなクマを抱きかかえる姿は、どの世界でも共通して大人を魅了するらしい。大人たちがみんなにこやかに頷いている。
満腹になって眠そうな私を、誰かがひょいッと抱え上げた。
「旦那様?」
「う?」
お母様の声につられるように首を回す。
滅多に私に近づいてこない父が、私を片腕で抱き上げていた。近くで見ると目が潰れそうなほど眩しい……男性なのに毛穴がないってどうなってるんだ。肌のキメが細かい。その美容法は前世の私に教えてやってほしかった。
「寝かせてくる」
「まあ、ありがとうございます。よかったわね、ルーシェ。お父様と一緒にいられて」
母がにこやかに手を振った。
私は急に心細くなった。
屋敷の中は広すぎるので、幼児の足では迷子になる。廊下も長すぎて疲れるのだが、こうして運ばれるなら快適だ。
しかし親子の会話が一切ないため居心地が悪すぎる。父の右腕でもある家令のレイナートが一緒についてきてくれるが、娘の前で仕事の話をするのも控えているんだろう。どうぞ空気に徹するのでお構いなくと言ってやりたい。
レイナートが子供部屋の扉を開けた。
ベビーベッドは撤去されて、子供らしいベッドが置かれている。なんていうか、幼児なのにひとりで寝かせるのはこの世界の常識なのか貴族だからなのか……自立心が養えるという教育なのかもしれないけど、マルルーシェになってから両親と一緒に眠った記憶は一切なかった。
そのままベッドに運ばれるのかと思いきや、父は私を抱えたまま窓際にあるソファに座った。
クリーム色のソファは少女らしいデザインなので、上質な家具にしか触れないような地位の高い美形とはミスマッチすぎた。
私を寝かせるつもりで来たんじゃないのかと困惑していると、父にはじめて名を呼ばれる。
「マルル。お前が生を受けて二年が経った」
「……?」
なんだろう。急に感慨深くなって語りだしたのかな。実は顔に出ないだけで、私のことをめちゃくちゃ溺愛してくれていたり?
それならもう少し行動と発言で示してほしい。謎に頭と背中を触れる真似はせずに。
片膝に乗せられて、とりあえず父を見上げる。両親の馴れ初めはもう少し大きくなったら聞けるだろうか。
お母様は可憐な癒し系だから、こういう無表情でクールがデフォルトの男にはドンピシャだったのかな~案外一目惚れだったりして?
なんて心の中で考えていたら、父のターンはまだ続いていた。
「二年が経っても、お前の背中には羽がない」
……ん? 羽?
予想外の台詞に、口がぽかんと開く。
「頭に角も生えてこない」
「……?」
なにを言い出すんだ、この男は。
傍にいるレイナートは取り乱すことなく黙っている。どうでもいいがこの屋敷、顔がいい人しかいない気がする……レイナートも二十代と思しき年齢で、長髪の金髪を一括りにしている美形だ。いつも柔らかい笑みを浮かべているし、今も表情が変わらない。
頭に疑問符を浮かべながら首をコテンと傾げてみた。わからないというジェスチャーがここでも通じたらいいのだが……。
「私が自らお前の身体を確認しているというのに、今のところ何の兆候も見受けられない。それは一体何故なのか」
「旦那様、まだお嬢様は二歳ですので。なんの話かおわかりになっていませんよ」
レイナートが助け船を出した。ほんとだよ、ちゃんとはじめから説明してほしい。
むしろ二歳児が大人の言葉をきちんと理解できるとも思えない。複雑な話はもっと成長してから言うべきではないか……こちらとしては聞きたくないんだけど。
変質者のような行為は父的に意味のある身体検査だったとか、受け止めたくない。羽も角もなんのことだかわからないのに、なんとなく本能でヤバいカミングアウトをされそうな気配がする。
「人の子というのはそんなに発育が遅いのか」
残念なものを見る目で見下ろされた。
なんか私、怒っていいんじゃないか。
「ならば忘れろ。今のお前に明かしたとしても意味がわからないだろう」
「また無茶なことを……」
レイナートが苦笑するが、私には消化不良すぎる。
いや、もういっそのこと何が何だか説明してくれませんかね!
私をベッドに運び、ブランケットをかけて寝かしつける男に思わず声をかける。
「おとぅ、しゃま?」
なにかもう一声、情報がほしい。ここで悶々としたまま数年待つなんて嫌すぎる。
私が期待を込めてじっと見つめていると、サファイアブルーの目がスッと細められた。
「ひとつだけ、今のお前にも教えてやろう」
「あい」
実はこの世界はファンタジーの世界で、私は魔物の子供だったとか……?
両親共に人間だけど、拾い子で血の繋がりはないと言われたらショックかもしれない……多分。ちょっとだけ。でも父の謎の行動は納得できる。
「お前は私の観察対象だ。以上」
「……」
言うだけ言って部屋を出て行った。
残された私は、ぽかんと口を開けてしまう。
え、それだけ? なんか他にもっと理由を教えてくれたりはしないの!?
一体なにがどういうことなのかがわからない。だけど、この身体はただの人間ではないのかもしれない。
私は改めて自分の頭を撫でる。
父が言っていたように、やっぱりどこにも角はなかった。
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