第24話 秘密

 ティム達は裏庭の奥にある離れの前に立った。小さな物置小屋のような大きさの木造の建物は取り立てて周囲から目立っている印象はない。

「鍵がかかってる」

 

 マルクは腰に巻いた革のベルトバッグの中から解錠道具を取り出した。迷宮の宝箱などとは比べ物にならないほど単純な機構でできた錠前はものの十秒ほどで解除された。

「……まあ、見た感じは普通の物置だな」


 ティムは前に立っている二人の間から部屋の中をざっと見回す。部屋の中央に置かれた古テーブルの上には木板や木槌、釘の入った小箱が置かれていた。その他にも、壁には鋤や鍬といった農機具が立てかけられ、部屋の隅に肥料や種籾の入った麻袋が積まれている。狭い部屋の中は物で溢れ返っているという印象だ。ただ、思ったよりも埃が少なく、床が綺麗なことが引っかかった。


「ーーここ。地下への入り口がある」部屋の奥の床を調べていたメディナが呟いた。「ここも鍵がかかってるわ」

「どれ」


 マルクがテーブルを迂回して近寄っていく。入口付近にいたティムも中に入ろうとしたが、そのとき突然、背後から修道衣の襟を掴まれたかと思うとそのまま後ろに投げ飛ばされてしまった。


「ーーってぇな」

 地面に尻餅をついたまま見上げる視線の先には執事バトラーがいた。バトラーは冷ややかな目でティムのことを見下ろしている。無機質な色をした鉄の鎧の表面が鈍く光る。


「施錠している場所まで立ち入る許可を与えた覚えはないが」

「オルガさんから許可もらったんだよ、馬鹿野郎」

 バトラーは横を向くと小さく舌打ちをした。「ーー余計なことをしおって」


 ティムは立ち上がると執事に告げる。「依頼の調査に必要なことなんだ。あんたが駄目だっつっても調べさせてもらうぜ」

 そう言ってもう一度中に入ろうとしたティムの背後で刃の擦れる音がした。振り向くと、バトラーは鞘から抜いた剣をこちらに向けて構えている。


「……冗談だろ?」

「館の秘密を嗅ぎ回るものは、容赦せん!」

 バトラーは鋭い振りで斬りかかってきた。慌てて後ろに飛びのいてかわすが、胸元の生地が縦に小さく切り裂かれる。


 ティムは舌打ちするとメイスを抜き、続くバトラーの攻撃を受け止めた。鍔迫り合いのような体勢になったが、体格に勝るバトラーにティムは徐々に押し込まれていく。


「こ、この野郎ーー」

「ダホス家に災厄をもたらす者には死を!」

 拮抗した状態からティムが突然後ろへ下がると、力のもって行き場をなくしたバトラーは思わず前へつんのめった。ウインドブレッシングの魔法を自分にかけたティムは機敏な動作でバトラーのサイドへと回り込む。


 無防備なバトラーの頭を、ティムは兜の上から殴りつけた。バトラーは脳震盪を起こしたように大きな体をふらつかせると、うつ伏せになってその場に倒れ込んだ。

「ーー悪いけどあんたに構ってる時間はないんだ。そこでしばらく眠っててくれ」


 離れの中に入ると既にマルクとメディナの姿はなかった。部屋の奥に進むと床にある地下に通じる扉が開きっ放しの状態になっている。中を覗き込むと鉄製の壁付け梯子が下へ向かって延びている。ティムは足を下ろすと慎重に梯子を下っていった。


 四方を狭い岩壁に覆われた梯子の途中で、ティムはふと、かすかな臭いを鼻先に感じた。何とも表現しがたい不気味な臭い。しかし、どこかで嗅いだことのある気もする臭い。足を下ろしていくにつれ、臭気は強さを増していく。そしてティムはようやく梯子を下り終えた。


 そこは狭い小部屋だった。岩壁に囲まれた部屋の天井から吊るされた油まみれのランタンの灯りが点り、真っ暗な部屋の中を照らしている。部屋の隅にはベッドがあり、壁に誂えられた木製のウォールラックをマルクとメディナが調べている最中だった。ティムが『点灯』の魔法を詠唱すると部屋の中に光が広がった。


 部屋の中のあちこちには陰鬱な痕跡が散見された。飛び出したベッドの四隅の支柱には鉄製の手錠がかけられていて、白いシーツの上には赤い血痕や体液の跡が残り、その傍らには木製の張形や直腸拡張器が転がっている。ベッドの下に置かれた木桶や金だらいの中には糞便の欠片や尿が残り、よく見ると床の上にも汚物が飛び散った跡があった。臭いの原因はこれらだったんだな、とティムは鼻に手をやりながら思った。


「死んだ領主はとんだいい趣味を持ってたみたいだな」と言いながらマルクはティムに一つの瓶を投げてよこした。中には何か透明な液体が入っているようだがこれだけでは中身が何なのか判らない。


「下剤だよ。他にも精力増強剤や筋肉弛緩剤の類まであった」

「つまり、三男ウォルターは父親にここで性的虐待を受けていたってことね」


 ティムは改めて部屋の中を見回す。手錠や桶は使い古され、部屋中にこびりついた汚れは一朝一夕でついたものではない。きっと、気の遠くなるような長い期間、ウォルターは最も信頼すべき立場である父に辱しめを受け続けてきたのだ。


「そりゃ、こんなことされたら殺したくなってもおかしくはないわな」

「……とりあえずもうここを出ましょう。もう限界」


 メディナの言葉を受けて地上に戻った三人は、建物の外でちょうど呼びに来たところだったオルガと出くわした。オルガは三人が領主の秘密を知ったことを察して一瞬暗い顔を見せたが、すぐに明るい表情に戻って「夕食、あんた達の分も用意したから食べていきな」と笑顔で言った。


 夕食が終わった直後に三人は食堂を出た廊下の途中でウォルターを捕まえた。

「ウォルターさん。話を聞かせてもらいたいんだけど少しだけ時間いいかい?」

 マルクがそう訊くと、ウォルターは驚いた顔をしてみせた後に「ーーええ」と頷いた。ティムにはその表情は少し憂いを帯びているように見えた。


「そうですか。すべて知られてしまいましたか」ウォルターはこちらに背を向けたまま悲しそうに言った。

「単なる興味で訊くんだけどよ、どうしてあんた、ウォルド村を出ていかなかったんだい?騎士団からの誘いもあったんだろ。父親から逃れたければ、それを受けることだってできたはずだ」


「……父はあまりにも多くを背負いすぎてしまったのです」ウォルターはぽつりと呟く。

「十数年前、ここウォルドの地は水はけが悪く、作物があまり収穫できない貧しい農村でした。それを先代から後を継いだ父が灌漑事業を推し進め、獣達の侵入を防ぐ柵を設置することでようやく安定した収穫が見込めるようになったのです。しかし、結果を出すにつれ、父にかかる住民達の期待も日増しに増大し、繊細な神経の持ち主だった父はある日、その精神を破綻させてしまった」


「……………………」

「誰しも完璧な人間は存在しない。さえなければ父は善良で勤勉な、住民のことを思いやることのできる良い領主だ。そう思って私は父を支えるため、この地に残ることを決意したのです」


「けど、それを恨みに思ってあなたは父ティンダー氏を殺したんじゃないんですか?」

「とんでもない」ウォルターは首を振った。「まだまだあの人は僕達にとって必要です。少なくとも、父の教えのすべてを僕らが受け継ぐまでは。追いかけるべき道標を失くした僕らは、一体これからどうしていけばいいんでしょうかね?」


 その後、「夜も更けてきたし、今日はこの館に泊まっていって下さい」と言うウォルターの申し出を受けることにした三人は、館の二階にあるマルクの部屋に集まって作戦会議を行うことにした。


「ウォルターには動機はあったけど父への殺意は見られなかったわね」

「やっぱりあの兄二人のどっちかが犯人じゃないのか?」

 ティムがそう意見するとマルクは首を振る。「いや、そう考えるのは早計だ」

 どうして、と理由を訊こうとしたティムの前にマルクは顔を突き出した。


「忘れたのか。堕落者は自分の欲望を満たすためには手段を選ばない。つまり、平気で他人に嘘をつくことができるんだ。現に、宵闇の殺人鬼の奴も、普段は善良な衛兵の振りをして日常生活を送っていた」


「明日は兄二人の詳しい話を訊くことと、物的証拠を探す方向にシフトした方がいいかもね」

「ああ。そのためなら、奴らの自室を探索することも考えておいた方がいい」

「そんな!それじゃまるで空き巣じゃないか」


 ティムは反論したがマルクはそれをすげなく撥ねつける。

「あのな、俺達は騎士や聖職者じゃないんだ。俺らにとって大事なのは、いかにこの事件を早急に解決して被害者を未然に防ぐかってことだ。そのためなら手段を選んでる暇なんてないんだよ」


「でももし見つかって訴えられたら?」

「そうならないようにうまくやるのが一流の冒険者って奴よ」

 

 その後もティムとマルクがああだこうだと言い合い、その様子を呆れた表情でメディナが見つめながら夜は暮れていった。そして夜が明けた後、朝食を摂るために一階へ下りようとしていたティムの耳に、若い使用人の女の悲痛な叫びが聞こえてきた。

「誰か!誰か早く来て、お願い!ウォルター坊ちゃまがーー」

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る