第23話 ダホス家の屋敷

 三人はウォルド村の地に降り立った。人口四百人余りの一般的な規模の村だと聞いているが、村の周囲をがっちりとした高さのある丸太の柵が隙間なく覆っており、領主の危機管理への意識の高さが見てとれる。息子達全員が武に長けているというのもその表れの一つなのかもしれない。


 曇天の下でも村民達は畑仕事や家畜の世話に勤しんでおり、子供達の姿もちらほらと見えることから割と平和で豊かな部類の村のようにティムには思えた。しかし、隣のメディナの表情は馬車を降りた直後から随分と険しい。


「ーー何か感じるのか?」ティムはメディナに訊ねた。

「腐臭がするわ」

 メディナの言葉に眉を潜めたティムは注意深く匂いを嗅いでみるが、何も感じない。

「俺には何も匂わないが」


「無駄だぜ」マルクが横から口を挟んだ。「メディナの魔的な存在に対する嗅覚は異常だ。こと邪悪なものに対する感覚は斥候スカウト職の俺さえ及ばない」

「となると、既に村には邪悪な何者かが潜んでいるってわけか」

「ああ」マルクは静かに頷く。「今から、村を出るまで決して気を緩めるなよ」


 ダホス家の屋敷に行くと入口の前で鎧姿の体格の良い人物に出迎えられた。ティム達を前に鎧姿の男は慇懃に頭を下げる。

「お待ちしておりました。私はこの屋敷の執事を勤めているバトラーと申します。フリード様達が食堂であなた方をお待ちです。今からご案内致しますので、どうぞ中へ」


 バトラーが分厚い玄関扉を開けると立派な石造りの内装が姿を見せた。綺麗に塗られた漆喰の壁が白く輝き、床には高価そうな赤い絨毯が敷かれている。長い廊下の途中に置かれた幾つかのテーブルの上には壺やオブジェ等の美術品が置かれ、天井にはシャンデリアまであった。村人達の住まいである木造家屋とはまさに一線を画している。


「ーー豪華ね」

「少なくとも死んだ領主は相当なやり手だったみたいだな」


「ようこそウォルド村へ。私が長子のフリードです」

 食堂では三人の息子が待ち構えていた。並び立っている中央の人物に自己紹介されたのでティム達もそれぞれ名を名乗る。

「こちらが次男のダヤン、こちらが三男のウォルターです」


 長男のフリードは長い金髪と顎髭を蓄えた落ち着きのある人物だった。その堂々とした立ち姿からは、長男として亡き父の跡を継ぐ決意のようなものを感じる。対照的に次男は、黒髪を後ろに撫で付けて鼻の下にちょび髭を生やしたどこか狡猾そうな人相の人物だ。そして三男のウォルターは茶髪を綺麗に刈り込んだ髪型の美男子だった。睫毛の長い瞳は優男のような少し控えめな雰囲気を醸している。総じてそれぞれ違った個性を持っている兄弟だった。


「立ち話もなんですから」

 フリードに勧められて各々食堂のテーブル席に座った。二十人掛けの大きなテーブルの片隅にバトラー含む七人が集まって顔を付き合わせる。マルクが形式に沿って事件のあった日の出来事を三人に質問していくさまを、ティムは隣でじっと耳をそばだてていた。


「……じゃあ、あなた方には全員アリバイはあるし、動機もないと」

 そうマルクが最後に確認すると、フリードは憤った様子を見せてテーブルの上を拳で叩いた。


「当たり前です!私達は父を尊敬していた。まだ教わっていないことだってたくさんあった。どうして我々が父を殺すと言うのです?父は何者かによって突然その命を奪われてしまった。最も悲しみ、混乱しているのは我々なのですよ!」


 ダヤンとウォルターは俯いて両拳を握っている。

「ーーわかりました。ご協力、どうもありがとうございました」とマルクはその場を引き払った。


 父ティンダーの業務の引き継ぎや各方面への対応があるとのことで三人の息子と執事バトラーは席を外してしまった。屋敷内は自由に探索して構わない、とのことだったのでティム達は素直にその言葉に甘えることにした。


「次はどこへ行くんだ?」

「情報提供者のところだ」

「情報提供者?」

「ああ。息子達が怪しい、って睨んでるこの屋敷の住人さ」


 使用人に居場所を訊いて探すと件の人物は裏庭で見つかった。使用人長のオルガは三人の姿を見ると急いで駆け寄ってきた。

「あんた達かい?ギルドから来てくれた人達ってのは」

「ああ、あんたがオルガさんだね。少し話を訊かせてもらえると嬉しーー」


「早く犯人を捕まえとくれ!」

 叫ぶように懇願するオルガの様子に三人はただならぬ雰囲気を感じ取った。

「どういうことだ?」

「あんな……あんなことする奴は人間じゃないよ。人の皮を被った悪魔がこの辺りをうろついてるんだ」


 そう言うとオルガは身をかばうようにして震え始めた。その顔は恐怖と不安ですっかり青ざめている。

「旦那様の死体があったのはすぐそこさ」オルガが指差した方向を見ると土の上に箒で何度も掃かれた痕跡があった。しかし、それでも拭えない血の跡が広範囲に広がったまま残されている。


「旦那様は八つ裂きにされたような状態だったよ。手足の指の先まで細かく斬り刻まれて、まるでミンチのような状態になってて……切り開かれた腹の中から取り出された腸や内蔵もばらばらにされて辺りにばらまかれていたんだ」


 三人の表情が引き締まっていく。今さら残酷さに怯えるわけではないが、こんな話を聞かされて胸糞が悪くならないと言えば嘘だった。


「おまけにご丁寧に頭だけはほとんど無傷で残されていてーー私ゃ、生まれて初めて見たよ、あんなに苦しんだ人間の死体の顔を!苦しんで苦しんで、苦しみ抜いたような表情を浮かべたまま旦那様は亡くなってた。……あんな所業、赦されていいわけがないんだ!」


 怒りと悲しみでオルガの声は震えていた。『遺体の損壊は激しい』と依頼書にはあったが、実際に目の当たりにした立場の彼女の心痛は察するに余りあった。

「わかったよ、オルガさん。俺達が絶対に犯人を捕まえる。そのためにも、もう少し詳しく話を訊かせてくれ」


 その後、落ち着いたオルガから少しづつ話を聞くことができた。やはり食堂での息子達の態度は建前で、それぞれ父に対して腹に一物抱える部分があったようだ。


「ティンダー様は厳しい御方でね。武術の訓練中に幼かったフリード様達に手を上げて怪我をさせることもしばしばあったんだよ。おまけに奥方様が重い病にかかったときには、治る見込みが少ないと知ると、すぐに薬や食事の質をお下げになった。私が懇願しても『外への体裁さえ保てていればそれでいい』と言って頑として聞き入れていただけなかった。そんな振る舞いが長年積み重なって、きっと、フリード様達も思うところはあるはずなんだ。けど、だからといってあんな真似が赦されていいわけがない」


「三人の中でも特に恨みを持ってそうな人物は一体誰なの?」

 そうメディナが訊くとオルガは途端に表情を曇らせた。「……どうしても、言わなきゃだめかい?」


「そりゃそうよ」メディナははっきりと告げた。「あなただって一刻も早く犯人を捕まえて欲しいんでしょう?なら、持ってる情報は全部教えてくれなきゃーーそれに」

「?」オルガが訝る。

「それに、またさらに犠牲者が増える可能性だってあるわ」


「まさか!」

 オルガは驚愕した様子を見せた。ティムにはメディナの真意はわかっていた。メディナ、そしてマルクも犯人はおそらく堕落者だと思っている。老いたとはいえ、武術の心得のある領主が常軌を逸した形で惨殺されたのだ。そう疑わない方がおかしい。


「とにかく、俺達を信じて話してくれ。大丈夫、あんたやダホス家を貶めるようなことはしない。必要な情報以外は外には絶対に漏らさないよ」

 オルガは唇を噛んでしばらく躊躇する素振りを見せていたが、決意したように顔を上げると、その重い口を開いた。


「……私は、ウォルター様が一番怪しいと思ってるんだ。理由は私の口からは言えない。知りたければ、屋敷の東にある離れに行ってみな」





 


 


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