第22話 親殺し

 王都ソレミア城地下ーーそこには外部から隔絶され、国家機密レベルの研究が行われているフロアが存在する。ある人物から呼び出しを受けていたマルクは薄暗い廊下の壁に無数にあるドアの一つをノックした。

「おお、来たか。入ってくれ」


 扉を開くとすぐに防腐剤の不快な臭いが鼻をついた。部屋の中央には木製の手術台があり、そのかたわらにいる人物がこちらを見つめている。

「急に呼びつけたりして悪かったな」医学博士のサイモンはおざなりに言った。

「いや、大して悪いとも思ってないでしょ」


 そうマルクが毒づくとサイモンは目尻に皺を寄せて白い歯を見せる。ざんばら髪の白髪に眼鏡という出で立ちは、まさに学者肌といった印象を見る者に与えた。

「かっはっは。相変わらず言葉を選ぶことを知らぬ人物だな、お主は」

「それで、何かわかったことはあったんですか」

「ああ。少しだけではあるがな」


 マルクが訊ねるとサイモンは手術台を振り返った。そこには一人の人物の死体が静かに横たわっていた。マルクにも見覚えのある顔。『宵闇の殺人鬼』こと衛兵ゴードン=シュタイナー。しかし、その外見はあの夜とは大きく異なっていた。ティムが治癒したはずの頭は大きく爆ぜ、胸から下腹部にかけてメスで大きく切り開かれ、体の中身は露出している。


「結局、取り押さえるまでに三人の衛兵が亡くなったそうだ」

「取調室で突然暴れ始め、その後急に頭を破裂させて死んだ……一体何があったんです?」


 うむ、とサイモンは頷くと堕落者の頭部を指差した。「以前にも教えた通り、堕落者となった者は脳の性質を大きく変質させ、人知を大きく越える力を得る。その代償として人間としての慈悲や自制心、優しさといった大切なものを失い、自らの根源的な欲求を満たそうとするだけの怪物へと変化を遂げる」


「……まるで魔物そのものだな」

「まさしく。そして今回判明したのは堕落者に備わった『停止機能』だ」

「……停止機能」


「用済みとなった堕落者は、使役者の発した魔力信号を合図に脳を破壊され、その活動を停止する。堕落者となっても人間を欺くために知恵やコミュニケーション能力は残っている。余計な情報を暴露させないために蜥蜴の尻尾切りを行うわけだ。……実に魔族らしい冷酷な手口だよ」


「つまり、ゴードンは使役者によって始末されたと」

「うむ。堕落者となった者に待ち受ける運命は、概ね『死』ということだろうな」


「やはりバックには高等魔族が潜んでいるとお考えですか」

「ああ」サイモンは重々しく頷く。「極めて慎重に、スマートなやり方で人間社会の転覆を企んでいる。これは私の個人的な意見だが、きっとこれからも堕落者の数は増えるぞ」


「……嫌な時代になりそうですね」

「まったくだ。権力者や金持ちなどは格好の餌食となるだろう。これから世の中は荒れるぞ」


 マルクは考え込んだ。これがただの衛兵レベルだからまだどうにかなるが、人類の究極レベルの達人が堕落者になれば、おそらくそれは国家規模の災害レベルの災厄を引き起こすことになる。想像しただけで戦慄する。この平和な国ソレミアが地獄と化すのだ。


「お主の考えていることはわかるよ。そのためにも我々、国側の人間もギルドの者の働きには期待している」

 そう言いながらサイモンは一枚の紙をマルクに手渡した。


「これは?」

「依頼書だよ。地方の一領主が殺されただけのよくある事件だが、私はこの事件の裏に堕落者の存在が関わっているとみている」

「…………」マルクは依頼書の内容を凝視した。


「単純な見かけの依頼難度に惑わされるなよ。堕落者に関しては未だ未知なる部分も多い。くれぐれも気をつけて任務に当たってくれ」


♢♢♢


 王都の西、馬で一日と少しの距離にあるオルスト地方の街道から外れた道を一台の幌馬車が走っていた。整備されているとはいえ砂地なので時折小石に乗り上げたりして車内に振動が伝わる。そのたびにマルクの隣の席に座っているメディナが顔をしかめた。

「やっぱり私、馬車って苦手」そう言いながらメディナはウェーブのかかった淡い紫色の長い髪を撫でた。


 手持ち無沙汰のティムは渡された資料の中にある依頼書をもう一度見てみる。二日前に急にマルクから見せられ、今回の旅のきっかけとなったものだ。



依頼No. 63:ダホス家の当主殺害事件の犯人の確保


難度:★★★~★★★★


概要:オルスト地方にあるウォルド村を治めているダホス家の現当主が惨殺された。

貴クランには現地に赴いてもらい、王国警察が村を訪れるまでにその犯人を明らかにし、スムーズに逮捕・連行ができるように前もって確保しておいてもらいたい。


期日:狼の月二十九日


備考:容疑者はいずれも王国主催の競技会で優秀な成績を修めた武術家でもある。犯人は生きたまま無傷で確保することが望ましいが、場合においては武力による制圧も考慮されたし。


報酬:金貨六十枚+銀貨五枚



「この難度の★★★から★★★★ってのはどういうことなんだ」

「現時点では被害者であるティンダー=ダホスの三人の息子が容疑者として名前が挙がっている。もし仮に三人のうちの誰かが犯人で、確保するときに強固な抵抗にあった場合のときのことが考慮されていて難度に揺らぎが持たされているんだ。まぁ、あまり難度に囚われずに現場で何が起こってもいいように心構えをしておくべきだろうな」


 ティムはさらに資料をめくって容疑者達の情報を確認する。


 長男フリード=ダホス。三十歳。次期ウォルド村の領主の最有力候補だった人物。七年前の全国武術大会の西部予選でベスト8まで勝ち進んだ斧の使い手。金銭にシビアな面があり、父に税収の引き上げを訴え、口論になっている場面を以前、家人に目撃されている。


 次男ダヤン=ダホス。二十七歳。父の片腕として主に村の施政部門を任されている人物。三年前の全国武術大会のオルスト地方予選で見事優勝した経験を持つ槍の使い手。賭け事が好きな一面を持ち、父に金を無心する様子を難度も目撃されている。


 三男ウォルター=ダホス。二十一歳。主に村の農業・土木部門を任されている人物。昨年の全国武術大会の決勝トーナメントで一回戦敗退の実績がある二刀流の長剣の使い手。優秀な人物で騎士団からの誘いもあったがなぜか村に残っている。やはり父との口論を家人に目撃されている。


「まあ、どの息子も父親との確執はあったみたいだ。後は現地で調査して裏を取るしかない」

「やはり、目的は父の遺産や地位だろうか」

「さあな。外から見ればそう見えないこともないが、実際の話まではわからん。調査のやり方なんかはまだわからんだろうから、せめて戦闘の準備ぐらいはしておけよ」


「そのことで訊いておきたいことがあるんだが」ティムは二人を交互に見ながら尋ねる。「二人はギルドのランクで言えば一体どのくらいの強さなんだ?」

「おいおい。何だか随分と不躾な質問だな」


 そう言ってマルクは笑う。しかし、ティムにとってはいち早く知っておきたい重要な情報だった。この質問の答えによって、ある程度自分と目標との距離が理解できる。


「まあいい。俺とメディナはギルドのランクでいうところのB+といったレベルだな」

「B+?随分と中途半端なランク付けだな」

「もちろん便宜上のものだ。実際のランクはBだが、実力的にAに限りなく近い冒険者をB+、B++などと現場の人間は呼んでいる」


「半年後のギルドの試験を受ければおそらく私達はAにランクされることになるわ。そうすればこのクランはAクラス以上のランカーが五人在籍することになる」

「ちょっと待ってくれ。五人ってことはーー」


「言ってなかったか?黒の白には他にもあと二人の冒険者が所属している。そいつらは俺達よりもさらに腕が立ち、AクラスとA+クラスの実力を持ってるんだ」

「悔しい話だけどね。ただ、味方になればこれ以上心強い人達もそうはいないわ。ーーまぁ、二人とも相当な変わり者なのは確かだけれど」


 さすがギルドナンバー2のクラン、やはりかなりの手練れ達で構成されているようだ。おそらく、ここにいれば今よりもずっと強くなれる。そんな確信をティムは抱くのだった。彼らについていければの話だが。


「……アシェドはもっと強いのか?」

「当たり前でしょう?彼はギルドでもわずか五人しかいないSランカーのうちの一人よ。冒険者というくくり抜きでも、この大陸で十指に入る実力だと言われているわ」


 やっぱりそうか。あの日の夜の晩餐でのアシェドの姿を思い出す。彼のまとっていた空気は明らかに強者のそれだった。ローガンや、"聖者の行進" にいたあの騎士に通じるようなーー。


「将軍や騎士団長みたいな軍部のトップクラスはどうだ?」

「ランク付けはされてないとは思うが、あえてランク付けするならAからSは下らないと思うぜ。なんせ向こうは腐っても戦争屋だ。まあ、軍部といってもピンキリだろうが」


 まいったな、とティムは思わず苦笑する。修道院では腕の立つ方だと思っていたが、自分よりも明らかに強そうな人物が王都にはごろごろいる。世界の広さを感じると共に、これだけでも修道院を出た甲斐があったな、と武者震いのようなものも同時に感じた。

 

 その後もティム達は一路、ウォルド村を目指して何時間も馬車に揺られ続けていったのだった。

 






 


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