第25話 殺意
食堂のテーブルの真ん中には眠るように目を閉じたウォルターの生首が置かれていた。その唇はやや血色を失いかけていたが肌艶自体は良く、昨晩会話したときと変わらない美貌がそこには残っていた。
「お体の方はウォルター様の御自室の方にごさいました。ーーああ、それにしても一体どうしてこんなことに!」
そう言うと使用人の女性は顔を覆って嘆いた。バトラーやオルガ達、他の家人も沈痛な面持ちで黙り込んでいる。
「フリードさん、ダヤンさん。申し訳ないけど、昨晩どこにいたか訊かせてもらえないかな?」
マルクがそう二人に訊ねるとバトラーは憤りをみせた。「無礼な!貴様、言うに事欠いてお二人に疑いの目を向けると言うのか!」
「よい、バトラー」フリードは忠実な雇い人を制止した。「彼らは事件の解決のためにはるばるこの村を訪れたのだ。ダホス家の人間として協力するのが筋だろう」
「そう言っていただけるとこちらとしても助かります」そう言ったマルクだったが、その顔からは疑いを持った眼差しは消えていない。
「夕食後は自室に籠りきりで書き物に勤しんでいた。父上がお亡くなりになっても王都の高官や近隣地域の領主達との関係は保っていかなくてはならないのでな。各方面に出す手紙の作成に追われて床についたのは日が変わってしばらくたってからのことだった」
「私も兄上と同じく遅くまで机に向かっていた。先月から引き続いての用水路の修復箇所のことや、農民のまとめ役に出す指示のことについて考えをまとめておく必要があった。知らぬ間にそのまま眠っており、気がついたら窓から光が射し込んでいた」
「その間に部屋から外出は?」
「いや、一度も。おそらく隣の部屋のダヤンも同じだ。夜中に扉を開ける音がすればすぐに気がつく」
「兄上の言うとおりだ。私も一度も席を立っていない」
「誰か、お二人のお姿を目撃された方はいませんか?」
そうマルクが訊ねても、誰一人反応を見せようとはしない。
「お二人のお部屋は屋敷の二階北西の奥で、その区画にはダホス家の血を引く方々の部屋しかない」
バトラーの補足説明を聞いてティムはますます疑念を深めた。ということは、二人のどちらにも誰にも目撃されずにウォルターを殺害することができたわけだ。そして、二人ともが自らの潔白のみならず互いの無実をも主張するような証言をしている。どちらかが相手をかばっているのか、それともーー
「あの」黙っていたオルガがおずおずと前へ出た。「お話のところ申し訳ないけど、先に朝食にしないかい?ウォルター様をこのままにしておくわけにはいかないし、調査が長くなりそうなら、力をつけておく必要があるだろ」
「お、俺がやります!サンドイッチとか軽いものならすぐにできるでしょうし」
「わ、私も!」
他の使用人達が次々と手を挙げた。自分の主達が無惨な死を迎えて、彼らはずっと当惑していたのだろう。手を動かしていた方が気が紛れると思ったに違いない。
「それなら食事を作る者以外は皆、一度自分の部屋に戻ろうではないか。食事は各々の部屋に運ばせて各自そこで摂ってもらうということでーー」
「反対ね」
メディナの発言によって、一斉に彼女へ注目が集まった。
「今、館の中には血に飢えた獣がうろついているような状態よ。そんな中、それぞれが独りになるのなんて自殺行為だわ。お互い固まっていた方が相手も手を出しづらいし、こちらとしても守りやすい」
使用人達の中には、うんうん、と頷く姿が見える。しかしフリードは頑なに強硬な態度を崩そうとはしなかった。
「はっきり言うが、ここは私達の治める村であり屋敷であって、君達の家ではない。ここにはここのルールがあり、私達には他にもやらなければならないことがある。確かにこの事件の解決にはうちからもいくばくかの褒賞金を出している。しかし、私達の仕事を邪魔するのであれば、依頼自体を取り下げることも辞さないと考えている」
二人の間に一触即発の空気が漂った。しばらくの間睨み合っていた二人だったが、先に折れたのはメディナだった。
「……わかりました。しかし、捜査の方は継続させていただくわ」
♢♢♢
「何だよ、あのおっさん!」
部屋に戻ってきたティムは憤りを見せた。「今の状況じゃどう考えてもみんな一緒にいるのが得策だろうがよ!」
「しかし、これではっきりしたな。間違いなくフリードは怪しい」
「ええ。私達に対する異様な拒絶感を感じたわ」
「これからどうするんだ?」
「朝食を終えたらフリードの部屋へ向かおう。抵抗に合うかもしれんが、こうなったら一刻も早くフリードが白か黒かはっきりさせた方がいい」
「そうね。私もそう思う」
そう言うとメディナは窓から部屋の外を見た。「ウォルターが死んでから邪悪な気がさらに膨れ上がるのを感じるわ。さらに何かが起きる前に早急に手を打たないと」
そのときだった。二階の東側にあるティム達の部屋まで、凄まじい悲鳴が聞こえてきた。三人は顔を見合わせることなく部屋を飛び出すと一気に階段を駆け下りていく。そして再び起こる悲鳴。悲鳴は一階奥にある炊事部屋の方角から断続的に聞こえていた。
部屋の扉は開き、前の廊下に血を流した使用人の姿があった。ティムは急いで駆け寄ると彼女を抱き起こし、治癒魔法を唱えようとした。しかし鋭利な刃物で心臓を貫かれている彼女は、虚ろな目をして既に事切れていた。ティムは歯を食い縛ると彼女の目をそっと閉じた。
部屋の中に入ると更に凄惨な光景がそこには広がっていた。別の使用人が一人、二人と血を流して死んでいる。
「ーーう、ぐぐぐ…………」
そして、割れた皿や引っくり返った食事を踏みつけて立っている次男のダヤンが、バトラーの首を掴んだまま宙へ持ち上げていた。
「な、何をなさるのです、ダヤン様……」
バトラーの目は大きく見開かれており、口の端からは白い泡が吹き出している。バトラーはダヤンの腕を必死に振りほどこうとするのだが、細身のダヤンの手は微動だにしていない。ダヤンのもう片方の手には銀のパルチザンが握られている。
ダヤンはパルチザンを持ち替えると、無造作にダヤンのみぞおちの辺りに深く突き刺した。
「はうっ!」
槍の穂先がバトラーを鎧ごと貫くと、ダヤンはバトラーの首から手を放して貫かれたままのバトラーの体を早贄のようにして持ち上げた。そしてそのまま壁に押しつけると、バトラーの死体に足をかけて一気に槍を引き抜いた。
大きな音を立ててバトラーが床に倒れ込むのと同時にダヤンはこちらを振り向いた。その目は爛々と赤く輝いている。
「ーーお前が領主やウォルターを殺したのか」
そう問われたダヤンはひきつったような笑い声を上げた。「四の五の言わずに金をよこさねぇからああなるんだよ。ーーひゃっひゃっひゃっ!」
「どうした?一体何があったんだ」
そのとき、突然背後から声がしてティムは振り向いた。そこには呆然とした表情のフリードが立っていた。
「ダヤンか?お前、一体何てことをーー」
そう言ったフリードの両目が、赤く光り始めた。
「やるならさっさと言えよ。待ちくたびれたじゃないか」
フリードは背中に背負った銀の斧を抜く。濃縮されたような殺意を突きつけられたまま、ティムは一つ大きな深呼吸をしてから自分のメイスを抜くのだった。
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