第16話 所属クラン探し

 ティムが歩を進めていくと周囲の建物の雰囲気が様変わりしてきた。明らかに高級そうなな建材が用いられた豪奢な建物が増え、一つ一つの敷地が広い。どうやらこの辺りは東地区でも高級住宅街にあたり、おそらくは富豪や王都で要職に就いている人物が暮らす地帯のようだった。場違いな雰囲気を感じとりながら、ティムは目的の場所を探す。


  "聖者の行進" の本拠地は美しい白亜の邸宅だった。綺麗に手入れされた芝生の庭の中に、落ち着いた色合いのフラットな瓦屋根の建物が配置されている。豪勢な外観だが建物自体はこじんまりとしたもので不思議と下品さは感じない。家主の控えめな性格が表れているかのようだった。


 家の前でクランのメンバーのうちの一人らしき騎士が掃き掃除をしていた。これだけ立派な建物だから使用人に庭の管理を任せているのかと思いきやそうでもないらしい。騎士は箒とちりとりを両手に持って黙々と掃除を続けている。


 そのとき、騎士はティムの存在に気がつくとゆっくりと近寄ってきた。騎士は友好的な笑みを浮かべるとティムに話しかけてくる。

「ようこそ、クラン "聖者の行進" へ。どのようなご用件でしょうか?」


 ティムが騎士に最初に抱いた印象は、でけぇ、というものだった。ティムより頭一つ近く高い背丈はおそらく百九十センチはあるだろう。おまけに横にも奥にもでかい。太さは感じさせないものの、がっしりとした筋肉に覆われた体は日頃の壮絶な鍛練を想起させた。


 極めつけには美男子ときている。滑らかな金色の髪をして白銀の鎧を身にまとった騎士は、まるで物語の中からそのまま出てきたような美しい佇まいをしていた。こんな奴が現実に存在するんだ、とティムはぽかんと呆気にとられていた。

 「?」不思議そうに見つめてくる騎士に、我に返ったティムは慌てて質問する。


「あの、そうだ。このクランで働きたいと思ってるんだけど」

 すると騎士は残念そうな顔をした。「すまない、今、このクランでは新たな人員は募集していないんだ」


「そうか、そうだよな」ティムは思わず肩を落とす。こんな良環境の場所に入りたい人間は後を立たないだろう。さすがギルドナンバー1のクラン。


「あっ。でももし君にまだその気があるのなら、たまにギルドの掲示板を覗いてみてほしい。そのときは、クランの方から新たに募集する張り紙が必ず出るはずだから」

 騎士が気落ちした様子のティムを見て慌ててフォローする。何だ、性格までいいのかよこの男。


「わかったよ。それじゃあ」

 騎士に別れを告げるとティムはその場を後にした。振り返ると騎士が建物の中に入っていく背中が見えた。


 あいつ、たぶん。それは鷹狩りのときに戦ったレッドヘルムに共通して感じた部分だった。常に全身から気を発散しているような、じっとしてるとそのまま食われちまうようなーー。あんな奴が王都にはいるんだな、と思ったティムは、いい手土産をもらったような気持ちで次のクランの場所へと向かった。


  "明けの明星" の建物の扉には鍵がかかっていた。扉には札がぶら下がっており、その表面には「Not Available」の文字が踊っている。おそらく依頼で外出中なのだろう。残念に思いながらもティムは気を取り直してすぐに次へと向かう。


 ーーここが "黄金の船" か。

 ティムは目の前の巨大な建物を見上げた。"聖者の行進" ほど豪華な建物ではないが、しっかりしたつくりの木造の建物は家屋というよりは倉庫の一種のような場所だと思わせた。ギルドで聞いた話によればここ数年で一気に台頭してきた新進気鋭のクランとのことだが……


 開け放たれた入口の両開きの扉から何人もの冒険者らしき男達が出てきた。その両手や背中には大量の荷物が抱えられている。男達はティムの顔を一瞥すると、慌ただしく敷地内から出ていった。ティムは怪訝な顔になった後、扉の影から中の様子を伺おうとする。


 そこはまるで朝の港のようだった。監督者らしき人物の男の指示に従い、壁際にうず高く積まれた木箱の中から荷物を受け取った冒険者達が、こちらに向かって歩いてくる。怒号が飛び交い、人々は忙しなく辺りを走り回っていた。


 そうか、ここは荷物の輸送に特化したクランなのか、とティムは得心した。建物の中には四十人近い人間がひしめいているが、これは一つのクランの平均在籍人数である二十人から三十人よりも明らかに多い。大口の取引先さえ確保できれば、人海戦術で大きな業績を見込むことができる。中々賢いやり方だな、とティムは思った。あまり好きではないが。


「もしかして、新しいクラン加入希望者か?」

 突然呼びかけられてびくっと反応したティムは後ろを振り向いた。そこには大柄の男性が立っていた。細目でがっしりとした体型の男性は腰に手を当てたままティムに微笑みかける。「こんなところで話をするのもなんだ。遠慮せず中に入ってくれ」


 半ば追いたてられるようにして建物の中に入ったティムはうかない表情で周囲を見つめた。

「"黄金の船" の代表者のロズウェルだ。よろしく」

 ティムは目の前に差し出された手を渋々握り返した。まずいなぁ。今さら乗り気じゃねぇなんて言い出しにくい雰囲気になってきたぜ。


「見ての通り、うちでは国内外の荷物の配送を主に取り扱っている。おかげさまで年々業績は右肩上がりで、最近では有名な領主からの依頼も増えてきている」

 あ、何か知らねぇけど自慢話が始まった。


「薄利多売!福利厚生!業績安定!これからは時代の先を読んだ人間が巨万の富を掴むのだ。お前もそうは思わないか?」

「はぁ」

 気乗りしない返事のティムに気がつかない様子でロズウェルの弁は熱を帯びていく。


「うちは今、事業の拡大を考えていて、ゆくゆくは運送業だけでなく、飲食、娯楽の分野にまで進出していこうと思っている。うちに来れば将来は安泰だぞ、なぁ!はははは」


 ロズウェルの大きくなる笑い声に反比例してティムの気持ちは沈んでいった。俺が望んでるのは商人としての成功なんかじゃねぇ。ただ、強くなって神父やアルマ、そして修道院のみんなを守りたいだけだ。こんなところにいたって、一年でAクラスにまで到達できるとはとてもじゃないけど思えねぇよ。


 あの、と断りの返事を入れようとしたティムの背後で、突然何かが割れるような大きな物音がした。振り向くと部屋の真ん中で男性が倒れている。その前方の床の上に割れた瓶の破片が散乱し、赤紫色の液体が水溜まりを作ってじわりじわりと拡がっていく。


「またあいつ、やりやがった」

 鋭く舌打ちしたロズウェルはティムを置いて男性の下へ歩いていった。ティムも彼の後を追う。

 男性の周りには人だかりができ、彼に手を貸すことなく傍観したままその様子を眺めていた。


「モルコス。お前、これで今月に入って三度目だよなぁ」

 先程の口調とはうってかわり、ロズウェルは凄むような声でモルコスと呼ばれた男に迫った。モルコスは震えながら怯えた表情をその顔に浮かべる。

「すっ、すいませんロズウェル様。必ず弁償いたしますからーー」


「あ?そんなのは当然だろ。俺は、どうやって先方に対して落とし前つけるつもりかって聞いてんだよ。お前のせいでうちの信用はがた落ちだ」

「すいません、すいませんーー」

「まあ、いいから立てや」


 ロズウェルはモルコスを立たせると気をつけの姿勢を取らせた。恐る恐る手の先を足の横につけ、顔を上げるモルコス。すると、ロズウェルは無言で自分の拳をモルコスのみぞおちに力一杯突き立てた。


「げはうっ!」

 虚を突かれたモルコスは悶絶しながらそのまま床に膝をつくと大量の胃液を吐いた。周囲の者の目が嗜虐や恐怖の色に染まり、あるいは無関心な表情を保っていた。ロズウェルはモルコスの頭を足蹴にして再び立つよう命令する。


「そのワインは全部で金貨三枚分の値段だぁ。せめてお前の顔を三十発殴らせろや。そうでもしなきゃ、俺のこの腹の虫が収まんねぇ」

 そう言って再び拳を振りかぶったロズウェルの手首をティムは握った。


「あ?」不機嫌そうな顔をしたロズウェルが振り向く。

「弁償するって言ってるだろ。もうやめておけよ」

 するとロズウェルは周囲の者達の方を見て突然吹き出した。「ぶっ。あはははは。おい、お前ら。こいつをどう思う?言うに事欠いて『やめとけ』だってよ」


 何人かが笑い、何人かは悲しそうに目を逸らした。こんな状況でも彼を諫めようとする人物は現れない。どうやらここではロズウェルは独裁者のような存在のようだった。

「わかったよ、こいつを殴るのはやめる。ーー代わりにお前が殴られてくれりゃ、な!」


 そういうやいなや、ロズウェルはティムの手を振り払い、振り向き様に殴りつけてきた。ティムがそれを受け流して拳を構えると、ロズウェルは再び嗤った。

「ほう。俺とやろうってのかい?面白ぇ、その澄ました顔をボコボコにしてやるよ!」

「やっちまえ、ロズウェルさん!」


 小判鮫のように従う部下の囃し立てる声が聞こえてティムはげんなりした。こいつらは気がついていないのだ。反抗せずに迎合することで自分達を取り巻く環境がより悪化しているということに。


 ロズウェルは両の拳を順に振り回してきた。ティムはそれを後ろに下がりながら腕先で一つ一つ捌いていく。恵まれた体格による攻撃はそれなりの威力と重さを感じさせたが、力みがひどく、武術の心得を感じない。文字通りただの「ぶん回し」に過ぎないものだったので避けるのは容易だった。


 ーーこんなもの、レッドヘルムやローガン将軍の攻撃に比べりゃ、てんで大したことねぇや。


 かわし続けているとすぐにロズウェルの息が上がってきた。その顔に憎しみの感情が浮かび上がってくる。そして、もう一度飛びかかってきたロズウェルの拳をかわすと、ティムは右手で彼の両足を払った。


 ロズウェルの体が空中で一回転し、大きな音をたてて背中から床の上に落ちた。痛みにロズウェルの顔が歪む。そのとき、どこからか笑いを堪えるような声が聞こえてきた。大勢の前で恥をかかされたと思ったロズウェルの顔が怒りで真っ赤になる。

「……お前ら、こいつをやっちまえ!絶対に生きて帰すな!」


 ロズウェルの声に呼応して数人の荒くれ者達が群衆の中から前へ躍り出る。その手に握られた曲刀シミターを見て小さな悲鳴がいくつか起こった。男達はティムを取り囲むと笑みを浮かべながらロズウェルに訊く。


「いいんだな?あんたの敷地内で殺っちまっても」

「構わん。後で部下に全部処理させる」

 それを聞いて安心したのか、男達は距離を詰めてくると、一斉にティムに襲いかかってきた。周囲から悲鳴のような声が巻き起こる。


 ティムはメイスを抜くと柄の側の先端を床の上に突き刺した。そして手のひらから魔力を流し込むと、次の瞬間、ティム自身を中心として風属性の衝撃波が放射状に広がっていった。


「うおおっ!?」

 男達は衝撃波に飲み込まれるとあっという間に吹っ飛ばされていって部屋の端の壁に叩きつけられた。木壁にひびが入るほどの強い衝撃を受けた男達はその場にくずおれ、そのまま動かなくなってしまった。


 呆気に取られた様子で見つめるロズウェルや周囲の者の目の前で、ティムはモルコスに肩を貸して起き上がらせた。そして畏怖の表情を浮かべて進路を開ける者達を尻目に、二人は建物の中から外へ出た。


 幸いモルコスの怪我は大したことはなく、軽い治癒魔法で彼は正気を取り戻した。

「あ、ありがとうーー」

 吐瀉物を口につけたまま礼を言うモルコスに、ティムは諭すように言った。「あんたもこんな場所は早く辞めな。報復が怖いのはわかるけど、もっと自分のことを大切にしてやんなきゃ」


「すまないーー」

 そして、踵を返してその場から立ち去ろうとするティムの背後から再びモルコスが声をかけた。「待ってくれ!」

 振り向くと、モルコスは早口で話を続けた。


「あんた、所属するクランを探してるんだろ?なら、いいところがある」

「……それって、どこ?」

 急な提案に胡散臭い匂いを感じながらも、ティムはモルコスの言葉に耳を傾ける。


「王都の南西区画にスラムがある。浮浪者やならず者が暮らしていて地元の者は決して近寄らない場所だが、その一角にあるクランがある。"黒の白ブランドノワール" 。ギルドのナンバー2とも言われる実力派のクランだ」

「"黒の白" ーー」


「ああ。噂では黒の白は境遇や後ろ楯に関係なく、志望者に試験を課して採用するかどうかを決めるらしい」

「どうしてそのクランを俺に勧める?」


 モルコスは両手を上げた。「別に他意はないさ。助けても何の得もないような俺のことを救ってくれたあんたに何か一つでも恩を返したかったんだ。試験は厳しいものらしいが、あんたほどの腕っぷしと勇気があればきっと合格できる」


 モルコスの話は眉唾物だったが、かといって他に有力な情報があるわけでもない。ティムはとりあえずスラムの方へ行ってみることにした。

「わかった。ありがとう」





 




 


 

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