第15話 ギルド

 部屋を出るとちょうど起きてきたところのエリーと鉢合わせた。

「あ……おはようございます」

 布の寝巻きを着たエリーは口に手をやると大きなあくびを一つした。林檎石鹸の甘い香りが髪や全身から漂ってくる。


 そのとき、ティムは彼女の服がはだけて左肩が大きく露出しているのを発見した。白く滑らかな素肌が窓から射し込む光に照らされてひどく官能的に映る。

 ーーむ。いかんいかん。

 ティムは頭をもたげた欲望を振り払うと階段を下りていった。


 朝食のメニューは丸パンと季節の野菜のサラダだった。溶けかけたバターがたっぷりと乗った丸パンが体の内側から一日の活力を呼び覚ます。揚げたニンニクのチップとペーストしたあんず、塩がベースとなったドレッシングのかかったサラダは爽やかながら食べごたえがあった。


「それで、今日はどこへ行くつもりなんだ?」

 サラダを頬張りながら向かいに座ったファバルが訊いてくる。野次馬根性というよりはティムの身を案じているような口振りだった。


「とりあえずギルドに行こうかと思ってる。実は昨日王都に着いたばかりで仕事がないんだ」

「冒険者になるつもりなのか?うーん……あんまりおすすめはしないがな」

「どうして?」


「やっぱり冒険者稼業なんてのはやくざな仕事だよ。安定した収入も見込めないし、命の危険だってある。魔物退治や護衛の依頼で死んだ奴の話は枚挙に暇がない」

「すまない。心配してくれるのは嬉しいが俺には冒険者にならなければならない理由があるんだ。危険な仕事だってことは百も承知さ」


 ファバルはエリーと顔を見合わせると大きくため息をついた。「……わかった。詳しくは聞かねぇよ。あんたがそれだけ強い決意をしてるなら周りの誰も止められやしないだろうしな」


 店の外に出ると二人も見送りに出てきた。ティムが食事と宿泊の代金を支払おうと金貨袋を取り出すとファバルはそれを制した。

「そいつはやめてくれ。こっちが勝手に善意でやったことだ」

「でもーー」


「それでも何か返してくれようと思ってるんなら、たまにうちの店に来て無事な姿を見せてくれ。せっかくこうして知り合った人間に勝手に死なれたりしたらこっちの方が寂しくてたまらねぇ」


「ティムさん、また来てくださいね」

「ほら、娘もこう言ってる。大体こいつはハンサムな奴に弱くていけねーー」

「お父さん!」


 二人のやり取りをティムは微笑ましく思いながら眺めていた。遠い記憶の中にある、今より少し若い神父や幼いアルマの顔が浮かんで少し心が痛んだ。

 二人に別れを告げると、ティムはギルドのある東区画へと向かった。


 ギルドの場所はすぐにわかった。周囲より大きな建物の正面の屋根に大きな金色の鷲が彫刻された看板が堂々と鎮座している。鷲は冒険者の強さと視野の広さを象徴していると聞いたことがあるが、その鋭い目つきはどこか周囲を威嚇しているようにも感じられた。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか」

 中に入ると正面カウンターで受付らしき女性に呼びかけられた。紫色の長い髪をした美しい女性だった。

「仕事を探してるんだ。何かいい依頼はないか」


 そうティムが訊くと受付嬢は少し困ったような顔をした。

「誠にすみません。うちのギルドでは一見さんへの依頼の斡旋は現在行っておりません」

「どうすればいい」


「まず最初に冒険者としてギルドの名簿に登録していただき、その後王都に存在するいずれかの団体クランに所属していただくことになります。その後、クランを通してギルドから依頼を受け、それから初めてお仕事をしていただくという流れです」

「随分と面倒くさいシステムになってるんだな」


「実は数年前に法律の改定がありまして、ギルドの仕事は原則、複数人で取り組むことを義務づけられました。それまでは単独の冒険者が受ける依頼の方が多かったのですが、相次いで起きる依頼の途中放棄や冒険者の失踪・死亡が問題視されていまして……以降、クラン制度が法律で明文化され、単独での仕事は実績ある冒険者に限られています」


「なるほど、わかった。それじゃあとりあえずギルドに登録するよ」

「かしこまりました」


 受付嬢の差し出した羊皮紙にティムは必要事項を記入していく。「職業・技能」欄にどう記載すべきか少し迷ったが、素直に「修道士」と記入する。まったくの嘘というわけでもないし、所属団体を問われているわけでもないから問題視されることはないだろう、と鷹をくくる。いざとなれば転職したと言い訳して別の職業を申告すればいいだけの話だ。


 すべての項目を記入した用紙を差し出すと受付嬢は素早くチェックを始める。そして抜けや不備がないことを確認し終えると彼女は再び顔を上げた。

「お疲れさまでした。これであなたも本日から当ギルド所属の冒険者となります。誠実に職務に取り組み、多くの人々の力になってあげて下さい。ーーこちらが仮ライセンスです」


 受付に手渡された銅製の薄いカードにはティムの名前と職業が刻まれてある。その下には空白部分があるが、おそらく所属クラン名を記入する箇所だろう。そしてライセンスの左上部分には大きく「D」の文字が刻印されていた。 


「これは?」

 受付嬢に訊ねると彼女はすらすらと答え始めた。「それはあなた個人の冒険者としての実力を示したランクです。上から順にS、A、B、C、D、Eとなり、Aクラス以上にもなると国から直接依頼がきたり、他国のギルドから依頼されることもあります。逆にEランクは依頼の失敗や放棄が続いた冒険者が、その制裁として一時的にランクされるものです。その他、Aランクは銀のライセンス、Sランクは金のライセンスを支給されます。ギルドのライセンス制度は公的に認められたものですから、高ランクの冒険者は騎士や役人同様、高い社会的地位を保障されーー」


 これか、とティムは気がついた。ローガンはこのライセンス制度でA以上にランクされる冒険者になれ、と言っていたのだ。

「あのさ、Dってことは俺はDクラスなわけ?」ティムは受付嬢の話の腰を折って再度質問した。


「通常、登録したばかりの冒険者は皆、Dクラスにランクされます。しかしあなたのこれからの努力次第ですぐにランクを上げていくこともできますよ」

「試しに訊いてみたいんだけど、Aランクに上がるには一体どれぐらいかかるの?」


「……現在、王都に存在するクランを含め、この国には百五十余りのクランが存在し、総勢四千人以上の冒険者の方がギルドに所属しています。そのうち、A以上にランクされる冒険者の数は三十七人です」

「そんなに少ないの!?」思わずティムは驚く。


「一生をBクラス、Cクラスで終える冒険者も珍しくありません。もしランクアップを目指されるのであれば、冒険者としての実績を積み、ランクアップの要件を満たしてから正規の昇級試験を受けてその試験に合格することです」

「わかったよ」


 彼女の口振りから察するに、通常、一年や二年でどうにかなるものじゃないということは理解できた。しかし、そこをどうにかして一年でAランクまで駆け上がらなければならない。そのためにも、まずはどこかのクランに所属することから始めなければ。


「所属クランはどうやって決めればいい?」

「クラン側からのスカウトというケースも中にはありますが、基本的には冒険者自らがクランを訪れてクラン側と交渉し、合意を得て加入ということになりますね」

「ここから近くて一番有名なクランは?」

「東地区には当ギルドナンバー1の "聖者の行進セインツマーチ"、ナンバー4の "明けの明星モーニングスター"、ナンバー6の "黄金の船ゴールドシップ" などがあります。すべての場所をお教えしましょうか?」


「頼む」

 なるほど、自分の居場所は自分で探せってか。面白ぇ。こっちだって俺にふさわしい場所かじっくり見定めてやる。

 受付嬢から地図を受け取ったティムは礼を言うとギルドの建物を後にした。

 

 







 

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