第17話 黒の白

 一度中央広場に戻ったティムは市街地を抜けてスラムに向かう。廃棄された馬車の車輪を輪回しにして路上で遊んでいる子供達の間を抜けて街中を歩いていくと、ある一角を境に明らかに周囲の建物や路面の雰囲気が変わった。どうやら今通り抜けた場所が市街地の端だったらしく、市街地とスラムは短い下り階段一つで隔てられているだけだった。治安の維持に一抹の不安を覚えながらもティムは先を急いだ。


 昼のスラムは閑散としていた。石造りの床は階段の上で途切れ、砂地の上に通行人が足で踏み固めてできた道らしきものがかろうじて見える。道の左右には土造りの壁の住居やテントが立ち並んでいるが、どれもひび割れたり穴が空いたりしていて薄汚れている。管理がされている印象はなく、おそらく国からも「とりあえず今のところそこに居てもいいが、後のことは自分達で解決しろ」といった感じで半ば見捨てられている状態なのだろう。


 もっと物乞いや不審人物が路上に溢れているのかと思いきやそうでもなく、路上には洗濯物を山ほど背中に抱えた女や周囲を走り回る半裸の子供達の姿が見えるだけでそれ以外に人の影はない。夜になればスラムはまたその姿を変えるのだろうな、と思いながらティムは "黒の白" の場所を探した。


 スラムは意外に広く、同じような場所をいったり来たりしているうちにティムは現在地がわからなくなってきた。まいったな、一度ギルドまで戻って詳しい場所を訊こうか、と思い始めていたティムだったが、そのとき、すぐ右側のテントが開き、中から一人のみすぼらしい男が姿を現した。


「よう、あんちゃん。こんな場所で何か探し物かい」

 笑いかけてきた男の口には歯がほとんどなく、頭に巻いたターバンの端から白髪交じりの頭髪をはみ出させていた。裸の上半身に派手な紫色のベストを着込んでいたが、既にいくつかボタンがなく、生地の端からはほつれた糸が風になびいている。外見に気を使っているのかそうでもないのかよくわからない人物だった。


「ああ。"黒の白" っていうクランを探してるんだ。有名らしいんだけど知らないかい」

「それならこっちじゃねぇよ。いったん手前の十字路まで引き返して、向かって左に道を曲がんな。それで次の十字路を右に曲がってしばらく歩けば左手に見えてくるはずだ。他の建物と間違わないように注意しな」


「わかった。ありがとな」

「けど行くのはお勧めせんがね」

「どうして?」ティムは男に訊ねる。


「お前さん、知らないのかい?"黒の白" ってのは巷では悪名高いクランで有名さ。人身売買に荷担したり、違法薬物を他国に売りさばいたり、人殺しだって平気でやるような奴らだ。ルールなし、怖いものなしの犯罪者集団なんだよ」

「……………………」


「こんな話もある。依頼である村を訪れた奴らは、親切にしてくれた住民を突然裏切ると一方的な虐殺を始め、金品を奪い尽くした後にとどめとばかりに村に火をつけた。外から門にかんぬきをかけられた住民達は逃げられず、生きながら焼かれて死んでいったって話だ。今どき山賊でもそこまでする奴はめったにいねぇ。まさに鬼畜の所業さ」

 

「けど、そんな奴らをどうして国は取り締まらないんだ?」

 男は得意そうに言った。「色々根回ししてやがんだろうよ。役人やギルドに金を握らせてるか、あるいは恥部を暴いて弱みを握ってるかーーあんな汚ねぇやり方をする奴らだ。その気になればいくらでもやりようがある」


 にわかには信じられない話だった。ギルドのナンバー2のクランが犯罪に手を染めて大金をせしめている。しかもそれが公にまかりとおっているという。あのとき、モルコスは内心腹を立てていてティムを裏切るような情報を教えたのだろうか?彼の居所を知らない今となっては確認のしようもない。


「……まぁせっかくここまできたんだ。とりあえず行ってみることにするよ」

「物好きな奴だな。殺されても知らねぇぞ」

 そう言いながら男は右手を差し出すと「ん」と短く言った。

「?」


「何、ぼうっとしてやがんだ。金だよ金」

 ああ、そうか、と気の抜けたような返事をしながらティムは男に銀貨を三枚ほど握らせる。不服そうな顔をしていたのでさらに二枚上乗せすると男は意気揚々とテントに引き上げていった。


 情報の信憑性には疑問符がついたが男の言う通りに進んでみることにした。金貨袋を覗き込むとあと銅貨数枚しかなかった。職にありつけなければ本当に路頭に迷うことになりそうだ。ティムは気を引き締め直して先を急いだ。


 最悪銀貨五枚が無駄になる覚悟をしながら歩いていくと、意外にもすんなりクランの場所は見つかった。他の家と同じく土壁でできた建物で、周囲の風景と一体化していたので一度は通り過ぎてしまったが、引き返してきてよく見ると庭先に古ぼけた御影石でできた表札があった。その表面に「Blanc de Noirs」という文字が綴られていた。


 扉には鍵がかかっていなかった。そっと開くとギイ、と蝶番が軋みを上げる。中は埃臭く、ほとんどの窓が締め切られているようで最初に入った部屋はほぼ真っ暗の状態だった。恐る恐る館の中に足を踏み入れると木製の床が音を鳴らす。どうやら建物自体がかなり古いものらしい。


 唯一カーテンが開かれた窓から光が射し込み、入口正面にある年代物の木製机を照らしつけている。そこには一人の少女が座っていて、机に置いた蝋燭の灯りを頼りに読書の時間に耽っていた。少女はティムに気がつくと顔を上げ、にこりと笑いかけてから本を閉じた。


「ようこそ、クラン "黒の白" へ。今日はいったいどのようなご用ですか?」

 少女はフランクな調子で話しかけてくる。長い金色の髪を背中に垂らし、同じ色をした睫毛はどこか憂いを含んで見える。人形のような美しさを持つ少女に思わず見とれそうになったティムだったが、慌てて気を取り直して用件を伝える。


「実はここで仕事がしたくて今日は来たんだ。誰か責任者はいるか?」

 すると、少女は急に顔をほころばせて声のトーンを変えた。「やったぁ、久しぶりの新人よ!言ったでしょう、マルク?今日あたり、きっと誰かがここにやって来るんじゃないかって」


「はああっ。マジかよ」

 部屋の隅の暗がりから一人の青年が姿を現し、ティムは驚いて身をびくつかせた。


「いんちき占星術の癖して妙に当たりやがんのな」青年は頭を掻きながらティムの方へ近づいてくる。

「いんちきなんかじゃないわよ。ちゃんとこの本に書いてある由緒正しい方法なんだから」 そう言って少女は本を青年の方に見せてむくれる。


「マルクは魔術や神みたいに超自然的な現象を軽視してるから」

 反対側の隅から、今度は魔術師風の出で立ちの少女が姿を現した。少女は暗紫色のフードとローブを身にまとっている。

「別に軽視してるわけじゃねぇよ。お前の魔法みたく、実際にこの目で見たものしか信じないだけだ」


 ティムは唖然としていた。先程の男の話とはうってかわり、和やかな雰囲気で三人は話し続けている。しかしまだ警戒を解くことはできない。ざっととはいえ、自分の目で一度部屋の中を隅々まで確認したはずなのに、後から出てきた二人の存在にまったく気がつかなかった。彼らの底知れぬ実力の片鱗のようなものを感じ取ってティムは身を固くする。


「で、お前、うちで働きたいんだって?」

 マルクの呼ばれた青年は不躾に値踏みするような視線をティムの全身に這わせてくる。

「ふーん、修道士か。いいんじゃない?ちょうど癒し手がずっといない状況が続いてたんだし」

 魔術師の少女の方もこちらの気持ちなどお構い無しといった調子だ。ティムは居心地の悪さに自然とのけぞるような姿勢になる。


「そうだな。じゃあサービスで試験なしで入れてやるか」

「マルク!」

 金髪の少女が怒ったような素振りを見せるとマルクは肩をすくめた。「冗談だよ。数少ないうちのルールの一つだもんな。まあ、破ったところでアシェドは気にしないだろうけど」


 アシェドと呼ばれる人物はここのリーダーだろうか、と思いながら成り行きを見守っていると、マルクは少女のいる机の方に歩いていき、引き出しの中を探り始めた。

「確かこの辺に……おっ、あったあった」

 そう言うとマルクは引き出しから一枚の紙切れを持ち出してティムの眼前に突きつけた。



依頼No. 47:宵闇の殺人鬼の確保

難度:★★★

概要:この半年の間、王都では「宵闇の殺人鬼」と呼ばれる快楽殺人者が出没し、既に六人もの若い婦女がその毒牙にかかり無惨な姿で発見されている。貴クランには当該犯人の確保を依頼する。生死は問わない。

期日:狼の月十八日

備考:期日中に犯人の引き渡しを行わなければ依頼達成は成されなかったものとする。

報酬:金貨四枚+銀貨八枚



「これはーー」

「ちょうどいい依頼が残ってあったのを思い出したもんで、お前にはそれを解決してもらおうと思ってな。無事解決できれば、お前をこのクランの一員として認めてやる」

 そのとき、期日の欄を見たティムは声を上げた。「ちょっと待ってくれ。これってーー」


「そうだ」マルクはにやりとほくそ笑んだ。「期日は今日中だ。日付が十九日に変わる前にお前は犯人を捕まえて詰所の衛兵に突き出さなきゃいけない。今日はちょうど仕事が休みだから、俺とそこにいるメディナが遠くからお前の動向を監督する。途中で投げ出されたらうちの信用にも関わるからな」

 魔術師メディナは黙って頷くと不敵な笑みを見せた。


「あたしは?」金髪の少女が自分を指差してマルクに訴える。

「もしギブアップするというのならいつでもそこのシェリルに言えばいい。ただし、一度ギブアップすれば再挑戦は不可だ」


「けど、さすがにノーヒントじゃ厳しいんじゃない?彼、依頼を受けるのも初めてみたいだし。おまけに難度は★★★よ」

「あ、そっか」

 頭を掻くマルクにティムは訊ねた。「なあ、その難度★★★ってのはどのくらいの難易度なんだ?」


「ギルドは依頼の難易度を通常、Dランクの冒険者四人でこなすべき依頼を難度★★と定めているわ。そして難度はCランク四人での依頼が★★★、Bランク四人での依頼が★★★★というように上昇していく。だから、この場合はCランク相当の依頼ね」

「俺はまだDランクで、しかも一人なんだが」


「まあ、何とかなんだろ」マルクは頭の後ろで手を組むと呑気そうに言った。「あっ、もしかしてお前、びびってんじゃないだろうな?」

 マルクの言葉にむっとしたティムは思わず反射的に言い返した。「上等だ。やってやろうじゃないか」


「それじゃ決まりだな」マルクは嬉しそうに手を叩く。「ところでお前、名前は?」

「ティムだ。ティム=ウォルシュ」

「メディナ。このティムに一つヒントを出してやってくれ」


「情報屋レックスを探しなさい、ティム。レックスはこの街のことをすべて知っている優秀な情報屋よ。レックスは右目を失っていて、左の額の生え際辺りに大きな火傷を負っているのが特徴で、三日月のような口で笑い、常に王都内に影を潜めている」


「情報屋レックスーー」

「彼に訊けば、きっと犯人の正体や居場所についての決定的なヒントを得られるでしょうね。あなた、見るからに王都に初めてきたおのぼりさんみたいな感じだから、今日中に犯人を見つけるにはそれしか方法がないんじゃない?」


「う……」

 ティムはすべて見透かされているような気がして言葉に詰まってしまった。すっかり相手の手の上で転がされているような展開だが、彼らを認めさせるためにはやるしかない。 


 ティムはマルクから残りの資料を受けとる。頑張ってねー、とにこやかに手を振るシェリルに見送られながら建物を出た。


 ティムは少し拍子抜けしていた。悪辣な殺戮集団だと聞いていたからもっと陰惨な雰囲気をした連中かと思いきや、妙に軽い感じの奴らだった。そう思いかけてはっとしたティムは頭を振る。いかんいかん。今は試験に集中しないと。


 今が昼過ぎだから残された時間はあと十二時間もない。ちくしょう、今日も昼飯抜きかよ、と一人愚痴りながらティムは通りを歩いていった。






 


 


 

 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る