第20話

再び目の前に差し出された封筒に視線を落とす。


「そんなこと……」


ある訳ない。

遥なら、きっとユウとの約束を忘れる筈はないだろう。そう思いながらも。


「頼むよ」


そう念を押されて、結局渋々しぶしぶそれを受け取った。

やはりかなりの枚数の手紙が入っているのか、その封筒は重みがあった。

でも、その重みと同様に数年先のこととはいえ、気まで重くなって来る。


「……どんな顔して渡せばいいんだよ」


思わず本気で愚痴がこぼれた。


俺はユウの病気を知って以来、ずっと遥を避けて来た。

遥のことを好きだというユウに少しでも入院までの間、二人の時間を作ってあげたくて気を使ったというのもある。だが、何より遥にユウの引っ越し等について問われたら、嘘をつき通す自信がなかったのだ。

公園へ行かなくなったことで遥に会う機会もなくなったが、もしも偶然会ったところで既に自分たちの間に出来たみぞは大きく、会話など出来る自信もなかった。


そんな俺の心情を読み取るかのように、ユウが笑顔を見せる。


「問題ないよ。蒼なら……」

「適当なこと言って……。勝手なんだから」


何の根拠もない。ただの気休めである。

でも、そんな俺のぼやきにも笑顔を見せているユウに「仕方ないな……」と、ワザとらしく溜息を吐いた。


「とりあえず今は俺が預かっておいても良いけど、基本的にユウは遥との約束を守るつもりでいなきゃダメだぞ」

「もちろん」


そう答えたユウは、こんな会話のやり取りでも疲れたのか目を伏せた。


そんなユウには触れずに、俺は暫く病室から見える窓の外の景色へと視線を移していた。

すると、再びユウがぽつりと口を開いた。


「蒼……お前さ」

「?」

「遥のこと、好きだろ?」

「……。急になに?」

「オレにエンリョなんか、するなよな」


思いのほか真面目な表情で見上げてきて、思わず内心で戸惑った。


「遠慮なんか……」


してない。とは言えなかった。


「お前、前は遥のこと好きだって言ってじゃん。オレとどっちが遥をお嫁さんにするか勝負だ、なんて言ってたこともあったよな?」

「…………」


そう。以前はそんなことを言って二人で笑い合っていた。

でも、ユウの病気が見つかって。

入院することが決まった頃、俺は遥を避けるようになっていた。

だから、もう今更なのだ。


「昔のこと、だろう?」


出来るだけ平静を装って、そう答える。

だが、ユウは納得いかない様子だった。


「昔から、お前はそういうヤツだよな。いつだってオレの一歩後ろにいて何でもオレにゆずっちまう。争いごとが苦手なのは分かるけどさ。いいのか?それで……」

「別に……。そんなんじゃないよ」


目を逸らして否定するも、ユウはそれさえもスルーする。


「いつだったか……。お前が遥に花をプレゼントするって約束をしてたのをオレが横取りしちゃったことあっただろう?覚えてるか?」


思わぬ話を振られて、俺はユウを横目で見た。

流石に覚えていた。


(ペチュニアの花のことだ……)



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