第16話

でも……。引き留めたものの、蒼くんは何を聞いても無言でこちらを見ているだけで。

その無表情な瞳の中に、自分たちの間にある溝の深さと、とてつもない距離を感じた。


(こうして引き留めていることさえ、きっと迷惑でしかないんだね……)


そう思ったら、こらえていた涙が不意に零れ落ちた。

泣いたりなんかしたら、余計に蒼くんを困らせてしまうことぐらい分かっているのに。

これ以上、嫌われたくなんかないのに……。


ユウくんに会えないという事実よりも、今のこの状況が何よりも悲しくて。


そして、同時に。

思い出の中の二人は、もういないんだってことを実感した。


(それでも、最後くらいは笑顔でお別れしたい……)


必死に笑顔を浮かべる。


今までのありがとうの気持ち。

何より、二人に救われた過去は偽りじゃないから。

私の中では、いつまでも大切な友達に違いないから。


でも……。


「ヤダな。私だけ、いつまでも子どものままで……。二人に笑われちゃうよねっ。こんなだから……二人に、嫌われちゃうんだ……ね……」


思わず俯いて零してしまった泣き言に。



「……遥…」


そこで初めて蒼くんが重い口を開いた。


「お前のことを嫌いだなんて、そんな訳ないだろう?」


(……えっ…?)


その声に呆然と顔を上げると。

思いのほか真剣な顔をした蒼くんと目が合った。


「ユウだってそうだ。アイツは…」


そこまで言い掛けたところで、一旦言葉にするのを躊躇する。

だが、再び口を開くと。


「ユウは、遥に会うのをずっと楽しみにしていた…」


そう言って遥から目を反らし、雲間から照らすオレンジ色の夕陽に目を細めた。



「でも、じゃあ…何で忘れろなんて言うの?」


遥は静かに聞き返した。

その声音に攻めるようなニュアンスはない。

ただ、蒼が不意にどこか寂し気な色を垣間かいま見せたから。それが何故だか気になった。

だが、蒼は再び何かを言葉にすることを躊躇ためらっているようだった。


遥は珍しく食い下がるように言葉を続けた。


「蒼くん。話してくれないと何も分からないよっ。七年前、蒼くんが何で急に私を避けるようになったのかも……私、ずっと考えてた。何か嫌われるようなことしちゃったのかな……。蒼くんを傷つけるようなこと言っちゃったのかなって……。本当にずっと、考えてた」


また泣きそうになるのを何とか堪えて言う。

そんな遥に視線を合わせぬまま耳を傾けていた蒼が、ぽつりと言った。


「……嫌ってなんかいない」

「でもっ。じゃあ何で公園に来なくなっちゃったの?ユウくんとは変わらず会っていたんでしょう?それなら、私が原因なんじゃないの?それに偶然会った時、蒼くん……私を避けるように……逃げて、行っちゃったじゃな……」


最後まで言葉は続かなかった。

遥の瞳からは再び涙が溢れ出し、堪えきれない嗚咽おえつが漏れる。

その様子にやっと視線を戻した蒼は、自嘲じちょうするように呟いた。


「ごめん…。泣かせたくなんかないのに。てんで駄目なのな…」


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