刹那の憎悪(3)

数人の男達に囲まれながら連れて来られた薄暗い廃ビル。

ごろつきの溜まり場としては、いかにもな場所だった。


ボス的存在の男が、その女を呼びに一旦その場から離れていく。

奥へと入って行くその男の背を見送りながら夏樹は考えを巡らせていた。


(いったい、どんな奴が来るんだろう。ホントに想像もつかない……)


周囲を取り囲んでいる男達は夏樹からは一定の距離を保ち、何も仕掛けて来なかったのでとりあえず様子を見ながら静かに待った。


すると……。


先程のゴツイ男を従えるようにして奥から出てきたのは――。



(え……?唯花……ちゃん……?)



それは、以前雅耶と付き合っていた女の子……唯花だった。


(何で、唯花ちゃんが……?)


驚き固まっている夏樹に唯花は数歩近付くと、腕を組んで立ち止まりクスリ……と笑った。


「本当にけろっとしてるのね。キモの据わった可愛げのないオンナね」

「何で……」


それは、きっと……どんなにニブい者にでも解る程の『敵意』。


「あなた、野崎くんの妹さん?でしょう?」

「………」


そう声を掛けられてはた……と気が付いた。


(……そうか。私は今『夏樹』なんだった。唯花ちゃんとは直接面識もない筈なんだ)


彼女と出会ったのは、まだ自分が『冬樹』であり、成蘭高校に通っていた頃のことだ。

だが、それなら尚更何故自分をこんな所に連れてくるのだろう?



……分からない……。



唯花は「二人だけで話したい」と言うと、周囲にいた男達を部屋の外へと出させた。


部屋の出入り口は一つしかない。


その扉の前で待ってると先程のボスらしき男が唯花に伝え、部屋から去って行った。


そうして、薄暗い部屋に二人だけが残される。



(いったい……何が、目的なんだろう)


何処か前に会った時と雰囲気の違いすぎる唯花に夏樹は警戒していた。


すると、唯花がゆっくりと口を開く。


「久賀くん、元気?」

「…えっ?」


思わぬ人の名前が出てきて戸惑う。


「ふふ……実は、この前……私、久賀くんとあなたが歩いているところを偶然見掛けたのよ」

「………」

「仲良さそうに楽しそうに歩いてた。あなた野崎くんの妹さんよね?ってことは久賀くんと幼なじみってことよね?……仲良いハズだわ」


最後の部分を吐き捨てるように言うと、ギッ……っと睨み付けてくる。


「あなた、久賀くんの何?もしかして後から出てきて、すっかり彼女気取りなの?」



(ああ、そうか……)



夏樹は察した。


(唯花ちゃんは、まだ雅耶のことが好きなんだ……)


唯花が発したその言葉には、すごくトゲがあって。

『面白くない』という感情を隠すことなく瞳に表していて。

彼女がまだ雅耶のことを好きなんだということを理解した。


二人がいつ、どんな別れ方をしたのか自分は知らない。

雅耶は「自分の気持ちに正直になっただけ」と言っていたけれど。


(唯花ちゃんは、納得……してないんだ……)


その想いをぶつける相手に、見も知らぬ『夏樹』を選んでしまう程。



「あなたは知らないかもしれないけど、私と久賀くんは付き合っていたのよ。いつも一緒に帰って、色々な話をして……」


知ってる。


そんな二人を自分はいつも近くで見ていたから……。





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