月だけが知っている(2)

夏樹は自宅のアパートまでの道のりを、とぼとぼと歩いていた。


頭がガンガンする。


(何で『好き』な気持ちだけじゃダメなんだろう…)


自分が雅耶を好きな気持ちは変わらないのに。

本当は、それだけで十分な筈なのに……。


なのに、何故……こんなにも胸が痛むのだろう?


(早乙女さんは、女の自分から見ても本当に魅力的で……)


到底、かなわない。

自分は、あんな風にはなれない。

未だに中途半端で、男勝りで、気も利かなくて……。

どうしたって劣等感しか感じない。


(当たり前だ。お前はこの前まで『冬樹』だったんだから……)


雅耶だって、あんな人に好意を向けられたら嬉しいに決まってる。



どう見たって、お似合いの二人。



(胸が、痛くて苦しい……)


こんな自分は嫌なのに。

こんな弱い自分なんて、いらないのに。


何故だか涙が止まらなかった。




直純は夏樹の姿を探していた。


店を出て、わりとすぐ追い掛けた筈なのに既に夏樹の姿は周辺にはなく。

店のある駅前裏通りを抜け、既に住宅地へと入って来てしまった。


静かな住宅街は人通りも少ない。

月明かりに照らされて電柱の影が寂し気な道路に伸びていた。


その先の薄暗い場所に、ひとつ人影が見えた。

電柱に手をついて俯いている、その後ろ姿は……。



「夏樹…?」


直純は傍へと駆け寄ると、その細い肩に手を掛けた。

途端に、ビクリ……と震える身体。


「……大丈夫か?どこか具合が悪いのか?」


優しくその背を支えるようにすると。



「……なお、ずみ……せんせ……?」



ぼろぼろと涙で頬を濡らす夏樹がそこにはいた。


肩を震わせて明らかに泣いていたのだが、すぐに夏樹はゴシゴシと手の甲で涙を拭うと。


「どう、したんですか?こんな所まで……。私、何か……忘れ物でもしましたか?」


まるで口調は至って普通に、何事もなかったかのように振る舞う。

だが、それでもこらえきれない涙がまた一筋頬を伝っていった。


「夏樹……」

「すっ……すみませんっ。ちょ……っと、……っ…私……」


顔を伏せて涙を必死に抑えようとする夏樹。


その小さく震える肩を見ていたら、たまらなく切なくなって直純は自らの拳を握りしめた。


そして……。



「……っ……?」


ふわりと……自らの腕の中へとその身を引き寄せると、そっと抱き締めた。


「せん……せ……?」

「お前は何もかも独りで我慢し過ぎだよ。泣きたい時は泣いていい。無理に押し込める必要なんてないんだ」

「……っ……」


緊張に身を固くしながらも震えてしまうその背を、まるで小さな子どもをあやすようにポンポンと優しく撫でる。


「お前がまだ『冬樹』でいた時から、俺はお前が夏樹だと気付いていた。それでもお前が、すごく一生懸命だったからえて気付かない振りをして見守ることに決めたんだ。でもな、夏樹。誰にも頼らないのが『強さ』じゃないんだよ。弱い部分は人間あって当たり前。それを認めることも大切だし、それこそが次の強さに繋がっていくんだよ」

「……先生……」

「お前の気持ちは分かっているつもりだよ。俺の胸じゃ役不足かもしれないが、こうしてお前を支えること位は出来る。たまには誰かに寄り掛かったって罰は当たらないんじゃないかな」

「…直純せんせ…っ…」


震えながら再び泣き出した夏樹を。

直純は愛し気に、その腕の中に優しく抱き締めるのだった。


そんな二人を月だけが静かに見下ろしていた。








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