月だけが知っている(1)

合同イベントの実行委員になった雅耶は、毎日ミーティングに大忙しだった。



『Cafe & Bar ROCO 』の一角を陣取って、両校の生徒たちが数人ずつ集まって話に花を咲かせていた。


この光景は今日のみならず、このところ毎日のように続いている。

皆で集まる場所を探していた所、この店にしたらどうかと薫が皆に提案したのだそうだ。



「直純先生、何かすみません。今日もあの一角を占領しちゃってて……」


雅耶が気を使ってカウンター越しに挨拶に来た。

そんな雅耶に直純は笑顔を見せると、


「いや、あくまでお客様だからな。こちらとしては、いつもご贔屓ひいきにありがとうございます。……だよ」


と言った。


その横に他のテーブルからグラス類を下げてきた夏樹が来たのを見て、雅耶がさりげなく声を掛ける。

店に入った時は薫に手を引かれ、夏樹とろくに挨拶を交わせなかったのだ。


「夏樹、元気か?毎日バイトお疲れさまなっ」


そう、声を掛けたその時だった。



「もお、久賀くん!何やってるの?早く、こっちこっち!」



雅耶をすっかりお気に入りの薫が呼びに来る。


「薫先輩……」

「久賀くんがまとめてくれないと話が進まないのよ」


そうして、何だかんだと手を引かれて行ってしまう雅耶。

その後ろ姿を無言で見送った夏樹は、すぐに気持ちを切り替えるように仕事に戻るのだった。


そんな夏樹の様子を、直純は複雑な思いで見つめていた。





(…何だろ、調子悪いな…)


夏樹は仕事をこなしながらも、何処か己の不調を感じていた。

少し熱っぽいのかも知れない。


(でも、これ位大丈夫……)


そう思っていた夏樹だったが、普段と違う夏樹の様子に気付いた直純が声を掛けてきて「今日はバイトを切り上げるように」との店長命令が下ってしまった。


直純先生は凄い人だ。


いつだって周りの人のことを良く見ていて、具合が悪いことにも一番に気付き、過保護な程に心配してくれる。

それでも素直に認めることが出来ない自分に対し『店長命令』という形で大事を取らせてくれる。そんな先生の優しさにはいつだって救われていた。



(…ホントは不調の原因なんて、分かってる…)

 

更衣室兼事務所から出てきた夏樹は、店内のある一角を見つめた。

見慣れた二校の制服を着た学生たち男女数名が話に花を咲かせて盛り上がっている。



(……雅耶……)



早乙女さんと仲良く笑い合っている、その後ろ姿。

そんな二人を、これ以上見ていたくなかった。


(そんなのが原因で仕事を続けられないとか、無責任にも程があるよな。こんなじゃ直純先生に帰れと言われても仕方ない……)


夏樹は苦し気に目を伏せた。

そして、直純と仁志に「お先に失礼します」と頭を下げながら手短に挨拶を済ませると、すぐに店を後にした。


夏樹がバイトを早く切り上げて店を出たことに、雅耶は気付くことはなかった。





フラフラと店を後にした夏樹を、直純は心配げに見送った。


今日の夏樹は微熱があるようだった。

いつもと様子がおかしいので額に手を当ててみたら明らかに自分と比べて熱かったのだ。

だが、それ以上に何処か思い詰めた顔をしていたので大事をとって上がらせた。


実は、夏樹の不調は今日に始まったことではない。


この数日間で日に日に体調を崩していってる…直純の目にはそう映っていた。


(今日は、いつになく調子が悪そうだった……)


一人で帰れるだろうか?それさえも心配になる程に。


だが、客席の雅耶を見ても夏樹が上がったことにさえ気付いていないのか、隣の席の薫と相変わらず楽しそうに話している。



(雅耶の奴、いったい何をやってるんだ……)



誰よりも彼女のことを大切に思っているんじゃなかったのか?と問いつめてやりたくなる。


ミーティングに参加するのは仕方のないことだ。

だが、夏樹の働いているこの店で毎日のようにこんな状態を見せつけるのは、あまりにこくというものだ。


明らかに無理している夏樹を見ていると、己の中に何とも言えない気持ちがわいてくるのを、直純は感じずにはいられなかった。


(いい加減、夏樹の気持ちに気付いてやらないと可哀想だぞ。雅耶……)



お前が、そんなことだと……俺は……。



どうしても気になった直純は、仁志に相談を持ち掛けた。


「なぁ、少しだけ席を外しても良いかな?」


明らかに夏樹を心配しての言葉と受け取った仁志は、


「今は空いてるし、もうピークも過ぎた。……心配なんだろう?行ってやれよ」


何もかもお見通しの友人に、直純はニッコリと笑うと。


「サンキュ」


すぐに店を出て夏樹のあとを追い掛けるのだった。



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