第5話

鏡の前で本気で肩を落としている夏樹に、清香は苦笑した。


「また…何かマイナスなこと考えてるわね?何か不安があるなら相談に乗るわよ?」

「う…ん。とりあえず、大丈夫…。こればっかりは、もう慣れるしかないしね…」


鏡の中の自分から目を逸らすと、夏樹は後ろにいる清香を振り返った。


「折角の日曜日なのに、わざわざ来てくれてありがと、清香先生…。先生に見て貰ったお陰で、少しだけ不安も解消された気がするよ」


自分だけでは、どこか変じゃないか…?と不安で、明日の朝家を出るのを躊躇ちゅうちょしていたかも知れない。


「そう?お役に立てたなら良かったわ」


優しい笑顔で見守ってくれている清香に、夏樹は微笑みを浮かべると、


「ごめんね、先生。今お茶入れるから、ちょっと待ってて」


そう言って、とりあえず着てみた制服を慌てて着替えに掛かった。



夏樹は現在、1DKのアパートにひとり暮らししている。

先日八年振りに再会した兄は、今は遠くの島暮らし。

実は歩いて行ける距離の所に、昔家族で住んでいた実家もあるのだが、色々あって今その家は誰も住んでおらず、そのままになっている。


前は独りぼっちを実感してしまうのが怖くて家を避けていたのだが、今では然程さほど抵抗もなくなったので、その内戻ることも検討中だ。


机代わりに使っている小さな折り畳み式のテーブルを挟んで、二人でお茶しながら取りめのない会話に花を咲かせる。


ずっと男として生きて来た夏樹には、女友達はいない。

それに、ずっと正体を隠して人との関わりを避けてきたこともあり、心を許して話せる友人そのものも少なかった。


だから、こんな風に話が出来る清香は夏樹にとって、とても貴重な存在なのだ。


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