第76話

「目か…。俺にはよくわからないけど…。確かに彼は、笑顔は見せないけど、声とか仕草で柔らかいイメージや丁寧さが出せてるよね。だから客受けは良いんだろうな。あ、コレ1番テーブルね」


仁志が料理を出しながら言った。


「OK。…っていうか、客受け良いの?何か言われたことある?」


トレーに料理を乗せながら直純が驚いた様子で聞き返す。


「…あるよ。これで『スマイル』スキルが備われば、彼がこの店の看板男子になる日も遠からず…ってとこかな」


眼鏡のレンズを光らせながら、仁志がニヤリと笑って言った。







場所は変わって。

とある場所の、とある一室。


薄暗い月明かりの差し込むその部屋に、一人たたずむ中年の男の姿があった。

その男の眼下には、まばゆいばかりのきらめく夜景が広がっている。

男の手には、真紅の液体の入ったワイングラス。

男はそれを目前に掲げてゆっくりと回すと、一口含んだところで後方のドアが控えめにノックされた。


「入れ」

「…失礼いたします」


そう言って入室してきた男は、深々と頭を下げると口を開いた。


「例の少年の件ですが、最近になって動きがあったようです」


そう言うや否や、夜景を眺めていた男が反応して振り返った。


「おお、そうか…」

「はい。親戚の家から出たことは確認済みです。ですが…家には戻っておらず、現在は近くのアパートで独り暮らしを始めた模様です。未だ例の場所への接触は確認されておりません」

「そうか。だが、大きな進展だな。そうか…」


男は、感慨深げに身体を震わせた。


「やはり、時は近付いている…。運は私に味方している…」


男は、傍にあった大きなテーブルにワイングラスを置くと、両手を着いて目前の男に低い声で命じた。


「引き続き監視をおこたるな」

「…承知いたしました」


そう言って訪問者が去ると、男はクククッ…と小さく笑った。


「やっとだ…。やっと足りなかった鍵が揃う…」


薄暗い部屋に、男の長い影が低い笑い声と共に揺らめいていた。




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