第74話

それから一週間後。



「冬樹くん、これ3番テーブルお願いね」

「はい」


コーヒーとケーキの乗った皿を丸いトレーに乗せ、左手の掌一つでバランスを取ってホールを颯爽と歩く冬樹がそこにはいた。

初めは接客業だけあって緊張していたものの、毎日のようにバイトに入っているので既に仕事にも慣れてきたところだ。

カウンターに戻ってくる際にも、空いたお皿を下げてくるなど積極的に動く冬樹に、直純はこっそり笑みを見せた。


「冬樹…すっかり仕事に慣れてきたみたいだな。なぁ…仁志ひとし?」


隣で作業をしていた店員のやなぎ仁志は、チラリと冬樹に視線を流すと、トレードマークの黒縁メガネを右手中指でそっと押さえると、小さく頷いた。


「うん。彼はなかなか筋が良いよ。器用だし、一度説明をすればすぐに仕事を覚えるしね。何より仕事に臨む姿勢が真面目だよね」

「ああ」


直純は自分の元教え子がめられているのが純粋に嬉しくて、思わず顔が緩みがちだった。

そんな直純と旧知の仲である仁志は、そんな友人の反応に苦笑いを浮かべると、


「お前、週に三回夕方稽古で抜けるって言ってたけど、冬樹くんがいれば全然問題ないから、もっと空手の先生の方をやってても良いぞ?」


…と、澄まして意地悪を言った。


「あ。ヒドイ…仁志。マスターに向かって何てことを…」


直純もそんなことを言いながら、二人で笑い合っていた。

その時、新しく客が店に入って来た。


「いらっしゃいませ。お客様何名様ですか?」


すぐに冬樹が対応して席へ案内する。


「3名様ご来店です」


冬樹がカウンターへ声を掛けていく。

それを合図に、直純達も笑顔で


「「いらっしゃいませー」」


と、声を上げた。

冬樹が席へと案内している姿を見送りながら、仁志が思いついたように呟いた。


「あ…でも、冬樹くんは十分優秀だけど、ひとつだけ…足りないものがあるかな」

「…足りないもの?」


直純は冬樹を目で追いながら聞き返した。


「ああ。彼はイケメンだし清潔感もあって華もある。すごく良い逸材いつざいだと思うけど…」


仁志の言う『イケメン』という言葉に。直純は内心で、


(冬樹の場合は『イケメン』っていうよりは、可愛い男の子って感じだけどな…)


などと思いつつも、仁志の言っている『足りないもの』が何なのかすぐに気が付いて、お互い顔を見合わせると口を開いた。



「「笑顔が足りない」」



「…だよな」


思わずハモってしまい、二人はまた小さく笑い合った。


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