第72話

『Cafe & Bar ROCO』の店内。


たまたま出先から店に戻る途中で、具合の悪そうな冬樹を見つけた直純は、とりあえず店まで介抱して連れて来た。

お店の奥のテーブル席に壁に寄り掛かれるように座らせると、その線の細い少年を心配げに見下ろす。


「…大丈夫か?冬樹…」

「すいません…もう、平気です…」


そう言ってフラフラ…と、すぐに立ち上がろうとするので、わざと真横に着いて笑顔でそれを制する。


「こら、無理するなよ。もう少し休んでろって。…お前、顔色悪いぞ」


本当はこういう時は衣服をゆるめて安静にするのが一番なのだが、直純はそれをすすめることを少し躊躇ちゅうちょした。

それは、目の前の『冬樹』が警戒すると思ったから。

具合の悪そうなこの状態で、余計な精神的負担を与えたくはない。


直純は、冬樹が落ち着くのを待って声を掛けた。


「お前…家はここから近いのか?連絡して誰かに迎えに来て貰うか?」


そう言うと、冬樹はだいぶ意識がしっかりしてきたのか直純の目を見てはっきりと答えた。


「いえ…オレ…、もう大丈夫です。一人で帰れます」

「でもまた同じようになったら困るだろう?せめて家の人に…」


「連絡だけでも」そう言い掛けた時、直純の言葉をさえぎって冬樹が口をはさんだ。


「オレ、一人なんで…」


気まずそうに下を向く。


「ひとり…?」

「独り暮らし…なんです」


直純は驚きを隠せなかった。

高校生の身で独り暮らし…というのは、流石にまれだろう。

だが…冬樹の身の上を考えると、それをとやかく他人が口出し出来ることではない…と、直純は思った。


それでも、冬樹は非難されるとでも思っているのか、気まずそうに俯いている。


(お前がそんな顔すること、無いのにな…)


直純は、ふ…と表情をゆるめて微笑むと、


「苦労…してんだな…」


そう小さく言って、俯いている冬樹の頭にポンと大きな手を乗せた。

そんなこちらの行動に驚いているのか、冬樹は大きな瞳を揺らしながらこちらを不安げに見上げてくる。


その、小さな子どものような冬樹の反応に。

妙に庇護欲ひごよくをそそられるな…と、直純は内心で苦笑していた。


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