第70話

「夏樹が…どうかしたんですか?」


直純の様子が気になって、雅耶が聞き返すが、


「いや。ちょっとな…」


直純は笑顔を浮かべるだけで、それ以上は話してくれなかった。


「おっ…雅耶、あいつらもやっと来たみたいだぞ」


直純の言葉に雅耶は店の入口の方を振り返ると、同年代の空手仲間達が遅れて集団でやって来た。

やっと集まった未成年チームでカウンターを陣取り、雅耶はその後楽しく仲間達と話に花を咲かせ、パーティーを楽しんだ。




「今日は、みんな来てくれてサンキューなっ」


帰り際、直純は店先まで教え子達を見送りに出てきた。

店内では大人達がまだまだ盛り上がっていたが、高校生の帰る時刻は直純がきちんと決めて取り仕切っていた。


「直純先生っ。お店もお忙しいかもしれませんが、また稽古けいこつけて下さいね!」

「ああ!またなっ。みんな気を付けて帰れよっ」


そうして、皆が散り散りに帰って行く中。


「雅耶…」


一番後方にいた雅耶に直純が声を掛けた。


「はい?」


その声に立ち止まり、雅耶が振り返ると。

直純は思いのほか真面目な顔をしてそこにいた。


「冬樹のことだけど…」

「…え?」

「お前があいつの、唯一の味方になってやれよ」

「………?」


(唯一の…味方…?…冬樹の…?)


直純の言っているその言葉の意味が解らず、雅耶は次の言葉を待っていた。だが、


「じゃあなっ!今日はありがとな!」


そう言って手を上げて笑顔を見せると、直純は店の中へと入っていってしまった。


(直純先生…?いったい、どういう意味…?)


雅耶は、暫くその場に立ち尽くしていた。






直純は確信していた。


以前、冬樹と夏樹が入れ替わって空手の稽古に来ていたということを。

見た目では違いが判らない、ある意味…完璧な入れ替わりだったと思う。

だが、空手のちょとした『くせ』が直純にそれを気付かせた。


稽古の度に、ほぼ交互に微妙に違う『癖』。


最初は冬樹の調子に波があるのかと思った。

でも、別人なのではないか?…と思うようになった。

何となく、『今日は冬樹かな』『今回は夏樹の方かな』程度のほんの些細ささいな違い。


そして、あの事故のあった日。


直純の読みが正しければ、あの日稽古に来ていた『冬樹』は、夏樹の方だったのだ。


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