第64話

「ぶはっ…はははははっ!!」


思いのほか盛り上がっていたのは空手部のギャラリー達だった。

皆がその、ある意味柔道部の惨敗を目の当たりにして、想像もしていなかった結末に声を上げて笑った。

その声は、下にいる柔道部にも勿論聞こえていて、溝呂木は悔しそうに唇を噛むと、部員を率いて早々にその場を後にした。


「すげーな、お前のダチ!超面白いもの見せて貰ったぜっ」


部長は雅耶の背をポンポンと叩きながら笑って言った。そして、


「よーしっ!休憩終わり!道場へ戻って練習再開するぞー」


という大きな掛け声と共に、空手部員は皆笑いながら道場へと戻って行った。

だが、雅耶だけは…。

その場から離れる中、内心複雑な想いを抱いていた。




そして、翌日。

勧誘イベント二日目は、朝から行動が可能な為、過激化が予想されていたが、前日多くの話題に上がった渦中の人物が不在ということもあり、それなりの盛り上がりを見せつつ、このイベントはもうすぐ幕を閉じようとしていた。


渦中の人物である『野崎冬樹』は、この日…学校を欠席したのだ。



「スゲーなっ。今日は冬樹チャンの噂で持ちきりだったよなっ。新聞部の先輩の耳にも、柔道部での情報が入って来たって言ってたよん」


長瀬が手に持った鞄を肩に掛け、暗い1年A組の教室を見渡しながら言った。

部活終了後の一年生階の教室は、雅耶と長瀬の二人以外に人の姿はなく、どの教室も暗く、シン…と静まり返っている。


「今日来てたら、もっとスゴイことになってたかもなー?」


勝手に想像して楽しんでいる長瀬に、雅耶は溜息を付いた。


「そんなこと考えてても仕方ないよ。実際、あいつは休んでるんだし…。ホント昨日の勧誘は半端ハンパなかったんだって」


既に部活を終えた後なので、どこか疲れた様子で雅耶は教室の電気をけた。


「あ…あった、あった!」


長瀬がひとつの机に歩み寄り、その横に掛けてある鞄を手に取った。


「これが冬樹チャンのバッグね♪本当に手ぶらで帰っちゃったんだー」

「あの状況じゃ仕方ないんじゃないか?実際、鞄抱えてあの包囲網から抜けられる気はしないよ」


そう言って長瀬からその鞄を受け取ると、再び電気を消して二人教室を後にした。

明日から週末を挟んでしまう為、雅耶は冬樹に鞄を届けてあげることにしたのだ。


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