第65話

電車で自宅の最寄り駅まで帰ってくると。

駅前で長瀬と別れた後、雅耶は携帯電話を取り出し、先生に聞いて登録しておいた冬樹の電話番号を呼び出した。


電話番号は既に連絡網も配られている為、理由を伝えればすぐに教えてくれたが、住所はプライバシーの問題に引っ掛かるとかで詳しく教えては貰えなかった。

ただ、この駅を利用している事だけは分かっていたので、電話を掛けて家の場所を聞いてから、鞄を届けに行くつもりでいた。


呼び出し音が鳴る。

何コールか待ってもなかなか出ない。


(知らない番号からだと、警戒して出ないのかもな…)


そう思って諦めかけた時…。



『……はい』


若干構えているような、緊張気味の冬樹の声が聞こえてきた。





雅耶は駅前の噴水広場のベンチに座って冬樹を待っていた。


すっかり夜の景色になってしまった広場内は、心なしかカップルが多く、若干目のやり場に困る。

本当は自分が家まで届けると言ったのだが、家を知られるのが嫌だったのか、やんわりと拒絶され、ここで待ち合わせることになった。


(どーせね。色々信用されてないんだよな…俺は…)


内心で半ば自棄になっていたが、待っている間に時が経つにつれ、別に今はそれでもいいか…と、思うようになっていた。


(再会出来ただけでも、奇跡みたいな感じだからな…)


家族を失ったことで、冬樹が変わってしまう程傷付いて来たというのなら、自分が少しでも彼の力になれればいいな…と、そう思った。


15分程待つと、冬樹が広場に姿を現した。

大きめのパーカーにジーンズというラフな服装。

制服以外の冬樹を見たことが無かったので、何だか新鮮な感じがした。

冬樹はこちらに気付いていないのか、辺りをきょろきょろ見回している。

その様子が、いつかの情景と重なる。


(あ…でも、一度駅前で見掛けたんだよな…)


転んだ男の子を抱き起こして、優しく慰めていた冬樹。

その時のことを突然思い出して、雅耶は固まった。


(そうだ…あの時、冬樹は子どもには優しく笑い掛けていたんだよな…)


学校では、笑顔を一度も見たことがないけれど。

その時の冬樹が、本当の…素の冬樹だったら良いなと雅耶は思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る