第63話

ガッチリとした太い指が空を切る。


(掴まれてたまるかっ)


冬樹は必死にその手から逃げていた。

制服へと伸びてくる手を叩き落とし、距離を取る。

だが、狭く囲まれた輪の中では、それも長くは続かないだろう。


見兼ねた溝呂木が声を掛けてきた。


「野崎ーっ!そんな事やってても、いつまでも勝負はつかないぞー。諦めるなら止めてあげても良いけど、どうするー?」

「チッ…」


あくまでも楽しんでいる教師に、冬樹のムカつきは限界に達していた。


(勝負なんかやってられるかっ!!スキを作って逃げてやる!!)


冬樹は、とりあえず目の前の巨体の後ろに素早く回ると、足払いを掛けるように蹴りを入れた。だが…。


(び…びくともしない…!?)


その大きな身体を揺るがす事さえ出来なかった。

途端に、溝呂木のツッコミが入る。


「おーいっ野崎っ!その蹴りは柔道では駄目だぞー」


そう言われている間にも、巨体から太い腕が伸びてきて、うっかり左襟元を掴まれてしまった。


「くそっ!!」

「よしっ!取った!!芦田っ仕留めろ!!」


すっかり勝利を確信したように、興奮気味の溝呂木に。


(うっせー!!柔道なんてっ!!)


冬樹は逆に相手の道着の左襟元を取ると、力一杯自分の方へと手繰り寄せ、前のめりになった男の眉間みけんに、


(クソくらえだーーーーっ!!)


そう、思いっきり頭突きを食らわした。

相手は強烈な不意打ちを食らって、そのままひざまずいてしまった。


「ばっ!!馬鹿なっ!!」


そんな柔道ある訳ない。

溝呂木をはじめ、誰もが驚きのあまりひるんだ瞬間、周囲を取り囲んでいる柔道部員の壁めがけてダッシュすると、そのうちの細身の一人を不意打ちで突き飛ばし、その隙間からダッシュで走り抜けて行った。


誰もがその早業に対応することが出来ず、そのまま冬樹が見えなくなるまで呆然と見送っていた。


そこに、一筋の風が吹き抜けてゆく。

周囲の木々がざわざわと揺れる音で我に返った溝呂木は、身体をわなわなと震わせると、


「のっ…野崎っ…」


そう、小さく呟くことしか出来なかった。



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