ネジの外れた奴らと無慈悲で残酷で愉快な裏側の世界

夢見の破片

第1話 プロローグ

堕魂おちだま

それはかつて信仰されていた神々、恐れられていた悪魔、畏怖されていた妖怪、語り継がれていた伝承、嘘と噂と想像が入り混じった結果誕生した都市伝説、そういった人々の中に存在していたが忘れ去られた結果として誕生する存在。ありとあらゆるものを偽りながら人々の生命を脅かすそれらの目的は、再び人々の中に存在して忘れられることなく怖れ畏怖され語り継がれたいという欲望を満たすためである。


『―――――!!!!』


目の前に存在している泥だらけの蛇もまた堕魂である。かつては川の氾濫の原因だと恐れられていたが、川の氾濫による人的被害のなくなった現在において恐れるような存在ではなくなり忘れ去られたが故に堕ちた概念。蛇という姿は蛟から転じたのだろうと思うが...正直なところどうでも良い話である。


「灰の剣」


手に持った刀の刀身に手を当てて呟く。そうするだけで刀身は灰色の輝きを放ちながら灰の吹雪を巻き起こし、それが荒れ狂う蛇が振り撒く土砂の流れを堰き止めてそのまま蛇の動きまでもを止める。そうなれば後は簡単、堰き止められた土砂を飛び越えて動きが止まり続けている蛇の首を叩き落すだけでいい。


『―――――...!!』

「灰の剣」


元は恐れらていた存在、言うなれば川の神として崇められていたのだろう。首を落としただけでは死なず落とした首が唸り声を上げ、残った胴体が体を暴れ回らせてくるので術を重ね掛けして胴体を十二分割、頭を四等分にして確実に殺し切っておく。そこまですれば流石の元神と言えども動くことが出来ず、薄っすらと絶叫の声を上げてからその活動を完全に停止させて黒い煙のようになって霧散していく。


堕魂には肉の体がない。それ故に死に果てた時その体を構成していた魂の残滓がこうして黒い煙になり、それから世界の中へと広がってそれから溶け消える。その後は色々と流れがあって最終的に人間や他の生命に転じていくらしいんだが、詳しいことは知らないというか聞いたはずだが一切憶えていない。まぁこの仕事をする上で必要になる訳じゃないから別に何の問題も無いんだがな。


『報告、報告、報告』

「どうした?」

『面倒事が近づいて来てる』

「……はぁ。まだ仕事の途中だ、俺の姿を隠せるか?」

『お任せ、お任せ』

「じゃあ、任せたぞ」

『了解、了解、了解』


仕事の完遂報告のために上空で監視していた三つ首の白鴉が耳元に寄って来て、面倒事が近づいてきていると言って来るので俺の姿を隠せるか聞けば出来るというので任せる。そうすると俺の頭の上に止まって羽ばたいて羽をばら撒き始め、次第に俺の体がカメレオンやタコの擬態のように周囲と同化していく。


「また、先を越された!!!!」

「まぁまぁ」

「あんたがさっさと出発しないからでしょーが!!」


同化してから大体一分後、俺が蛇を殺した場所に黒い長髪に紅白の巫女服に身を包んだ気の強い女と茶色の短髪で私服姿の温和そうな気弱そうなそんな雰囲気の男が現れる。男の方に関してはそこまで詳しいことは知らないが、女の方については最近のことを除けば大体のことを知っている。元々は堕魂を祓う、要は今俺がやったように殺し切るのを題目として掲げていたのだがある日突然堕魂は救うべきだと、調伏しあるべき姿に戻してあるべき場所に戻すのが正しいのだと言い始めた気狂い。


それから俺、鬼一七九きいちなくの幼馴染だった女だ。もっとも五年近く関わりが無いし、突然思想が変わった時に関しては独立するのに忙しくかったから最早全く持って見知らぬ赤の他人と言っても過言ではないけどな。とはいえ俺の属している派閥、正確には俺に仕事を依頼して来たり独立を支援してくれたりしている相手が率いている派閥は堕魂の殲滅を掲げている。要は今来た二人とは完全に敵対の関係にあるという訳だ、まぁ被害を出さないように戦えだとか追い打ちをするなだとか七面倒なことを何度か言われたから俺としても関わりたくない相手ではある。


「………同化したまま移動出来るか?」

『可能、可能』

「なら、移動するぞ。仕事の途中だ」

『了解、了解、了解』


取り敢えず、今日に振り分けられた仕事はまだ残っているので白鴉に話しかけて同化したままこの場を移動する。残業はしたくないというより、今のこの時間以外で堕魂を処理しようとすると人の目を規制する手段を取らなければならないのでさっさと終わらせるためにも向かう。最近は太陽が出始めた早朝からランニングだの出勤だので外に出る人が増えているから規制を掛けるタイミングが計りきれないしな。


「次は何処だ?」

『廃ビル、廃ビル』

「廃ビルというと...あれか。民間にでも被害を出したか、それとも何処かの初心者がへまをしたのか?」

『集まって肥大化した』

「あぁ、それか。なら対処は楽だな」


行き先が分かったので足に力を入れて思いっきり飛び上がり、屋上やら屋根やらの上を落ちそうになった白鴉を抱えながら飛び交って目的地に向かっていく。



――――――――――――――――――――――――



『仕事終わり、仕事終わり、仕事終わり』

「あぁ、終わりだな」

『帰る、帰る、帰る』

「分かった、こっちから連絡しておく」

『感謝、感謝、感謝』


廃ビルの堕魂の集合体を殺し、廃井戸の堕魂を殺し、住宅街の十字路の堕魂を殺して今日の仕事は終了。廃ビルのは自殺者の怨霊がいるという噂、廃井戸のは井戸その物にいた付喪神、十字路のはおそらく都市伝説とこんな感じだった。住宅街のは新聞配達員に見つかりかけたから少しばかし焦ったが、偶然か誰かの式神かは分からんが猫が新聞配達員の気を引いてくれたのでその隙に半殺しにして路地裏に引っ張り込んで難を逃れた。目撃者無しを意識するなら住宅街を最優先にするべきだったし、なんなら井戸とかそういった物は大抵神格だから後回しにするべきだったなと思う。


取り敢えず連れまわした白鴉を飼い主の元に送り返して、そのままズボンからスマホを取り出して白鴉の飼い主兼俺のスポンサーに電話を掛ける。二回掛けて即切りしてを繰り返してから電話を耳に当てて出るのを待つ。


『やぁやぁ、お仕事ご苦労様。支払いは済んでるよ』

「そうか。それなら切るぞ」

『えぇ? もう少しお話しないかい?』

「仕事明けに何を言っているんだか。それにまたあいつらが出張って来やがったからな、仕事の被り話にしてくれと言ったはずだぞ?」

『ふぅん? 残念だけどずっと被りはなしにしてるよ。総本山にもそう言ってるし他から声は上がってないって言ってたしね〜』

「………あいつらの独断か」

『そゆこと~。まぁ文句は上げとくよ、絶対に何処かで握り潰されるだろうけどね』

「お前でもか?」

『そりゃねぇ〜、山主の孫娘が一派に参加してるし鬼一に安倍に藤原に賀茂が支援してるからねぇ。私みたいな若い末端の言葉なんて握り潰されるよ〜』

「……867歳は若くないと突っ込もうか?」

『あっはっは〜』

「……何方にせよ、奴らは今後も出張ってくる事になるんだな?」

『そうなるねぇ〜...離島にでも移る?』

「…恒久的に仕事があって、程々に金を浪費できる場所があるのなら良いが」

『んーーーー、無いや。忘れて〜』

「…………」

『まぁ、安心してよ。一年以内かな~? そのくらいには鬼一も藤原も賀茂も全部地の底に引きずり込んで再起不能にしてやるからさぁ~』

「…それはまぁ、頑張ってくれとしか言いようが無いんだが...そんなことを色々と大丈夫なのか?」

『ん? あぁ、全然大丈夫だよ。引きずり込むのは血筋の連中だけだからねぇ、筋に関わってなかったり抑えつけられてる祓い人なんて沢山いるから大丈夫大丈夫』

「………俺は巻き込まれないだろうな?」

『こっちには巻き込まないよ独立してるしね。その代わり、処理してる最中の堕魂の対処とかを任せることになるけどねぇ~』

「……そうか」

『そうだよぉ~...っと、うちの子が帰って来たから切るね』

「……あぁ。次の仕事は?」

『いつもみたいに夕方には手紙で送っておくよ~』

「分かった。今から昼間で寝るから、その間は連絡をよこしてくれるなよ。まともに対応できないからな」

『この前寝起きに連絡したら酷かったからねぇ、本格的な連絡は夜にするよ』

「あぁ、そうしてくれ。切るぞ」

『はいは~い』


スマホを耳から話して通話を切る。

飄々として優しそうな声色をしているが、術の応用で老いの概念を超克した半ば妖怪染みた存在だしなにより敵対したらその時点で終わりになる。俺の独立の時にその姿を見たが、仮にこの女が敗北して死ぬことになったならその時は日本の終わりだなと感じるぐらいには怪物染みていた。その上で謀にも長けているとかいう付け入る隙が全くない、妖怪クソババアなんていう畏怖の呼び名があるくらいの怪物だ。

まぁ味方なら心強いことに変わりはない。敵対さえしなければ潰されることは無いし金や仕事やらに関しても不安視する事はない、最初に俺を見つけてくれたのがこの人で良かったとは思うが...そもそも孤立するような状況に追い込まれた原因の黒幕がこの人の可能性というのも捨てきれない。


まぁ、俺は既に独立している祓い人だ。そんでもって祓い人関係のことは仕事でそれ以上でもそれ以下でもない。この人が何を考えていようが過剰に干渉するつもりはない、まぁ仕事に支障が出る様な事態が発生したら報告はさせてもらうがな。


「腹減ったな。牛丼でも食って帰るか」

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2024年10月17日 07:00
2024年10月18日 07:00
2024年10月19日 07:00

ネジの外れた奴らと無慈悲で残酷で愉快な裏側の世界 夢見の破片 @yumeminohahen

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