第5話 得喪の村
柊の屋敷から撤退した俺達は、あらかじめ予約していた村の民宿に身を寄せた。
10畳の和室の部屋の隅には3人分の布団が畳まれており、沙原と糸川は真ん中に配置された机に突っ伏している。
俺は窓枠に腰掛け煙草を咥える。吐き出した煙が網戸の網目から夜に吸い込まれていく。
「望月さん......本当に、本当に......申し訳ないです......」
沙原はすっかり自責思考に陥り、うなだれている。
「それを言うなら私こそすみません。柊さんを刺激したのは、他でも無い私です......」
同調し、糸川も謝罪を重ねる。
俺とて柊があそこまで激昂するとは思わなかった。
当然誰にも予想し得なかった事だが、俺のニ指が欠ける事態を招いた事で、行き場のない後悔をそれぞれ自身に向けているようだった。
「うだうだ言ってても指は生えてこない。今は進展があったことを喜ぼう」
これまで32年もの間共に生きてきた指を失うのは辛いが、こうも落ち込まれると明るく振る舞わずにはいられない。
糸川はその言葉を待っていたようで、気になって仕方なかったのであろう。矢継ぎ早に話始めた。
「ありがとうございます。では......柊さんとの話について整理させてください。あの反応を見るに、4年前の大型地震が言霊によって引き起こされたのは明らかです。望月さん、柊さん1人で地震を引き起こすことは可能なのでしょうか?」
「無理だろう。つまりあの地震は複数人で引き起こしたということになる。或いは別の誰かが人為的に引き起こした可能性もある。柊以上の言霊師を俺は知らないがな......」
「なるほど、では言霊師を束ねる柊さんが他の言霊師を巻き込み画策した、と考えるのが自然のようですね」
糸川は腑に落ちたようだが、俺は大きな違和感を感じる。それは沙原も同じようだった。
「私には柊さんが引き起こしたようには思えません......。あれほど言霊による俗世への干渉に否定的な人が、大地震の発生に加担するでしょうか......?」
「最もな疑問だな。俺もその点は気になっていた。霊獣の発生も関係してそうだが、奴らも柊が是とする存在ではない」
沈黙が流れる。
無理もない。今日俺達は霊獣、及び言霊師の元締め、その両方からの攻撃をその一身に浴びたのだ。
長旅で蓄積した疲労も相まって今は睡眠が何よりも恋しい。
「今日はここまでにしよう。これ以上思案しても前進は無さそうだ」
沙原、糸川は頷き、重い腰を上げ机を部屋の隅に寄せ、俺の分も布団を広げ始める。
「じゃあ消しますね〜」
沙原が消灯し、俺達は川の字で布団に包まる。
俺は落ちてくる瞼に抵抗することなく、押し寄せる眠気に身を委ねる。
だが、意識を手放す寸前、今日の出来事を思い返す。
(柊が本気で詮索を拒絶するのであれば、あの時糸川を......いや、俺ら全員を殺すことだって出来た筈だ......。俺達を生かしておいたのは......何か理由がある......ということか......)
俺達は知らぬ間に望まない役割を与えられ、柊の手駒として数えられていたようだった。
その役割はわからぬが、少なくとも俺の指を落としたことを考えると、俺の役割は戦闘では無いことが明白だ。
(これ以上は.....何もわからない....今はただ休息を......取るべきだな......)
俺はそこで深い眠りに落ちた。
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翌朝、10時に目を覚ますと既に沙原は朝食を終えており、朝風呂も済ませてきたようだった。
「私が起きた時には、もう糸川さんは居ませんでした。朝一の電車で戻ったみたいです」
そう言って机の上に置かれた宿泊費を指差す。
「霊獣も言霊も初めての経験で応えただろうにタフなら奴だ」
俺は感心すると洗面所に移動し、顔を洗い歯を磨く。
鏡に写る自分は顔色が悪い。
昨夜は気が付かなかったが、左頬にいくつか血が付着しており乾燥している。
沙原が洗面所に頭だけ出し言う。
「私はこのまま西に行き、柏木さん達に何か知っているか聞きに行こうと思います」
柏木は俺と同じ2等級の言霊師だ。
よく如月という3等級の言霊師を連れており、そいつと沙原は仲がいい。
2人は言霊師の助手、珍しい女言霊師と共通点が多く、気が合うのだろう。
「わかった。俺は東京に戻り調べ物でもしよう。また5日後には東京に戻ってきてくれると助かる」
「了解です。ちなみに望月さん、大阪土産は何がいいですか?指のお詫びに奮発しますよ〜〜」
「おい、俺の指は豚まんと同じ価値なのか......?」
「豚まんですね!確かに承りました!」
沙原は敬礼し、私も宿泊費机に置いておきますね、と言うと洗面所から頭を引っ込める。
しばらくし、荷造りを終えた沙原がキャリーケースを引き摺り畳を横断し、部屋から出ていく。
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(さてと......)
俺は最後に忘れ物がないか部屋を見渡し、宿を後にする。
失ったものは多く、手に入れたものは少ない。
だが、晴れ渡る空に呑気に浮かぶ雲に比べると、進むべき道は明確であることに安堵する。
いずれ後悔するかもしれない。
だが他ならぬ自身が言葉にしたのならば、最後まで貫き通そうと思う。
少なくとも俺は言霊師なのだから。
俺は瑪瑙(めのう)の鏃(やじり)を取り出すと、そこに付着した血を紺色のハンカチで拭う。
ポケットに切断した糸川の右手親指が入っていることを再度確認すると、この得喪の村に別れを告げた。
アニミズムの囁き @kairi_ashima_93
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