第2章・失われた友情 2ー①
ジルはそのままアンソニーに病院へ連れて行かれ、適切なる治療をされた。
確かに以前のような大きな刀傷はなかったが、大小様々な傷が上半身から足の脹ら脛にまであった。
それには、下着以外の服を全て脱がされ、消毒から縫合までと、かなりの時間を要した。
その間、アンソニーは待合室では待たずに、ずっと診察室の壁に凭れたまま腕を組んでいた。
その美しい顔を歪め、怒りを滲ませるのには、こんなにも怪我をするジルを許せないと思ったからか、真っ先に医者へ診せなかったのを怒っているのか。
ふと「怪我をして欲しくない」と言われていたのを思い出し、ジルは溜め息をついた。
「アンソニー」
「何だよ」
「次は、もう少し怪我をしないように気を付ける」
「もう少し、だと?」
「あ~、多分」
「多分だと!」
「次の戦までには、もう少し鍛えて防御の……」
ジルがそう言うと、アンソニーは泣きそうな顔になって、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
まるで、駄々を捏ねる子供のようだと思い、笑いがこみ上げたが、それを何とか堪える。
ここで笑ったりすれば、アンソニーが更に拗ねてしまうと思ったからだ。
治療を終えて、再び馬車に乗り込んだ後も、アンソニーは無言だった。
ジルは向かい側に座るアンソニーの膝に、そっと手を当てた。
すると、ビクッと体を震わせた後、目線を逸らし、ずっと不機嫌そうだった顔がジルの方へと向けられる。
ジルは、そんな直情型のアンソニーを愛しく思えた。
「俺は、絶対に死なない」
「絶対か!」
「お前を庇って死ぬ以外は」
「もうそれも許さない!」
「それは許してくれ」
「駄目だ!許さない!」
「なら、お前も狙われるような事はないようにしてくれ」
「誰が俺みたいな、何の権力もない男を狙ったりするか。地位としてなら、ジルの方が余程にある。ましてや、命の危険なら、お前は俺の何十倍もあるだろ」
ジルは将軍の子であり、ゆくゆくは侯爵も継ぐ。
そして、国民から羨望される黒鷹騎士団の小隊である、闇烏の長にまで上り詰めた。
それも父親の力ではなく、実力でだ。
ジルは、父親の七光りや、若造だと言われるのが何よりも嫌だった。
だからこそ、人の何倍も鍛練をし、己を磨き上げて来た。
それはまた、この友の為でもあった。
それを告げると、アンソニーは大きく息を吐いて項垂れ、自らの膝に置かれた手の上に、己の手を乗せる。
ジルの手は氷のように冷たく、アンソニーの手は熱を持ったように熱かった。
「毎回、こんなに怪我をされたら、俺がもたないよ……ジル」
「アンソニー……」
ジルはもう、それには何も言えなかった。
アンソニーも、ジルの立場を分からないではない。
こうして心配をしてしまうのは、理屈ではなかった。
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