第2章・失われた友情 1ー③

戦勝会を終え、やっと戦から解放されたジルは、出入口で待ち構えていたアンソニーに捕まった。

黒鷹の宴には流石に入り難かったのか、人目を避けるようにしてジルの手を引いて、こっそりと馬車へ連れ込む。

そのあまりの強引さに、ジルも面食らってしまった。


「俺の馬があるんだが」


「後で家の者に取りに行かせろ。よく生きて帰ってきたな、ジル」


「お前との約束だったから。出来るだけ早く終わらせてやろうと、多少は無理をした」


「無理をして、怪我をしたのか?!」


「前回に比べれば掠り傷だ」


「見せろ!」


アンソニーは揺れる馬車の中で、ジルのジャケットを剥ぐ。

黒鷹の正装は、真っ黒なフロックコートだったので、血が滲んでも分からない。

案の定、フロックコートの下に着ているブラウスは、所々が赤く染まっている。

ジルは治療を受けずに、宴へ参加していた。


「怪我をするなと言ったのに」


「最前線で、怪我をしないで済ませるのは難しい」


「また、お前の美しい体に傷が付いた」


「女じゃあるまいし、気にはならん」


「俺が気にするんだよ!くそっ!」


アンソニーは苛立たし気に、ジルのフロックコートの前を強引に閉じる。

それに痛みを感じたジルは、眉間にシワを寄せた。


それを察したアンソニーは、子供の泣きそうな顔になって詫びた。

ジルの膝の上に頭を乗せて、まるで許しを乞うように。


「お飾りの騎士である俺とは違って、ジルは自らの命を切り売りしている。いつかお前の命も、尽きてしまうんじゃないかと思うと、俺は気が気じゃないんだ」


「アンソニーが、お飾りの騎士なんかじゃない事は、俺が一番よく知っている。お前は見た目は優男だけど、剣を持たせたら、俺と対等だろう」


「恐らく、永遠に俺の実力は発揮されないだろう。この国は、外に出ればサイランス帝国という敵がいるが、国内には何の恐怖もない。色と欲に溺れた怠惰な王族貴族達が、馴れ合っているだけだ」


「確かにアンソニーが実力を発揮するような事でもあれば、ザンジバル陛下の御代も危ぶまれる事態だな。俺もアンソニーの体が心配で、おちおち戦にも行けなくなる」


「それは俺の台詞だよ!この馬鹿野郎!」


アンソニーはジルの腰を引き寄せて、その足の間に顔を埋めた。

己の股間にアンソニーの頭が当たって、ジルはドキリとする。


この美しい男の銀髪が、自らの股間に布を挟んで触れている。

その接触した感覚だけで、体の中心が熱くなる。

不味い、アンソニーに勃起してしまった事がバレてしまう。

ジルは下唇を噛んで、下肢から意識を逸らそうとした。


だがアンソニーが自らの膝の上で喋る度に、暖かな息が掛かり、何やら妖しげな気持ちになる。

そのむず痒さに、陰嚢がキュッと縮こまる思いがした。


「毎回、ジルにこんな怪我をされたら、俺の神経がもたない」


「お前の体じゃないだろ」


「お前の体は、俺の体も同じだよ!戦場で死なれたら、俺はどうやってお前を救えばいいんだよ!」


子供が駄々をこねるように甘えるアンソニーが、堪らなく愛おしい。

ジルはそれを宥めるようにして、その輝く銀髪をそっと撫でた。

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