第2章・失われた友情 1ー①

同盟を結ぶ隣国、デルフィア国より『サイランス帝国が、再びクロフォード王国へ侵攻する動きあり』という知らせが入る。

それを受けて、黒鷹騎士団は一斉に集結した。

その最奥に切り込むのは、ジル・サンダーの在籍する漆黒の団だ。

ジルは、早速身支度を始めた。


その知らせは宮殿にいたアンソニーの耳にも届いたのか、早馬で駆けてジルの屋敷に訪れた。


「ジル!行くのか?!」


「ああ、今日の昼にも発つ。見送りに来てくれたのか」


「今回は出兵式を行う間もないと聞いたから。前回のお前の初陣の時は、話も出来なかったし」


「お前も忙しかろうに、悪かったな」


「俺の事なんかどうでもいいよ!」


アンソニーと語らう時間もないのか、ジルはその目の前で着替え始めた。

普段着から、漆黒の団の装いになる為に、一度全裸になる。


その姿に、アンソニーは硬直した。

鍛えられた全身の筋肉は、部位によって盛り上がり、くっきりと浮かび上がる。

限界まで鍛えられてはいるが、腰や手足首は細い。

その神の彫像のような肉体には、無数の傷があり。

背中には一際大きな刀傷があった。

皮膚が抉れ、赤い内なる皮膚が見える。

その傷の深さに、当時、どれほどの痛みを覚えたのだろうと想像すると、血の気が引いた。


「ジル……、こんなに傷が……」


「訓練中の古傷ばかりだ」


「でも、この背中の傷は」


「それはこの間の戦の時のだ。敵の部隊長を落とした瞬間、気が緩んで残兵がいたのに気が付かなかったんだ。俺も、まだまだだな」


「そんな……」


「お前みたいに綺麗じゃないし、醜いだろ。俺の体」


「そんな事はない!」


アンソニーは、叫ぶようにして否定した。

そして、ジルのその背中の傷に指を這わせる。

感極まったのを圧し殺すようにして、全身を震わせ。


その刀傷に額を合わせた。

まるで、聖なるものに誓いを立てるように。


「俺は今、初めて、お前が戦場へ行くのを実感したよ」


「アンソニー……」


「正直、行くなと言いたい」


「俺を任務放棄した戦犯にさせる気か」


「ジル。生きて帰れ。必ず。絶対に」


「今回、俺達は、側面から敵を攻略する。恐らく早々にカタが付くだろう。そう長い戦にはならないよ。俺が斬られさえしなければ」


「お前が斬られさえしなければ、って何なんだよ」


「生きていればまた、会えるだろう」


「今生の別れになるような事を言うな。馬鹿」


アンソニーは背後からジルの肉体を抱き締める。

身長はそう変わらなかったが、ジルの体の方が若干、肉厚に感じた。

それは、常に戦争になっても出陣出来るようにと毎日鍛え上げられた、鋼の肉体だった。


そうしてほんのひととき、二人は互いの体温を感じつつ、その生きている現実いまを実感していた。

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